第58話 翡翠の英雄 前編


 街へでると、そこは混沌とした光景が広がっていた。


「ギェエ!」

「くっ! どうしたって言うんだ! なんで、俺たちの邪魔をーーぐわぁああ!」


 豪雨のせいで池となった通りは、いまや薄まった赤色に一面を染められている。

 地面のうえには負傷した神殿騎士や、苦しみを表情に残しながら事切れた市民たちが転がっているのである。


 血の池、死屍累々。

 跋扈ばっこするのは亡者たち。


 雨の夜に現れた地獄であった。


「うわぁぁぁ!」


 ーーパチン


 剣を奪われ、襲われる神殿騎士へ、のしかかろうとしてい暴徒をポケットから放った乱気流で弾き飛ばす。


 同様に″視界にうつるすべて″の脅威を、頭部への乱気流の直当てすることで、数秒のうちに、高速で無力化することで、この一帯の安全を確保する。


「っ、そうか、あれが『測定不能』のマックスのスキルパワー……一体、何をすればこれほどの能力が……」


 ポカンとして、無事な神殿騎士たちが俺を見上げてくる。


「驚いてる暇があったら、市民たちを拘束しろ。いつまでも気絶してるかわからねぇだろーが」


 声を荒げて、現場を動かす。


「ほら、お前はこれくわえておけ」

「む、ありがとう、マックス。流石は崖下世界から生きて帰った男だな。本当に助かった」


 負傷する神殿騎士が求めてくる握手にかるく応じて、おなじく怪我してる者たちへ緑の果実をくばり、負傷者の整理をうながす。


 ある程度、現場が落ち着くと、オーウェンが俺のもとへやってきた。


「マックス、人手が足りない。ここは二手に別れよう。デイジー、君は神殿騎士たちを援護してやれ」

「了解です! 私のスキルなら、どれだけ相手が強くても、なんとかなりますからね!」


 彼女のスキルは戦闘面において、非常に優秀だ。

 あの幻術なら初見殺しでだいたい何とかなるから、今暴れてる市民ごときなら余裕だろう。


 俺はオーウェンの提案にうなづき、デイジーたちとはここで分かれて、ひとり建物の屋根に跳び乗った。


 街を見渡し、耳を澄ませば、あちらこちらで刃のぶつかる音が聞こえる。


 一体何がジークタリアスで起こっているのやら。


 マリーはどこにいる?

 どうしてアインはマリーを攫った?


 知りたいことは、たくさんある。


「くそ、情報が何もない。……とにかく今は凶暴化した市民をなんとかしないとだな」


 俺はもっとも近い戦場から順に回ることにした。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 暗い部屋のなか。


 ーーブスリ


「はい、お注射ですよぉ」

「いやぁああ!」


 雨音が聞こえる窓のちかく。


 毛深い黒い獣が、その豪腕で四肢を押さえる若い女性へ、紫髪の愛らしい少女は太い注射針を遠慮なく腹に突きさしている。


 雑で、乱暴な、とうてい医療目的でないソレはすぐに済み、注射器のなかの″緑色の液体″は女性の体内に素早く浸透していった。


「ガングルゥ、離しちゃっていいわぁ」


 少女の一声で、女性は解放された。


 彼女は泣きながら、すぐに立ちあがり、部屋のものをひっくり返しながら、恐怖を顔にはりつけて玄関へと駆けだした。


 しかし、歩けたのは数歩ばかりだ。


「っ、ぁがぁあ゛あ゛?!」


 女性が途端に苦しみに、あえぎはじめる。


「あはは、だめだめぇ、逃がさないわぁ。ほら、あなたもお祭りに参加してきなさぁい」


 少女の無邪気な笑い声。


 若い女性は玄関のドアノブを握る手をわなわなと震わせ、奇声をあげると、人間離れした腕力でドアノブを引っこ抜き、強引に蹴り破って、雨降る街へと飛び出していった。


 想像を絶する変貌だ。


 だが、それも見慣れた少女たちは特にこれといった反応を示さない。


「やはり、アイン以外は理性がなくなってしまうようですね」


 線の細い青年ーーレドモンドは、そう言って残念そうに眉尻をさげた。


「うーん、なんでかしらぁ。一応、感覚はあるから、簡易的な命令なら聞いてくれるけれどぉ……〔ミステリィ〕の解放はできてないわぁ」

「やはり、″ランク″が足りないのでは? 女神ですら、″深層神秘″の覚醒にはランク10を要するのですよね?」


 玄関から外へでていく少女と線の細い青年を、彼らの背後の黒い獣は、2人のために傘をさして、そのあとに続いていく。


「そうねぇ……でも、のも気になるわぁ」


「言うことを聞いてくれれば、もう少し計画的な余興として消費できるのですがね」


「そうねぇ……やっぱり、同じドラゴン級の冒険者で実験するのがいいかもしれないわぁ。確かこの街にはもうひとり魔剣士がいるとかって聞いたんだけど……あら?」


 注射器を片手にもったまま、少女は固まった。

 

 彼女の視線先。


 先ほど解き放った、凶暴化した若い女性が安らかな表情で気を失っていた。

 そして、彼女のことを壊れものを扱うように優しく抱きとめ、雨を避けれる建物の影にゆっくりと寝かしている青年がいた。


 水の滴るのを気にせず、聡明な蒼い瞳をもつ彼は、少女へと向きなおった。


「今しがた、強引に眠らせたわけだが……お前ら、何者だ」


 蒼瞳の青年は、視線鋭く、あやしげな少女たちを睨みつける。


「蒼瞳、異国の剣……あれはどうやらもうひとりの魔剣士、『剣豪』オーウェンのようですね」

「わぁ! やったわぁ、向こうから現れてくれるなんて、やっぱり私は女神に愛されているのねぇーーーーガングルゥ、手足は取っちゃてもいいわぁ。殺さずに生け捕りにしなさい♪」


 少女はたのしげな微笑みを崩さず、ただオーウェンを指差した。


 黒い獣は傘をレドモンドにあずけると、のそっと前へと一歩だけ進みでる。


「そうか。斬って聞くしかないのなら……そうするだけのことだ」


 オーウェンは僅かに腰を落とし、刀の柄を静かに握りこんだ。



         ⌛︎⌛︎⌛︎


 

 ーーマックス視点


「ぐわぁああ!」


 ーーパチン


 重なる雨の先。

 ずっと遠くの遠くで、ポケットを開き、乱気流を撃って、ピンチな神殿騎士を助ける。


 これで4箇所目だ。


「ありがとう、マックス! 本当に助かったよ!」


「礼はいいから、とにかく市民は頼んだからな」


 俺は騎士へ、おざなりに手を振って次の現場に行こうとする。


「あ、待ってくれ、マックス。実は市民を拘束する縄が足りてなくて……なにかアイディアはないか?」


 俺のポケットに何でも入ってると思ってるな。


 まあ、縄くらいなら入ってるけどさ……。


「拘束用だよな……だとしたら、ちょっと用意しても仕方ないし……あ、そうだ」


 ーーパチン


 ポケットから勢いよく射出するは、威力を落とした『巨木葬きょぼくそう』だ。

 

 気絶した凶暴化市民たちを、地面に突き立てた丸太のサークルに閉じこめて臨時の隔離空間としておく。


「おお! 今、どっから丸太が出てきたんだけだ?」

「俺のスキルだよ。いいから、ちゃんと見張っとけよ、こいつらのパワーだと丸太くらいじゃ押さえられないかもしれない」


 神殿騎士たちへそう言い残して、俺はふたたび屋根の上へと登った。


 ダメだ、このままじゃキリがない。

 持ち堪えているがジリ貧だ。


 凶暴化した市民は、熟練度の高い神殿騎士の刃すら通さない硬さをもって、パワーで押し切ってくる。


 明らかに戦闘技能は神殿騎士たちのほうが高いにも関わらず、負けてしまうのだ。


 その様はある種の、″レベル差″がある者の戦いに似ている。

 

 神殿騎士で苦戦するなら、治安維持を任務とする衛士たちではとても耐えきれない。


「どうすれば……ん」


 屋根のうえを飛び回っていると、雨のなか地上を駆ける騎士たちを遠目に発見。


「班ごとに分かれて各地の凶暴化した市民たちの鎮圧にあたれ! 今こそ『神威の十師団』のチカラをしめす時だぞ、お前たち!」


「「「「うぉぉおぉおおお!」」」」


 暗雲すら震えあがり逃げだす、熱い熱い気合い。


 これまさに、神の威光を知らしめんとばかりの地上を駆け抜ける稲妻だ。


 神の威厳の代行者としての精強なるオーラで雨粒など跳ねのけ、100人近い騎馬戦士たちが、かかんに混乱の戦場へ散っていく。


「うら!」

「ギェエ!?」


 馬で体当たりし、飛び降りざまに暴徒の頭を蹴りとばし、剣すら抜かず、殴りあいで暴徒たちを制圧しはじめる神威の騎士たち。


 各地にひとりの騎士が行き渡れば、戦況がひっくり返る。


 まさしく一騎当千いっきとうせん万夫不当ばんぷふとうの勇者たちだ。


「凄い、これならいけるな」


 こんな時頼りになりすぎる、かの騎士団長のデカすぎる声に、背中を押され、俺は凶暴化した市民たち彼らに任せることにした。


 これて『聖女の騎士』としての役目を果たせる。


 マリーを助けにいく。

 そのためには、あのクソ野郎の居場所をーー。


「マァァックス! 俺はここだァァア!」

「ッ!」


 街で一番背の高い冒険者ギルドの屋上に、緑の落雷が落ちる。


 その電撃を浴びて立っている男。


 俺は声の主人のもとへ、すぐに跳んだ。


 冒険者ギルドの屋上にたどり着くと、そこでは見知った顔がーーーーされど、大きく雰囲気をたがえた男が待っていた。


 全体的にやや細身になった体、身長はどういうわけか高くなったように見える。


 手にはいつもの魔剣アイン。

 しかし、もう片方の手には見慣れない黒い大杖も待っている。


 茶髪だった髪は、緑に淡く輝く白髪に。


 特徴的な紅い魔力の気配は失せ、そこにはまるで緑雷りょくらいそのものと化した魔剣士がたっていた。


「おい、アイン、いや、クソ野郎、お前よくもジークを……いや、今はとにかくマリーだ。彼女をどこへやった、無事なんだろうな?」

「マックス、マリーなら俺を倒したらどこにいるか教えてやる。だからーー俺と戦え!」


 ーーパチン


「ご要望に沿ってやるよ、クソ野郎」


 ポケットから撃ちだした乱気流で、最悪の男を上空へうちあげる。


「ぐっ、悪くない攻撃だが……はは、マックス、効かないぞ! これくらいなら全然耐えられるッ!」

「そうか。じゃ、これは?」

 

 ーーパチン


 もう一度、指を鳴らして今度は威力をすこしだけ上げて、よりポケットの入り口を″絞った″気圧の爆裂弾でアインのこめかみを狙う。


 攻撃がアインの側頭部へ命中する。


「ぁがぁァァァァァあ?!」


 鋭利な一撃に、アインは側頭部から血を噴出させ、空中で血液を飛散させる。

 もがきながらギルドの屋根に落ちて、ガタゴト、身体を痛めながら転がり、さらに通りへと落ちていく。


「ゥゥウ! なん、だ、また、あのこうげき、か? 何か、してるな……? ぐ、ぞォォォォ! 俺はまだ足りない、のか……ッ!」


 ギルド前の通りに落ちたアインは、大剣を支えに立ちあがり、鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。


「気を失ってない……だと? アイン、お前、どこでそんな力を手にいれたんだ? 気配が凶暴化した市民たちと似てるが……この一斉暴動はお前の仕業なのか?」


 以前にあったアインなら、初撃で気を失っていてもおかしくない。


 明らかに硬くなっている。

 何をすれば、こんな短期間で強くなるんだ?


「ふしゅぅ……はぁ、はぁ、これは、命を差し出して手にいれたチカラだ。俺には、もう時間がないんだ……」


「時間……?」


 アインが大剣を天にかかげると、視界がまっしろに染まった。アインのは自らの意思で雷を呼びこみ、雄叫びをあげて気力を高めはじめる。


「なんだよ、それ、アイン……」


 俺には、この男が獣に見えていた。


 追い詰められ、すべてを賭けて、なりふり構わず生きあがく……そんな獣だ。


 ただし、この魔剣士は″生きる″事すら投資した。


 その瞳に過去の自分を重ねる。

 狂ってなお、成し遂げようとしたかつて崖下で生きた自分を見ているようだった。


「アイン……そこまでして、成し遂げなきゃいけない事ってなんなんだ?」

「はぁ、ぁぁ、マックス、お前を殺すことだよ! それで正常に戻るん、だッ! そうすれば、俺の信じた正義は否定されないッ! 俺は俺を否定させるわけには、行かねェ!」


 大きく振りかぶられ、投げられる大杖。

 投げ槍は、俺の心臓に穴をあけるために放たれた一撃か。


「そうかよ……」


 アインが命すら投げだして手にいれた力。


 俺を殺し、このクソ野郎が信じる、俺には理解できない正義を守るための力。


 こいつはジークを殺した。

 マリーをさらった。

 過去に犯した胸糞悪い罪も消えることはない。


 だが、いいだろ。

 俺もむしゃくしゃしてたんだ。

 すべてを受けとめてやろうじゃないか。


 それに、きっと……これが、最後になるのだから……。


「こいよ、アイン、俺がぶちのめして、オーメンヴァイムに叩き込んでやるからよ」


 鋭利な先端が豪速でせまるなか、俺は気を集中させ右腕を、いつものルーティーンで″ゆっくりと″持ちあげた。


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