第六章 琥珀の神聖祭

第62話 疲弊した都市


 ーーパチン

 ーーパチン

 ーーパチン

 ーーパチン

 ーーパチン

 ーーパチン

 ーーパチン

 ーーパチン


「よし、これで1万回」


 俺は朝の日課を終えて、武器屋の一階へと降りていく。


「マックス、神殿へいくなら、こいつを婆さんに頼む」


 武器屋の店主ウィリアムに小包を投げ渡され、俺は街へと繰りだしていった。


 2ヶ月前、この街で起こった悲劇は、今もなお人々の心に深い傷を残している。


 もちろん、都市にもだ。


 蒼き竜の襲撃。

 謎の集団パニック。

 蒸発した東の丘。

 跡形もなく破壊されたギルドと、近辺。


 ……最後のは俺のせいだが、それにしても凄まじい頻度で、立て続けに事件が起こりすぎた。


 特に集団パニックは酷い。


 発生した死傷者は、10万人以上。

 聖女捜索の副次的な結果として、神殿騎士が対応したが、その数時間前から、すでに凶暴化した市民による、正常な市民への攻撃は始まっており、その被害と破壊は、目を覆いたくなるものとなっていた。


 加えて、暴徒と化した市民たちが、皆、内側から崩れるように無惨な死をむかえたのも、その知人や親族にトラウマを植えつけた。

 

 初期の頃は、謎の伝染病というデマが広がり、死亡した暴徒の遺族たちが迫害され、さらには恨みによる復讐が横行したりと、パニックは、長く、長くつづいた。


 現在は、神殿と都市政府が衛士や神殿騎士たちの街の見回りを強化することで、暴力的な事件の多くは事前に被害を押さえられてはいる。


 だが、やはり、まだまだ気は抜けない。


「ん、あれは……」


 通りの一角。

 トラブルの香りを察知する。


「てめぇのところの、バカ女のせいで、うちの息子は怪我したんだ!」

「なんだとこのヤロウッ! 俺の妻を侮辱するゴミは許さねぇぞォ!」


 市民たちが遠巻きに傍観するなか、怒鳴りあう男たち。


 神殿騎士たちが、わって間にはいるが、2人ともたくましすぎて、押さえられていない。


 ーーパチン


「「ひっ!?」」


 男たちの間の空間に、空気の爆発を起こして、両者の間を開けさせる。


 密です。


「これで2メートル空いたな。お前たち頭を冷やせ」


「『聖女の騎士』様だ……」

「相変わらず、頼りになる。ありがたや、ありがたや」


 まわりの傍観者でも、特に高齢者たちが拝むように手をすり合わせてくる。

 そんなに高潔な存在でもないのだが。


「チッ、覚えてやがれ!」

「てめぇ、二度とここら辺うろつくんじゃねぇぞ!」


 男たちはお互いに悪態を吐きながら、さっていった。


 神殿騎士がこちらへ寄ってくる。


「助かりました、マックス様」

「あの2人には、気をつけるように。まだまだ、危険な感じがしましたから」


 俺はそう言い残して、現場をあとにする。


 ジークタリアスは疲れ切っている。

 アルゴヴェーレ・クサントス率いる第七師団が聖都に帰ってしまった今では、復興も遅々として進んではいない。


 桜が消えたことも、精神的なダメージを加速させる一端だし、人々にはまず心の復興が必要なんだ。


 俺は責任ある立場として、頭を悩ませながら神殿に到着した。


「おはよう、ロージー。これ親父おやじから届けもの」


 神殿から出てきた老婆に声をかけ、小包を放り投げる。


「こら、あんた、私はこれでも高位神官なんだから、もっと敬いなさいよ、ほんと。あと物を投げるんじゃありません。あなたは『聖女の騎士』なのよ、″例の祝祭″も近いんだから、ビシッと、ほりゃビシッとなさい!」


 相変わらず口うるさい老婆に、表向き丁寧に接しつつあくびをする。


 すると、べしべし凄い叩かれたが、呆れてしまったロージーはそのまま、どこかへと行ってしまった。


 まあ、彼女の言ってることは、なにも間違ってないんだけどな。


 ーーコンコン


「失礼します」


 俺は聖女の眠る部屋へと、足を踏み入れる。


 そして、案の定、気持ちよさそうに寝ておられる聖女様の頭に、そっと手を乗せる。


 最近はもう最初から頭を撫でるようにしている。


 だって、声かけても絶対起きないもん。


「むにゃむにゃ、むふふ……ああ、マックス、来てたのねー、わたしったら、まったくいけないわ、また寝坊しちゃうなんてね」


 目を覚ましてくれたマリーが、ぐっと背中をそって、豊穣の証が強く主張される尊い伸びをした。


 俺は目を背ける。


 すると、マリーは「マックス?」と不思議そうに聞いてきた。


「なんか、今日の表情硬くない?」


 なんで、そんな事わかるんだ。

 嬉しいじゃないか。


 俺の顔を毎日じっくり見てないと気づかないレベルの些細な変化を見逃さないなんて……本当はそんなわけないけど……ふふ、流石は我らの聖女といったところか。


 変化に気づいてもらえて、誇らしい気分である。


「ほら、俺は『聖女の騎士』として、″例の祝祭″に同席するじゃん。だから、マリーに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないから、ちょっと心を入れ替えようと思って」

「っ、そうね、確かにもう″例の祝祭″も近いものね……」


 マリーは俺の持ち出した話題に、歯切れ悪く答えると「着替えるわ」と言って、俺を部屋の外にだした。


 俺は一足先に神殿一階におりて、朝のお祈りのために集まってくる人々をむかえる。


 神殿は、疲弊した心の拠り所だ。

 細菌は朝のお祈りの参加者も増えている。


「あ、ご主人マスター、おはようなんだぞ」


「ジーク、遅刻だ。はやく事務所に行ってデイジーとオーウェン、俺とマリーのために、美味しい紅茶をいれるんだ」


 俺が指示をだすと、社長出勤してきたジークは信徒たちに頭を撫でられながら、『蒼竜慈善団』の事務所へとはいっていった。

 

 思えば、あいつも本当に不思議な生物である。


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー2ヶ月前


 アインを神殿に引き渡し、俺はマリーを連れて神殿裏の墓地へやってきた。


 マリーは俺の立ち止まった前の土盛りを見て、誰かが死んだのだと悟ったらしい。


「これは……?」

「ジークだよ、マリー」

「っ、そんな、どうして……」


 俺は狼狽するマリーを抱きとめ、何があったのかを説明をした。


 マリーは自分を救うために、アインに討たれた事を心底悲しみ、ジークの土のうえに腰の『丈夫な霊薬瓶』の中身をかけた。


 魔力のかぎり、無限に湧く最高級霊薬が土に染み込んでいくが、もちろんそれで死者が蘇るわけもない。


「マリーは、ダメだよ、それじゃ、マリーが死んじゃうよ」

「ぅぅ、でも、ジークは、わたしのために、わたしを守ろうとして死んだのよ……! わたしが弱いせいで、代わりに……!」


 マリーは霊薬瓶を取り落とし、土のうえに覆いかぶさる。


 ーーもこっ


 ふと、俺はマリーの下の土盛りがわずかに動いたような気がした。


 ーーもこ


 はじめは気のせいだと思った。


 ーーもこもこもこもこ


「やっぱ、動いてる?! マリー!」

「へ?」


 俺は何か嫌な予感がして、マリーを抱きしめて土盛りから離れた。


 すると、途端に土盛りと、あたりの地面がひび割れて爆発して何かが飛び出してきた。


 雨の空に舞い上がった、巨大な泥の怪物に俺は「ぅああああぁああああ!」と思いっきり叫び、ついつい指を鳴らしてしまった。


「オレでも、流石に死ぬかと思った! フシュルぅ、いや、本当に危なかっ………(パチン)…ご主人マスターぁぉあ!」


 何かを言いかけて、撃ち落とされていく泥の怪物の声を聞いて、俺とマリーは顔を合わせた。


 そうして、気がついたのだ。


「「ジークッ?!」」


 俺たちは、力なく再び巨大な墓穴のなかへ落ちたドラゴンを全力で介抱しはじめた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー現在


 朝のお祈りが終わり、マリーが信徒たちの帰宅を見送ってるなか、一足先に俺は『蒼竜慈善団』事務所へやってきた。


 中では、すっかり手慣れた動作で紅茶を入れる、ちょっとだけ背の低くなった超絶イケメンボーイのジークが、紅茶を淹れてくれていた。


 席につき、ジークにひとこと礼を言って、紅茶を持つ手をかたむける。

 

 俺は引き出しから、2ヶ月前、とある神殿騎士から渡された手紙を取りだした。


 奴の最期。

 俺に届けられたアインの最後の意思だ。


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