#137 奴が来た!

「ふははははは! 良くぞ来たな、子猫よ! 否──黒猫燦!」

「うわぁ……」


 ミーティングを終えた日の夜、早速我王と打ち合わせをするために通話をしたときの第一声がそれだった。

 開口一番の高笑いはあまりの声量に音割れが酷いし、Discord側で高音が勝手にノイズ処理されるせいで音は飛びまくりで残った音は音でキーンと耳に痛い。

 正直言って打ち合わせ一秒で既にコラボの相手に選んだことを後悔し始めていた。


「チェンジって出来ますか?」

「チェンジ!? チェンジとは何だ、いつ発動する!?」

「今スグだよ」


 はぁ……、でも自分で選んでしまった手前、何より他に相手がいないのだから我王で渋々妥協するしかないか。

 段々気落ちしていく心を無理やり奮起させて、嫌々ながら真面目に打ち合わせと向き合うため意識を集中させる。

 が、


「しかし! 遂に黒猫燦からコラボの要請とはな! が使い魔から要請を受けたときは驚いたぞ!」


 うん、どうやらコラボの打ち合わせは真面目に出来ないようだ。

 いちおう言っておくと、このふざけた態度を取り続けている我王は別に不真面目に打ち合わせに臨んでいるわけでは決してない。

 むしろ彼は誰よりも、何よりも真面目に我王神太刀なのだ。


「して黒猫燦よ!」

「あの、ちょっと、その前に黒猫燦って呼び方めっちゃ気になるんだけど……」


 我王と言えば不遜なキャラクター性ゆえ、他人を呼び捨てにしたり特定の人物に独特な呼び方をすることに定評がある。

 わたしであれば以前までは子猫と呼ばれていたはずだが、いったいどんな心境の変化があってフルネーム呼びなんだろうか。

 もしかして……、


「え、もしかしてコラボに誘われたからって嬉しくて呼び方昇格させた……?」

「な、なななんのことだ!? この我がせっかく同期なんだからこの機会に呼び方を改めようとしただと!? 馬鹿も休み休み言うが良い!」

「わー、ここまで見事に白状する人自分以外で始めてみたよ」


 まあ気持ちはわかるよ。

 一度定着した呼び方って中々次のステップに進むの、難しいもんね。

 特に絡みが多い相手なら兎も角、同期という関係だけで特別交流のない相手ならいつまでこの呼び方すれば良いんだろう、とかわたしだって悩んだ時期はある。

 なんていうか不器用な男だな、コイツ。


「まあいいや。それでコラボについてなんだけど、いちおう返事を聞かせてもらってもいいかな」

「ふっ、愚問だな。当然やるに決まっているだろう!」


 我王のマネージャーさんから了承の返事は頂いているけど、ここは形式として本人にちゃんと確認しないとね。


 しかしこの我王、いつにも増してテンションが高い。

 さっきから通話の向こう側では無言のタイミングで、こちらに聞かせる意図のない「ふはっ」とか「ふははは!」と不気味な笑い声が聞こえてくる。

 相手が我王でなければ幽霊や呪いの類を疑うところだ。


「しかしお互い初コラボの相手とこうして再び相見あいまみえるとはな……、数奇なめぐり合わせもあるものだ。いや、これも定められた運命、というやつか……」

「わたしの始めての相手は結だけどね。記憶捏造しないでね」


 そう、見ての通りコイツはコラボに誘われたのがあまりにも嬉しくてテンションがバグっているのである。

 昔はその癖の強いキャラのせいでコラボ0人という定番ネタがあった我王であるが、相葉京介を始め男ライバーと絡むようになってからは定期的に漢の集いとか言ってコラボをするようになり、ぼっちライバーの名を返上していた。

 だがやはり他人から誘われるコラボには今でも並々ならぬ想いがあるようで、あるてまでは我王をコラボに誘うと通話中に変な笑い声が聞こえるとまことしやかに囁かれるようになったとかないとか……。


 でも正直、我王のその気持ちはよく分かる。

 自分からやろうって声掛けするのと、相手からやろうと声を掛けられるのじゃそこにある感動や嬉しさは段違いだよな……。

 こう、自分の想いって独りよがりじゃないんだって世界から肯定されるというか……。

 しかし今も絶賛聞こえてくる笑い声はあまりにも不気味なのでそろそろ落ち着いて欲しいところである。


「それで、コラボは何をする? 対戦ゲームや協力ゲームならいつでも出来るように一通り揃えてあるぞ」

「我王……」

「な、なんだ? 我を可哀想な子を見るような目で見るな!?」


 いや、わたしも誰ともやらないのにマルチプレイ可能なゲームをついついセールのたびに買ってるから気持はよく分かる。

 でもこいつの場合、相葉京介とそこそこの頻度で対戦ゲームやったりしてるから同類かと言われると微妙なんだよな……。

 というか、下手に対戦ゲームや協力ゲームをすると初見のゲームでもプロ級の腕前を披露する相葉京介相手にプレイヤースキルが磨かれている我王では、わたしとの実力差が出来てしまって配信がお通夜になりかねない。

 ゲームコラボで一方が慣れているせいで未経験者をボコボコにしたり、協力ゲームで足を引っ張るときのあの居た堪れなさは見てられないからな……。


 そうなると……、


「ならば食レポしかあるまい」

「いやなんでさ」

「激辛や激マズ料理の食レポは中々評判がいいのだ」

「リアクションが良いとはよく言われるけど別に体張りたくないよ!?」


 我王の配信はゲームや雑談といった定番の他に、クソゲーや食レポなど体当たり系の配信が結構多いんだよな。

 本人は大真面目にやっているのだが端から見たそれは完全に芸人のそれである。

 

「ならば必殺技を開発する配信はどうだ? やはりVTuberたるもの、必殺技の一つや二つは必要だろう」

「いらないよ!? 配信活動のどこに必殺技が必要になる場面がある!?」

「アンチとか来たときとか」

「物理的に撃退!? 普通にブロックでいいじゃん……」

「くく、歯向かう輩にはその骨身にまで恐怖を教え込まねばな」


 仮に本当にアンチに必殺技打ったとして、普通に傷害罪でアウトだろ……。

 我王に配信内容を任せるとロクなことにならないな。

 ここはわたしがバシッとナイスな提案を、


「性癖語りとか、どう?」

「阿呆か」

「阿呆!? え、我王に阿呆って言われた今?」

「男と女でコラボをして性癖を語る阿呆がどこにいる? 貴様、さてはコラボという体で我を燃やしたいのか!?」

「急に真面目になるな!?」


 いやしかし、そうか。

 たしかに今回のコラボ、今までの特訓と違って相手は男だ。

 今の我王はその特異なキャラクター性もあって女性人気をそこそこ獲得し、最近はちょっと変わった熱狂ファンが多いという噂もある。

 配信活動をする上で真に警戒するべきは移り気な男性リスナーよりも一途な女性リスナーと界隈でも囁かれているし、下手な配信をすればわたしも我王も火傷では済まないかも知れない。

 やれやれ、ファンが多いというのは色々気苦労も絶えないものだ。


「相葉も呼んでパーティゲームでもするか」

「いや、それこそ大火事だよ」


 あの人、ガチ恋勢めっちゃ多いし。

 最近はそのゲームセンスからプロのストリーマーや箱外のVTuberとコラボをよくするようになって、絶賛人気が爆発中だ。

 噂では女性リスナーだけじゃなくて箱外の女性VTuberからも露骨に好意を向けられていて、本人も辟易しているとか……。

 思わずお前はVTuber小説の主人公かなんかか、と言いたくなる話だが本人は恋愛に興味がなくてまったり配信をしてスローライフを送りたいとかなんとか……。

 いやお前はなろう主人公か。


 ちなみにこれは全部、顔は良いのに何故か彼氏が出来ない神夜姫咲夜に聞いた愚痴である。

 あの人、最近はいよいよ婚活を諦めてペットを愛でるのが趣味になったらしい……。

 飼い始めた子猫が可愛いのは分かるけど、流石に毎日朝晩と大量の写真を送られるのはちょっと迷惑なんだよなぁ。


 まあ、そういう事情もあって急に絡むと嫌な目の付け方をされるかもしれないので、コラボも慎重にしないといけないわけだ。黒猫燦って女性アンチ結構多いしね。

 人気になるって大変だ。


 さて、ではどうするか……。


「あ、あれ良いんじゃない?」

「あれ?」

「ほら、お悩み相談室的なやつ。我王って結構リスナーからの相談に乗ってるでしょ」

「あぁ、迷える魂の救済だな」


 お前は神父か。

 しかしこの我王、自分の考えをしっかり持っていてズバズバと物を言う性格であるので相談相手として結構最適な存在なのだ。

 定期的にマシュマロに届いたお悩みを自己流の解決法で一刀両断するのは、我王の隠れたメインコンテンツでもある。

 前回の天猫にゃんとやった企画はドッキリになってしまったが本来は質問企画だったわけだし、今回は逆にリスナーの声に耳を傾けるのもいいかもしれない。


「なるほど、我と貴様で共同作業で魂を救済しようというわけか」

「言い方。せめて共同戦線とかさ」

「! 共同戦線マルチ・バトルフロントライン、どうやら黒猫も調子が出てきたようだな」

「ルビ!? 知らないルビが勝手に振られてる!?」

「ならば黒猫よ! 我が同胞よ! 疾く宣告するが良い! 我らが世界を救済すると!」

「はいはい、コラボの告知とマシュマロの募集ね」


 打ち合わせ自体は短かったのにあまりの濃いキャラにどっと疲れた……。

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