第60話 贖罪と執行 前編
アインに聞きだした、マリーの監禁場所へといそぐ。
地下扉を蹴りあけて、はいった先に俺は手枷をかけられた聖女様を発見した。
「マックス、来てくれたのね! アインの奴に、いろんな場所たらい回しにされて、もうくたくただったわ!」
「ぁ、ぁぁ」
壁際に繋がれて、へたりこんでいたマリーが立ちあがって笑顔で言った。
もうその姿を見ただけで、俺は安心してしまい、力が抜けてしまう。
「よかった……マリー、本当によかったぁ……なにも、されてない? 怪我は、大丈夫?」
安心の次にやってくるのは、またしても心配だった。
俺はマリーのそばにより、気丈に振る舞うクセのあるアルス村の姉御の顔を、ぺたぺた触って確認する。
黙ったまま、目を見開くマリーのおでこは熱かった。
「っ、マリー、すごい熱だよ?! まずい、まずいよ、きっと噂に聞く病気なんだ! はやく病院にいかないと……ッ!」
俺が慌てだすと、マリーはだんだん力なくなっていき、膝をついてしまった。
やはら、マリーは弱っているんだ。
「えへへ……そうね、わたし、ちょっと病気みたいだから、もうちょっとこうしてて欲しい、かも♪」
マリーはそう言って、俺の手に頬をすりすり擦りつけて来た。
ああ、まずい。
なんか、俺まで熱くなってきたぞ。
でも、マリーは調子が悪いから仕方ない事だし……むぅ、ここは耐えるしかないか。
俺は緩みそうになる頬を、自分でたたいたりして、だらしなくなるのを抑えながら、マリーにすりすりされ続ける。ありがたや。
しばらくして、マリーは「あっ」と声を上げる。
「アインは、どうなったの? あの体、とてもまともには見えなかったんだけど」
「マリー、安心して。アインがなにをしてあんな風になったのか……道中、ゆっくり話すから」
俺はそういって、マリーを繋ぐ鎖を、指パッチンで破壊して、歩きだす。
手枷をつけたま破壊すると危ないので、今は我慢してしてもらう事にする。
「ねえ、マックス。わたし、手枷がついたままだと、歩きづらいから、マックスにお姫様抱っこを
俺はドキッとして、聞きかえす。
「……それって合法? あとで神殿に怒られるの嫌なんだけど……」
すべては高度なブラフだ。
本心は、
嘘です、ぜひ抱っこさせて欲しいです。
と言ったところか。
俺が演技派の顔でしぶると、マリーは豊かな胸をずいっと張って「ご・う・ほ・う♪」と気分良く言うのであった。
うん、合法なら仕方ないな。
⌛︎⌛︎⌛︎
マリーを抱っこして神殿にもどり、案の定、めちゃくちゃ嫌な顔を神官たちにされたのち、俺はアインを彼らへ引き渡した。
無気力な様子のアインは『沈黙の聖鉄』がはめられ、完全に抵抗力を奪われた状態で、神殿の地下牢へと連れていかれた。
俺とマリーほ、ちいさくなる彼の背中を見送った。
「マリー、実は言っておかないといけない事があるんだ……」
首をかしげるマリーを連れて、俺は神殿の裏の共同墓地へとむかった。
⌛︎⌛︎⌛︎
ーーバギィン
ーーアインの視点
星々が綺麗に輝く夜空のした。
破壊され尽くした街で、うっすら光る白髪と
「……」
青年はうつろな瞳に、ひかりを取り戻す。
「……………………あの影はいったい……『沈黙の聖鉄』も腐り落ちてるな……」
アインは神殿地下の暗室に幽閉された直後の、不思議な体験を思いだす。
暗闇のなか、女性の声が聞こえたかと思うと、すぐに″黒より暗い影″が自分に覆いかぶさって来たのだ。
目が覚めると、オーメンヴァイムへ直行が約束されていた運命が嘘のように、アインは荒れた街のど真ん中に戻ってきていた。
「……」
アインはいつの間にか、手のなかに握っていた『黒いロザリオ』を、困惑しながら眺める。
こんな不吉なモノ、絶対に持ち歩いたりしていなかったはずだ。
アインはそう思いながらも、異質なロザリオに、穏やかな神性を感じとってしまい、信仰を旨とする民のひとりとして、それを投げ捨てることができなかった。
とにもかくにも、アインは黒いロザリオをポケットにしまう。
彼は沈黙と共に、夜空を見上げた。
そうして、どれだけ黙っていただろうか。
「……疲れたな」
彼は、ふいに、つぶやいた。
逃げることは出来る。
だが、生きていくアテがない。
……いや、正確にはある。
マックスにはああ言ったが、人を魔杖で突き刺せば、いくらでも魔力の補給は可能なのだ。
これまでのアインなら考えてきた。
英雄が生きるためならば、それも許されるのではないか、と。
100万の民を、危機から救える者がいるなら、民の100人や1000人の命を使って、生きながらえたっていいはずだ。
命の優先度は【英雄】が一番なのだ、と。
しかし、今のアインは少し考えが変わっていた。
先ほど猛烈な頭痛。
流れこんできた、匂いのあるビジョン。
それに、鮮やかな感情、記憶の熱、
マックスから莫大な魔力の供給を受けたときに得た、彼の生々しいまでの肉体的精神的体験たちが、アインの思考にひとつの提案をしていたのだ。
「……はぁ」
アインは腰をすえて、頭を抱える。
クソカスだったのに。
ただの【運び屋】だったのに。
彼は目を閉じて、マックスの経験した、巨大な困難と、それと向き合った彼の感情を思い起こす。
どれほどの狂気に身をまかせたか。
全てを
見えない目標のために、ひたすらに積み上げた、純粋な不安との2年間の孤独戦争。
ずっと昔の記憶も見た。
アルス村で幼いマリーとオーウェンと共に過ごした幼少期だ。
マリーは得意げに馬にまたがり、羊飼いだったマックスとオーウェンは羨ましそうに彼女のうしろを、徒歩でついて行っている。
この男が『拝領の儀』でマリーとともに輝かしい未来を期待し、女神にそれを裏切られ、そのとき、どんなに気持ちでいたのか。
悔しかった。
悲しかった。
自分だけどうして。
それでもなお、″彼女″のことを守りたかった。
本当にそれだけが原動力。
ただ一念をいだいて、狂気的努力を救われない絶望のなかで続けられる人間が、いったいこの世界にどれだけいるっていうんだ?
あの男はーー本当に、すごい奴だった。
「……アホ、だったか。こんな傑物に、勝てる要素がない……何が、俺が一番大切にできるだ……何が聖女は英雄と結ばれる運命にあるだ……笑い話にもならねぇな……」
俺は死ぬほど、恨めしい、あの男が。
【英雄】だった、俺を遥かに越えるとんでとない奴だった、あの平凡な奴が羨ましい。
そうか……そうだな、そうかもしれない。
認めてやるよ、マックス。
凄い【運び屋】はいるのかもしれない。
それに、嫉妬していただけのダサい【英雄】がいただけなのかもしれない。
心優しい竜を殺した直後の、あの少年の言葉がアインの頭をよぎる。
″お兄さんは、可哀想な人なんだね″
″いろんなことが起こるから、せかいは面白い″
「俺は間違っていた……だが、同時に正しかったんだ……迷宮の果てに逃げて、隠れて、仲間を蹴落としてそれは、英雄なんかじゃないって心のどこかで思ってた……だけど神が【英雄】って言うのなら【英雄】をやろうって……だけど、俺は″英雄″だった。それだけで、よかったんだ。豪快を気取る必要なんて、自身の欲を解放し、まわりを手懐けることなんて、なにも必要なんてなかった。大事なのは【英雄】であることじゃない、どんな″英雄″になるかは、自分で決めればいい。クラスは関係ない。あの男が、そうしたように……」
アインは閉じていた目を開き、魔杖を右手に召喚し、再生した左手に魔剣を召喚して立ちあがった。
空は晴れた。
もう雨は降らない。
深呼吸をする。
俺はいまでも、マックスは気に入らない。
だが、奴は″片鱗″に気づかせてくれた。
「これが、俺に与えられた、最後の時間。……マックスがくれた最後の時間か」
アインの体を緑雷がほとはじる。
彼はつい先ほど、のぞいたマックスの記憶から、今ジークタリアスが″凶暴化した市民″によって危機に瀕していると知っていた。
最後に何をするのか。
自分が何になるのか。
アインは答えを求めるように、星々が輝く夜空へ飛び上がった。
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