第55話 変質する英雄


 締め切られていたカーテンも、今は外の風に揺られ、こけた頬をなでる。


「ぅ、あ、俺はなにを……」


 床のうえで目を覚ましたアインは、背中に走る鈍痛に顔をしかめ、立ちあがった。


「っ」


 アインは妙な感覚を得ていた。

 体がうずく、何かをまとめている。

 猛烈な勢いで自分のなかで何かが失われていく。


 喪失に追いつかれてはいけない。

 もし追いつかれれば、自分は飢餓にあえぎ、自壊することになる。


「ひっ……嫌だ!」


 言い知れぬ直感的な恐れに、アインは叫けんだ。


 その瞬間、アインの視界はひかりに包まれる。


 落雷だ。

 家、それも目の前に避雷したのだ。


 猛烈な衝撃波、肌を焦がす熱量。


 未経験の威力にアインは飛ばされそうになるが、不思議と痩せた体には力がみなぎっていて、簡単に踏ん張ることができた。


 アインは自身の手を見下ろし、これまでの自分と決定的に変わったものに気づく。


 そして、屋根を焼いて裂き、眼の前に落ちた緑雷りょくらいの爆心地へ、爛々と輝きを取り戻しつつある″翠瞳すいどう″を向けた。


 真っ暗にこげ、我が家をうがつ小さなクレーターの中心には、黒い杖がささっていた。


 背の高いアインの身の丈ほどもある、黒い大杖は緑色の電気をほとばしらせ、彼のことを呼んでいるようだった。


 恐る恐る大杖を手にとる。


「……ふ、ひひひ! ははははっ、これは凄い、凄い力を感じるぞ! これなら、マックスを殺せる……ッ! 聖女を苦しめ、英雄を殺し、クラスに準じない悪い【運び屋】を消せる!」


 穴の空いた屋根から降り注ぐ雨に、が濡れる。


 気分良く笑うアイン。


 大杖を左手に持ち、あいてる右手で中空を掴み、手のなかに黒色の大剣を呼びだす。


「あっはははは! いいぞ、俺は最高だ! 殺してやる、ぶっ殺してやる、マックスゥウ!」


 かつての英雄は大剣を天にかかげる。


 黒色の大剣は、剣身にはしる血の模様に恍惚と輝く。

 その身を邪悪に染め、雨雲から神鳴かみなりを召雷しょうらいして、自身へと直撃させた。


 ほとばしる自然界の強力なエネルギー資源。

 それを完全に手中におさめ、アインは翠瞳に確信をやどす。


 マックスを確実に上回った、と。


 アインは、電撃をおびる濡れた白髪を思いきりかきあげ、足を玄関へとむけた。


 

          ⌛︎

          ⌛︎

          ⌛︎



 傘をさす者。

 フードを被り帰路を急ぐ者。


 街を歩く者みなが、″予想外のものを見た″といって驚きの表情で彼を見据える。


 通りすがれば10人中10人が振りかえる。


「おい、あれってアイン、だよね……?」

「多分……なんか、えらく雰囲気が変わってないか?」

「最近、見ないと思ったが、なにがあったんだろうな」


 知る姿からの変貌ぶりに、雨に声を隠して話す市民たち。

 

 アインは鼻高々に天から降り注ぐ雨にうたれながら、通りの真ん中をいく。


「おいおい、【剥奪者】さんよぉ〜、なに勝手に家出てきてんだよ〜。みんなの信頼を裏切っておいて、よくそんな堂々と歩けるなぁ?」


 アインのいく手をはばみ、立ち塞がるのは背の高い男。

 ここいら一帯では喧嘩師として名高い腕っぷし自慢だ。


 アインは水滴滴る前髪の隙間から、冷たく男を睨み、鼻を鳴らした。


「俺は間違ってない。それがいずれお前たちにもわかる。あの悪しき男を俺は断罪する。世界が定めたルールに反抗し、約束された【英雄】と【施しの聖女】の舞台を破壊した。すぐにわかるさ。誰が正義を背負っているのか、な」


 アインは饒舌じょうぜつに淡々とそう告げると、男の横を通りぬけて行ってしまう。


 同時、男が地面に倒れこむ。

 

 それを見ていた市民が慌てて男へ駆け寄ると、彼は白目を向いて気絶してしまっていた。


「恐ろしく速い手刀、僕でなきゃ見逃しちゃうな!」


 はるか上空、雨雲の切れ目から現場を見ていた竜は、面白いものを見たとワクワクして地上へ降下しはじめた。


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎



「あはは、見て見て、これは凄い効果がでたわぁ! あのアインなら少しは面白くしてくれそうじゃあい?」


 屋根のうえで地上の緑雷を見つめ、少女は笑う。


「あの子たちじゃ、意味がなかったけど、なるほどだわぁ……ヒトだとそうなるのかぁ」

「素晴らしい結果です。これは人間による実験を本格的に始めたほうがいいでしょう」


 傘を持つ青年は涼しげな声で少女を称賛する。

 

「素体の力を高めるのも必要だけど……そうねぇ〔ミステリィ〕があるなら、人間でもいいかもぉ」

「では、さっそく戻って研究を移行ーー」

「まあ、待ちなさいなぁ、レドモンド。私、すこーし気になることがあってぇ……あのアインって人間もうちょっと観察したいと思うのぉ」

 

 少女の言葉に青年はキョトンとした顔をしたが、すぐに「かしこまりました」と答え、綺麗に一礼した。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



「はぁ、マックスはやく帰ってこないかな……」


 聖女雨の降る窓の外を眺めて、たくさんの依頼書が重ねられた机につっぷしてそう言った。


 耳をそばだてていた巻き髪の少女は、ニヤリと顔を歪める。


「マックス先輩って最近、どこに行ってるんですかね〜」

「む、確かに、近頃のマックスの動きはなんだか怪しいものがあるような……」

「もしかしたら、女の子、かもしれないですねぇ〜」


 デイジーの不遜なる呟きに、マリーは目を見開き、慌てた様子を隠せない。


(確かに、言われてみればマックスはカッコよすぎるわ! 性格まで最高の一択なんだから、ジークタリアス中の女子たちがマックスのことを好きでもおかしくない?!)


 マリーは思考を重ねるたびに、自分が恐ろしいミスを犯してしまったのではないか、と思いはじめる。


「マックスを、マックスを神殿からださないようにしないと……そんな、ダメよ、マックスったら、ハーレムなんてそんな罰当たりの、あぁ! こらこら、ダメだってば、女神様は絶対に認めないんだからね!」


「マリー様に変なスイッチ入っちゃいましたね……」


 頭を抱え、赤面し、女子たちをたぶらかして、みだらな行いをしている幼馴染(仮定)に、マリーは聖女としてどう教えを説いて導けばいいのか苦悩する。


 ーーコンコンっ


「ん?」

「あら?」


 遠くに聞こえる雨音ではない、明確な扉をノックする音に、デイジーとマックスが同時に反応する。


 返事をかえすと扉が押し開けられ、絶対にない、と思われていた人物が姿を現した。


「っ、」

「よお、マリー、元気かよ? あの叛逆の悪徒、【運び屋】マックスはいないのか?」


 ログハウスへ入ってきたアインの姿は、3週間前に見たものとは大きく変わっていた。


 体はいくぶんかふくよかを取り戻し、肉付きがよくなっている。

 暗い部屋の隅でうじうじしていたソレとは、まとっているオーラも別物ーーいいや、以前のアインに近くなっていると言うべきだろう。


 瞳に自信を宿し、自分が背負う大義こそほまれあれ、と約束された勝ちを一片も疑っていない。


「アイン……すこしは良くなったのね」


 マリーは迷ったあげく、哀れな姿をさらしていた時よりも、わずかにも印象が良くなった彼のことをを優しさで称えてあげることにした。


 いろいろな事があったとはいえ、アインは長い付き合いの友人である。と心優しいマリーは考えてあげているのだ。まことに聖女である。


「ふははっ、そう思うか? ああ、今の俺は最高だよ、マリー。今なら君を手にいれることも出来る」


(む、やっぱり優しい言葉かけるんじゃなかった)


 速攻で後悔するマリー。


「近寄らないで、アイン。それ近づいたら執行猶予しっこうゆうよを完了できないけど?」


 一歩踏み出すアインへ、マリーはとげのある言葉でおうじ、その歩みを止めさせる。


 肩をすくめるアイン。


「デイジー」

「は、はい! なんですか、ぁ、アイン様?」

「お前は俺が【英雄】だと思うか?」

「えっと……クラスという意味なら、もう【英雄】じゃないかなって……思いますよ? その、アイン様やマックス先輩の関係って、私まだよく分からなくて……」

「ふん。そうか。まあ、間違っちゃいない。デイジーにそう見えているんなら、やっぱり俺が悪を倒して、すべてを正常な舞台のうえに戻さないとな」


 アインは笑みを深め一息でマリーに接近した。


 影すら残さない身のこなしに、マリーはキリッと目を細め、愚かな選択を後悔させることを決断する。


「この大バカ男っ!」


 怒りと悲しさに嘆き、聖女はかたわらの剣へ手を伸ばした。


 しかし、アインは百合の剣を脚で蹴り飛ばし、巧みな足捌きでマリーの背後にまわり、首裏を手刀で打ってしまう。


 早業だ。


「ぅっ、アイン……ッ!」


 理性をなくした英雄は、気をうしなうマリーをアインは胸に抱きとめ、「これが本来の正しい形だ」と満足げに笑い、彼女の服を裂きはじめた。


 それを見るデイジーはただ、腰を抜かし、麗しい聖女を欲望のかぎり荒々しく犯す怪物を見つめるしかなかった。








         ★

         ★

         ★






 ログハウスを飛びだす、二つの影がある。


「マリー様! 逃げますよ!」


 デイジーは声をあげてマリーの手を引っ張る。


 マリーはすぐ横で″実行の意思″を見せた途端、突然倒れたアインを見て、事態を察した。


「デイジー、幻術を使ってくれたのね?」

「話は後ですよ! はやく神殿の誰かに助けてもらいましょう!」


 デイジーの幻術は、英雄を都合の良い世界へと誘っていたのだ。


 現実は、もうすこしだけ″マシ″である。


 ただ、デイジーの幻術は、レベル差の前には長くは続かない。


 マリーは思う。


(アインを止められる人間なんて、神殿にはいない……ダメ、神殿に逃げたら余計な犠牲がでるわ)


「デイジー! ついてきて! ちょっと濡れるけど外に逃げるわよ!」


 マリーはデイジーを小脇こわきに抱えて、神殿を飛びだした。


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