第70話 気まぐれの雨
青年騎士が鋭い踏みこみで剣をふってくる。
顔には浮かぶのは明瞭な感情。
焦燥、怒り。
余裕が無さそうだ。
この場にいる神殿騎士たちも、後方からスキルによる支援を行おうとしてる神官たちも、聖女を奪われたことは、大きな負債となって精神を蝕んでいるとみえる。
ただ、何か″妙な感覚″もある。
普通に考えて、聖女がこちら側にいる段階でこれだけ遠慮なく攻撃してくるだろうか。
「ウィンダ様を返せええ!」
青年騎士の勢いある突きが、ウィンダをかばう俺の肩にを狙ってくる。
「マックス」
「いや、大丈夫だ」
オーウェンに視線ひとつで手出し無用の合図をし、俺は青年騎士の剣先が、鼻先1ミリに近づくまで引きつける。
そして、
ーーパチン
俺と青年のあいだに、ポケットを展開した。
「ぐぶはぁ?!」
威力を極限まで落とした、気圧の球が青年の前面をたたいた。
彼は口から溢れるように吐血して、剣を取り落とし、後方の神殿騎士たちを巻き込まながら20メートルほどふっとんだ。
オーウェンが斬りむすんでいた神殿騎士を、回し蹴りで同様に後方の神殿騎士を巻き込ませながら蹴り飛ばす。
「くべは!」
「今、あの男なにしたんだ?!」
「ロンギヌスが一撃で倒される、だと……っ?」
「なんて蹴りだよ、あんなの喰らったら死んじまう……」
「あの剣筋、それと異邦の剣……まさか『剣豪』なのか……?」
俺の不可解なカウンター攻撃と、オーウェンの蹴りのインパクトが強烈な印象を植えつけたことで、神殿騎士たちの足が止まった。
ほとんど戦意を喪失している。
「何をしている貴様ら! 聖女様を今すぐ助けださんか!」
後ろで神殿騎士に守られながら、ヒゲおやじの神官は怒鳴り散らした。
「もうワシがやる!」
ヒゲの神官から、危険な香りを感じる。
ついでに彼の手の内側、赤いエネルギーが集まっていくのをとらえた。
「……ジーク、ウィンダ様を守っておけ」
俺の言葉に目つきの凛々しくなっている″裏″ジークはうなずき、背中から蒼い翼をはやして、ウィンダを守るように全方位も、さらに上方からもかくまった。
「なんだ、あれは……!」
「バケモノめ、なんと忌々しい!」
神殿騎士たちから驚きの声があがってるが、これは安全策と、万が一の雨への対策だ。
万が一にでも、ウィンダが傷ついたらきっと、ジークタリアス全体の損出につながる。
今、俺たちの都市には、責任を取る余力なんてないからな。
「オーウェン、後ろの騎士は任せた」
「ああ」
俺は一言だけつげて、前方の敵の数を数える。
神官が8人。
後ろから騒ぎを聞きつけて走って出てくる奴らが、ただ野次馬なのか、対処しにきてるのかわかりずらいな。
神殿騎士が34人。
戦意喪失してるが、完全に無力化しないと、今、彼らはほとんど狂乱状態だ。
「3秒やろう、賊め! ウィンダ様を返すか、ここで死に絶えるか、選ぶかいいわい!」
ヒゲの神官は司祭礼服の袖をまくり、手のうえに燃え盛る太陽のような火球を大きく膨らませて、そう叫んだ。
「どこにも逃げ場などないぞ!」
「聖女様を返せええ!」
まわりの神官たちは、戦闘系スキルがないのか遠巻きに脅してくるだけだ。
なら、あのヒゲだけヤればいいか。
俺は右手で狙いをつける。
「ん」
ただ、俺は直前になって思いとどまった。
やめておこう。
あのヒゲ。
高位神官だ。
傷つけると面倒なことになる。
「さん! にぃい! いちぃい!」
ヒゲの神官はカウントを終えた。
ただ、俺はいまは聖女を渡す気がない。
「ぐっはは、愚か者めが、ここで燃やし尽くしてやるわい!」
ヒゲの神官は、考えなしに、巨大な手のなかの魔力を解放した。
それウィンダに当たったらどうすんだよ……。
ーーパチン
俺は飛んでくる火炎球へ狙いを定めてポケットを開いた。
打ち出すのは、数日前にアクアテリアスのビーチで、ここへ来た記念品として回収した500万トンの海水。
たった、その一部だ。
俺は開いたポケットを『限定法』が働く最大時間まで維持して、乱気流の無限大気圧で圧縮された海水を、レーザーとして放った。
ポケット空間の最大開封時間。
それでも、瞬き1回分の時間だ。
その時間に放てた水の輝線は、いとも容易く火炎の球を真っ二つに切り裂いた。
「なにぃい?!」
「水の刃だと……! なんてスキルパワーだ……奴は水魔力放射系のスキルホルダーなのか……!」
まわりの市民たちがどよめくなか、他人事じゃない神官たちは、おそれおののき、腰を抜かしている。
そうしている間にも、火炎はひろがっていく。
コントロールが失われた火炎は、俺たちを避けるように広がっていき、まわりの神殿騎士たちへ向かっていく。
彼らは叫び、互いに押し合い、こけながら、火炎の暴走から逃げはじめた。
「ああ! 熱いぃいい!?」
「燃える、燃える、ああああ!」
ただ、何人もの騎士たちが炎熱に飲まれてしまう。
阿鼻叫喚の地獄と変わった神殿まえの広場を見渡して、俺は『灯台』の反対側の壁を見た。
遥か遠方。
俺は指を鳴らして、1000メートル以上離れた、神殿から真逆の『灯台』内壁の近くに、こちら側へ向くようにポケットの入り口を開いた。
そして、撃ち出した水がちょうど良く神殿前の広場に降り注ぐように海水を撃ちまくる。
俺の〔
そのため、大量かつ、優しくかける、火消し用の水として使うためには、こうしてひと手間加えないといけないのだ。
「っ! なぜ、屋内なのに雨が!」
「あああ、助かった……!」
タイミングよく降りすぎだろってくらいの、滝の下にいるような急などしゃ降り雨に火のついた騎士たちが安堵の表情をうかべる。
そうして、しばらく雨をふらせ終わり、俺は等間隔で指を鳴らすのをやめた。
俺は濡れないようにさしていた傘を閉じ、オーウェンの分も返してもらい、ふたたびポケット空間に収納しておいた。
海水の雨がやみ終えると、その場には、びしょ濡れの人間と、一度も雨を知らない街並みがはじめて濡れた様子だけが残った。
みんな不思議そうな顔で空を見上げていた。
だが、すぐに、我にかえったように俺たちを睨みつけてきた。
ヒゲの高位神官は、歯がみして、どしゃ降り雨によってあしもとの水たまりに落ちたカツラを、ゆっくり拾いあげる。
まわりで市民らや、若い神官たちが笑いそうになってるが、まあ、どうでもいいだろう。
とにかく、話ができそうな雰囲気だ。
「ジーク、ウィンダ様を」
俺が言うと、ジークの翼を傘がわりにして海水から身を守ったウィンダが、出てくる。
大きな水たまりと、びしょ濡れみんなを見て驚いているようだ。
「聖女様……!」
「まあまあ、何ということになってしまったのでしょう……! とにかく、まずはひとつ。ウィンダは攫われてなどいないのですよ! みんな剣を納めてくださいな!」
ウィンダは指をたてて、呆然とする現場を収拾しはじめた。
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