第17話 ジークタリアス:赫の獣 前編
ーー新暦3056年 3月
冬が完全に終わり、雪解け水が森のなかを巡るのをうかがえなくなった春先の季節。
討伐戦線は温かくなりつつある森の奥深くで、『
運良く現場に居合わせたドラゴン級冒険者のマリー・テイルワットと、アイン・ブリーチは冒険者たちを指揮して包囲網をつくりあげ、標的を囲むことに成功。
人望あり、人気あり、尊敬もされる、みんなの聖女マリーは女神の加護が宿る百合の剣をぬいて、現場の最高戦力である魔剣の担い手『力』のアインの背後についた。
マリーはグレイグから目を離さず、淡白な声で喋る。
「アイン、わかってると思うけど、なるべくたくさん打ち合って注意をひいて。あの足では深手を与えても逃げられるから。この戦いはパスカルを待たないと意味ないからね」
「はは、安心しろよ、マリー。俺が信用できないのーー」
「できないに決まってんじゃん」
「……」
アインが戯言を言い終えるよりはやく、マリーの拒絶が差し込まれる。
苦い顔をする魔剣の担い手。
頭をふり我を切り替え、アインは黒色の大剣の、その切っ先を赤い鱗へむけて、至極慎重にグレイグとの間合いを図りはじめた。
「ふぅ……もう格好悪くできねぇな……」
アインは呼吸を深く、集中して半歩距離を詰めていく。
「ゴルゥウ!」
跳びかかるグレイグの大爪。
せまるのは右のふたつのムチ。
獣の右前足と右中足が、横薙ぎにアインを裂きにいく。
ーーが、アインは大きく体を後方へそらしたスウェイで前髪を揺らされながら回避、地面をかかとで弾いて、大剣の先端を正確にグレイグへと向けて狙いをさだめた。
アインの紅瞳が、血が沸騰するように
魔剣の
「スゥッ……≪アイン・スティンガー≫」
魔剣アインに
アインの猛烈な
「ゴルゥウ!」
うめき声をあげながら、グレイグは足場の悪い獣道をドタドタと転がる、転がる、そして止まる。
必殺の一撃を受けてなお『赫の獣』は健在だ。
アインは、眉をひそめ「硬たいな……クソ!」と悔しげに地面を蹴りつけ、さらなる追撃に出た。
胸部の鱗にわずかな傷をつけるだけのグレイグは、跳ねるようにアインの大上段からの振り下ろしを避けて、追撃をゆるさない。
「ゴルゥゥゥウゥウ」
一声、低く長い声で、狼の遠吠えのように吠えてるグレイグ。その声量に、冒険者たちは皆が耳を押さえて、すくんでしまう。
「オラァア!」
が、気合で踏ん張るアインが、一足飛びに急接近、一撃を袈裟懸けにうちこみ、鱗にかすり傷を与えて、黙らせる。
だが、それだけのダメージで、グレイグの意思は固まったようだ。アインから方向を180度かえて、外側へ頭をむけ、冒険者の包囲網を楽々な跳び越えて逃げていってしまった。
「クソ! また、逃げられた!」
魔剣を地面に突き刺して、木を殴りつけて怒りを露わにするアイン。
(あの魔物のせいで、マリーは俺から心を離したんだ。マリーを手に入れるためには奴をぶち殺して、惚れさせねぇといけねぇってのに!)
「アイン、なんで、魔力の放射を使ったの?」
マリーはグレイグが逃げていった方向を見つめて、アインへ問いかける。
「確実に仕留めるためだ」
「その結果がコレなんだけど。それに、確実に仕留めるならパスカルのスキルが必要でしょ?」
「あいつは燃費が悪いだろ。スキルぶっ放すしかできないスキル強者なんて、アテになるかよ。マリーだって、剣の腕前を鍛えてきたから、俺の気持ちがわかるだろ?」
アインは苦虫を噛み潰したような顔で、マリーは問いかける。
(アインは剣のセンスは、歴代の魔剣使いが積みあげたモノを継承してるだけなのに……)
アインはやたらと、努力型アピールしてくるな、とマリーは感情を宿さない瞳の奥で思っていた。
「あたりが甘かったせいで、上手く鱗を抜けなかったが、次は大丈夫だ。感触は掴んだからな」
「そう。でも、今度は必ずパスカルの到着を待って。彼が結界に閉じこめた後は、どれだけ継承した技を使ってもいいから」
「おう、任せとけよ。あ、そうだ、ここ怪我したんだ。癒してくれ」
アインは鎧を脱いで上半身裸になると、肩にできた小さなかすり傷をマリーへ見せた。
マリーは眉をひそめ、
「へ、なんだかんだ治癒してくれるってことは、やっぱり、俺のことが好きなんだろうな。聖女のプライドとして、ここは怒っておかないといけないから、ああやって冷たく振る舞っていると。なるほど、完璧に読めたぜ」
アインは一周回って、我が意を得たりといった様子でほくそ笑み、冒険者たちへ凛として可憐に指示をあたえるマリーの背中を見つめていた。
マリーは討伐戦線を再起動させて、一息つくと、目元を指でマッサージしはじめる。
(はやくこの戦いを終わらせて、マックスを探さないと。せっかくボトム街を捜索する良い時期が来たんだから、いつまでもこんなところで、時間を潰してられない。あと……アインと、はやく縁を切りたい)
「はぁ、ドラゴン級冒険者の役目、聖女の役目、役目、役目……んっ、いけない。絶望が顔が出てたかも」
マリーは頬を叩いて、気合を入れなおした。
「ん」
向こうのほうから走ってくる壮年の男が見え、マリーは笑顔で手を振る。
「お迎えありがとうねん、聖女様。ふぅ、おっさんめっちゃ急いできたけど、あれ、グレイグはどうしちゃったん? どこにも見当たらねぇが……ぁぁ、えっと良い方? 悪い方?」
「ごめんね、パスカル、悪い方。逃しちゃった」
マリーは申し訳なさそうに目を伏せた。
「いや、まぁ、聖女様がどうこうできるわけじゃなかったでしょうに。いやね、そうやって他人の分まで背負って謝ろうとするのは、おっさん感心しないなぁ。アインがミスったんなら、『あの【下半身】がミスりやがりまして』くらい、言っても女神様は怒らないと思うぜ?」
「あはは、これでも、一応、聖女だからね。そういう言葉遣いをするわけにもいかないわ」
パスカルは、よく剃られたアゴをしごきながら、こちらへ歩いてくるアインを
アインは、そんなパスカルを真顔で睨みつけてかえす。
「恐いねぇ〜へへ。まあ、そういうことよ。んじゃ、またグレイグが現れたら呼んでくれ。おっさん持ち場に戻るから、こっちは頼んだぞー」
「じゃあね、パスカル、そっちも頼んだわ」
えくぼのある渋い笑顔で、わざとらしく照れるおっさんが、小走りで向こうへとさっていく。
「ん、おっとー?」
が、ふと、パスカルは立ち止まり、マリーの後方を見つめて、ニヤリと笑みを深めた。
「ずいぶんとお早いお戻りでーー」
パスカルの水色の瞳が輝く。
巨大なスキルの発動の予感に、マリーは目を見開いて息を呑んだ。
壮年の男の右手の甲に刻まれた『
マリーには、パスカルが初手から必殺の封印式を使うのだとすぐにわかった。
ヤツが戻ってきた、マリーは直感する。
ふりかえり、聖女は再び現れた『赫の獣』の位置を見て、すぐさま冒険者たちへ退避するように声を張った。
パスカルがスキルの発動に移行しているとわかるなり、察した冒険者もまた我先にと走りだす。
「ほら、撃つぞーはやく逃げろよー」
呑気に告げる男を中心に吹雪く白雪。
先の寒い季節の最後の咆哮、パスカルのソレはちいさな冬の世界だ。
やがて、彼の世界は彼自身の詠唱トリガーとともに、外界への強力な干渉となって威力を発揮する。
「≪
つぶさな
同時に、パスカルの右手の甲から『氷の刻印』の輝きが失われた。
その瞬間ーー男の足場から森の景色が、左回りに回転しだし、年越しの厳しい冬が帰ってきた。
冒険者たちの目のまえに、″冬の世界″が出現したのだ。
凍てつく真白い世界のなかで目を凝らすと、そこにちいさなドーム状の氷の建造物があることに気づく。
「ーーーー」
氷の建造物のなかでは、真っ赤な魔物が、壁を引っ掻いたり、タックルしたりして、何とか出ようとしているが、まったく音は聞こえない。
パスカルは「封印成功……」とボソッと漏らすと、膝から崩れ落ちた。
「おっさん、すこし休憩するわ。あとは頼んだぞ」
すべてのチカラを使い切ってしまったのだろうと、思われる相変わらずの悪燃費に、マリーは肩をおとしながらも微笑み、アインへ向き直った。
「へへ、前座ご苦労、パスカル。あとは任せろよ!」
「へいへい、こっから見てるから、せいぜいぶっ殺されてこいよ【下半身】」
「……てめぇ、それしか言えねぇのか?」
アインは得意な顔で、すっかり弱気になったパスカルの肩をたたき走りだした。
パスカルが指を鳴らすと、氷のドームの側面にとって付きの扉が出現し、そこからアインはグレイグのまつ闘技場へと足を踏みいれた。
「グロゥウッ!」
「よぉ、第二ラウンド開始だぜ!」
アインはずっしりと腰を据えて、黒色の魔剣を構えるのだった。
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