第26話 蒼き竜 前編

 長めです

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「はえ、なるほどな。グレイグってそんなに厄介な魔物だったのか。あんまり強くは感じなかったけど」


 深緑のなかを歩きながら、俺はパスカルから死にかけるまでの経緯いきさつを聞いていた。


「そういうわけだ。マックス、お前ギルドに帰ったらマジで速攻でレベル調べてもらえ。おっさんが思うに、たぶん、ヤバいことが起きてる気がするからよ」


 パスカルは険しい顔で、よく言い聞かせるように言ってきた。


「む」


 ふと、彼と隣だって歩いていることに、言い知れぬ不安を覚える。


「パスカル、手を繋がないか?」


 パスカルは気色悪いものを見る目をしてきたが、俺は構わずに彼の手に俺の手をからませる事にした。


「勘弁しろよ、マックス。おっさん、そっちの趣味はまったく持ち合わせてねぇよ」

「違う、これは俺がジークタリアスへ帰るための効果が見込まれる実用的な手段なんだ」


 パスカルへ、俺が都市への帰らないのではなく、帰れない状態にあるということを順をおって説明していく。


 どういうわけか、確実に辿り着けるだろう道順をめぐっても、手段をとっても必ず森のなかをさまよってしまう不思議なチカラの干渉をうけている。


 だから、パスカルには霞のように変えてもらっては困るので、手を繋いでおくのだと懇切丁寧に、誤解やら不穏な感情が残らないよう訴えかけた。


 決して繋ぎたくて、おっさんと手を繋ぐわけではないのだ、という部分は努めて強調して伝えた。


「なるほどな。スキルによる継続的な干渉で帰れないなんて、マックスはよほど恨みを買っていると見えるなぁ。いや、おっさんは人に深く関わらず、恨みを買わないよう生きてきてよかったぁ」


「でも、あの魔物『赫の獣』に襲われてるところ見捨てられたんだろ?」


「悲しいこと言うなよ……マリーのお嬢ちゃんだって、仕方なく、そりゃもう泣きながらの逃げていったんだぜ?」


「ふふ、マリーはすごく優しいからな!」


 しばらく、会っていなくてもマリーが変わらずに美しい精神のままであり続けてくれているとわかり、俺は内心で誇らしいような、ありがたいような、温かい気持ちになった。


「ところで、マックス。もしスキルからの干渉を防ぎたいんだったら、おっさんにいいアイデアがあるぜ」


 パスカルは立ちどまり、スッと右手を持ちあげる。


 彼の手の甲にある、かの有名な輝く紋様『氷の刻印』がまばゆい光を放ちはじめーーすぐに輝きを失って、手の甲から″世界″へと移動する。


「≪氷結界ひょうけっかい三式さんしき≫」

「っ」


 氷の粒子は煌めき、そこに、細く、どこまでも続くトンネルとなって、世界に形を成して出来あがり、まっすぐと俺たちの道行きを覆いかくした。


「おっさんの封印式の中は外界からの干渉力を大きく遮断する事ができる。もしマックスに″帰らせない″なんて言うふざけたスキルを使っているやつがいたら、そいつの干渉力は、この氷のトンネルのなかに入ってこないと発揮できないだろうよ。つまりおっさんのスキルには、″アンチスキル″の効果も期待できたんだな、これが」

「おお! 流石、パスカルだな! これなら確実にジークタリアスに帰れるじゃん!」


 革命的な解決手段に、目から鱗が落ちそうだった。


 こんな冴えたやり方があるなんて。

 やっぱり、流石は対応力に定評のある『氷結界魔術団』のリーダーだ。パスカルのスキルは本当に凄い。


「ただ、問題がひとつ。……おっさん、今日頑張りすぎてちょっと気分悪くなってきてんだ。燃費のいい三式でも今日はこれ以上だせねぇな。いや、本当に帰りたい気持ちを尊重してやりたいが、ちょっと寝かせてくれよな」


「うーむ、確実な手段があるならソレに越した事はないか。いいぜ、パスカル。なに、2年も待ったんだ。今更、1日、2日なんて苦じゃない」


 俺はそう言って、トンネルのなかに傑作ログハウスをポンっと出現させ、顔色の悪いパスカルをベッドに寝かせるのであった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎


 

 老若男女があおりたてる、夜の通り。

 喧騒の真ん中で睨みあう主役はふたり。


 ジークタリアス最強の魔剣士の片割れと、通りで狂気のナンパ術を披露していた残念なイケメン青年だ。

 

「フハハっ、いくぞ! ドラゴンの力を思い知れっ!」


 ただの踏みきりで地面を沈め、足跡を残す驚異的な一足飛び。


 得意な顔で大きく腕を振りかぶる青年へ、オーウェンは少し体をまえへ倒して、青年の拳に速さが乗るよりもさきに拳を掴んだ。


 勇気と技術の相殺方法に、歓声が大きくなる。


 そのままオーウェンは全身で踏ん張り、青年の突進力を完全に受けとめると、動揺する彼の腹にすかさず膝蹴りを打ちこむ。


 口からよだれを垂らして悶える青年。


「ごへぇ、嘘、だろ、痛、ぃ……っ!」


「流石はドラゴン級冒険者!」

「最強の魔剣士オーウェンさまが強すぎる!」

「やっぱり、クラス【下半身】とは違うな!」

「すげぇ、たった1発で決着つくぞッ!」


 腹を押さえて涙をながしはじめた青年の顔面へ、オーウェンはさらにコンパクトなジャブを一発だけ打ち、いとも容易く彼の体を吹き飛ばしてしまった。


 青年は顔を押さえて悶絶し、地面のうえを無様に転げまわりはじめる。


「うぎゃぁああ! 痛、いだ、ぐ!」


「鍛えてもないのにその筋力、さぞ恵まれた体なのだろう。ただ、戦いに関してはまるで素人だ。これから多くを学ぶといい。おまえには十分な才能はある」


 オーウェンはそれだけ言うと、構えを解いて、歓声をあげる野次馬たちを解散させにかかった。


 魔剣士の涼しげな顔。

 地にふした青年は、目をむいて眉はひくつかせた。


(馬鹿にしやがって! くそ、僕は、僕の力はこんなものじゃないのに……!)


「いいよ、もうわかったよ、僕の本当の力を見せてやる、よ……!」


 青年は鋭い痛みがはしる顔と、鈍痛の残る腹筋をおさえて、よろよろと立ちあがる。


 オーウェンは棒立ちのまま戦う意志をみせず、傍観に徹し、これ以上の無益をしまいとアピールーー。


「む」


 しかし、ふと、オーウェンはリラックスした姿勢から深く腰をおとした戦闘態勢へと移行してしまう。


(体が勝手に……なんだ、この雰囲気の変化は。一気に圧が増した?)


 オーウェンは蒼瞳を細く、目の前の青年の一挙手一投足でさえ見逃さない。


「ーーフッハハハ、実に面白いな。【求道者】とは、オレのにこうも敏感に反応できるモノなのか?」

「お前……」


 声色こわいろすら変わった青年。


 オーウェンが険しい表情で、いぶかしんでいると、青年は口笛を吹きながら、静かになった野次馬たちの間を分けるようにして歩きはじめる。


「変身完了まで、まだ時間がある。″表″のオレがやられっぱなしなのも、沽券こけんに関わる」


 地面に転がる果実を足ですくうように拾いあげ、青年はそれをひとかじりして、ムシャムシャと食べながら続けた。


「すこし遊んではくれないか『剣豪』オーウェン」


 青年はニヤリと笑みを深め、果物を軽くほうり投げると同時ーー影を置き去りにして烈風となった。


 

          ⌛︎

          ⌛︎

          ⌛︎



 暗い路地裏を歩く蒼い青年がいる。

 とても美しく、絶世の王子のような顔だちだ。


 ただいま一仕事終えてきたかのような、疲れた表情には若干の無念さとも言うべき感情がやどっていた。


 青年は口元についた血をぬぐい、真上を見上げる。


 すると、つま先で地面を蹴るだけで、湿った暗黒から明るい夜の街並みを一望できる屋根へと、一瞬で移動してしまった。


 驚愕すべき脚力だ。


 つま先の力だけで、路地の地面と周囲の壁を副次的に破壊してしまうわパワーは、もはや通常人類のそれとは肉体の素養がちがう。


「では、はじめるか。絶望を。人間どもへの復讐を」


 青年は瞳に狂気の色を宿し、屋根の上に手をついて四つん這いになると、蒼の貴族礼服を、手ずから引き裂きはじめた。


 体の内側から波打つように肌がうごめき、背中の骨が分裂して、皮膚を突き破って生えてくる。それは、人間には本来存在しない骨格。ありえない生物進化が尋常でない魔力の働きにより、実現していく。


 血と肉とともに、屋根をえぐみに濡らし、ゴキャゴキャと音が鳴り響く夜の空。


 背中に生えてくる骨だけの″翼″には、筋肉の繊維が順に張りめぐらされていき、早送りされる幻視がごとく、急激にその青年の体を、おぞましいカタチへと変態へんたいしていった。


 完成した体長は、実に10メートルはくだらない。


「フシュルぅ、フシュルぅう!」


 血の雨を降らせ、夜空に荒い鼻息をあげる巨影。


 星々を黒く塗りつぶすソレに、通りをあるく誰かが気づき、未知への発見に屋根のうえを指さした。


 そうして、誰が最初に叫んだのだろうか。


「ドラゴンだぁあ! ドラゴンがいるぞぉお!」


 叫び声は瞬く間に街中へ広がっていく。


 伝播する恐怖に爛々と目を輝かせ、蒼い鱗を血の雨で光らせる狂気のドラゴンは口から炎を吐きだした。



          ⌛︎

          ⌛︎

          ⌛︎



 火のついた『崖の都市』はとても美しい。

 ドラゴンは恍惚の情を胸に、燃える屋根のうえで勝利の余韻にひたっていた。


 ただ、それはそれとして。


 空を飛び、地を這いずりまわる人間たちへ炎のブレスを吐くだけでは簡単すぎではないかと、こんなものでは、手応えのない復讐だと考えるようになる。


 だから、だろうか。


 彼が人には直接に炎をぶつけず、人間が作りだして建物にばかり、火炎ブレスを吐きつづけたのは。

 あるいは彼の内側には、優しき竜としての心が未だ残っていたのかーーそれはもう誰にもわからない。


「≪アイン・エグゼドライブ≫」

「……む?」


 羽ばたくだけで嵐を巻き起こし、低空飛行しはじめたドラゴンへ、地上から紅い魔力の波動が投じられた。


 腹に飛翔した紅い刃を受けても、ドラゴンは顔色ひとつ変えないが、″攻撃された″という事実は勘に触ったようで、すぐに攻撃者を見つけようと視線を凝らしはじめた。


「てめぇ、良いところに現れてくれたな! 最近、物事がうまくいかなすぎてムシャムシャしてたんだ。マリーを惚れさせる為の踏み台になれよ!」


 屋根を足場にして、して黒色の大剣を手に蒼き竜へ立ち向かっていく偉丈夫ーー【英雄】アイン・ブリーチの登場だ。


 竜は「これはしめた」と嬉しげに、彼の挑戦を受ける事にしたらしく、飛んで距離を開けずに、近くの建物の屋根に舞い降りた。


「フシュルぅ、人間の英雄よ、オレを倒してみるか? オレの兄弟たちにしたように、この瞳から光を奪ってみせるか?」


「なにわけわからねぇ事言ってんだ。俺は【英雄】、だからおまえを倒す。生まれてこの方、がドラゴン討伐を為せる力を見込まれてドラゴン級を背負ってんだ、出来ない道理はねぇよな!」


「ドラゴン級? フシュルぅ、フシュルぅ、人間ごときが空にあおぎ見るべきドラゴンと肩を並べる領域に達すると? それがオマエごときに与えられる等級だと? ーー笑わせてくれるなよ」


 竜の黄金の瞳が、怒りの色を増す。


 パックリと血の滴る口を開け、その内側から余熱だけで屋根を溶かす熱量を撃ち放つ。


「ッ!」


 アインは目を剥いて、慌てて、横っ飛びにローリングして回避をこころみる。


「フッハハ、甘いな、人間!」

「なっ!?」


 回避直後、体勢を立て直そうとしたアインの目の前にはすでに蒼き竜の前脚がせまっていた。


 突っ込んでくる鉤爪つきの凶器に、アインは大剣をドラゴンと自身のあいだにはさみ、顔を潰されるのを防いだ。


 が、代わりに体ごと掴まれてしまう。


「竜と空を飛べるのだ。ほら、笑えよ人間」

「嘘だろッ?! 離しやがれッ、てめぇ!」


 蒼き竜は悪い笑顔をたたえながら、ぐんぐん高度をあげていき、層雲そううんのうえの高さまでくると、ポイっと、アインを放り捨ててしまう。


 血の気がひいていくのを感じながら、アインは確実に訪れる最高峰の恐怖に震える。


 紐なしの自由落下が始まったのだ。


「ぅぁァァァァァア?!」

「フッハハ、大袈裟な人間だ。あの崖から突き落とされるほうが、まだ高いだろうにな」

 

 落ちるアインは、雲のうえで嘲笑う竜に興味を持っている余裕がない。


 なりふり構わず、生き残る手段を考える。


(死ぬ死ぬッ!? クソ、なんでこの俺が落とされてるんだよッ! これじゃまるでーークソクソ! あの竜、最悪のクソ野郎だ!)


 空から眺める燃え盛るジークタリアスを見つめた。


「やるしかねぇーーーーここだッ!」


 アインは魔剣の魔力放射を、着地のインパクト寸前で地面にむかってはなって衝撃を緩和、ゴロゴロと石畳みのうえを転がって命を拾うことに成功した。


「フシュルぅ、フシュルぅ、いいぞ、もっと足掻け。足掻いた末に惨たらしく、残酷に、最大の恐怖に沈めながら後悔を抱かせてやる。オレの怒りはまだまだこんなものじゃないからな」


 宵闇の空を高くを飛び、月を背負いながら竜は天に向かって神秘の火炎ブレスを打ち放つ。


 それらは、流星のごとく美しい一撃。

 そして、夜空を飾るたった刹那せつなの誇りだ。


 竜のもつ莫大な魔力によって裏付けられた、真なる破滅の名はーー。


「≪群星輪廻メテオ・ストライク≫ーー燃えあがれ、ジークタリアス」


 迫りくる天からの終末装置。

 崖上の空は、破壊の運命に選ばれてしまったのだ。

 

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 後書き


 こんにちは作者です。


 ただいま、好評をいただいてる本作ですが1話あたりの長さはいかがでしょうか?

 今話で5000文字とすこしあるのですが、長すぎる、と感じられたりしたら、ぜひコメントを残してくれると嬉しく思います。

 反応があったら、それに応じて調整しますゆえ、ご協力いただけたら幸いです。


 では、失礼いたします。


 ファンタスティック小説家


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「続きが気になる!「更新してくれ!」


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