#135 コラボ終わりの反省会

「お疲れ様でした!」


 無事に配信が終了したことを確認した天猫にゃんが真っ先に声を上げた。

 さっきまで二時間弱一緒に喋り続けていた疲労を感じさせない、聞いているこっちまで元気になるような底抜けに明るい声。

 もし自分が案件先の人で、収録後にこんな調子で声をかけられたならば次もお願いしようと思えるぐらい気持ちのいい声だ。

 しかしわたしは今回の配信でドッキリという名の企画乗っ取りを仕掛けられた被害者である。

 いくら天猫にゃんが配信後に全てを帳消しにするような快活な声をあげようと、わたしの中にある言葉は一つ。

 そう、


「つかれた……、本当に疲れた……」


 これに尽きる。


「あはは、本当にお疲れの様子ですね黒猫さんは」

「そりゃね、当たり前だよね。だって昨日から散々打ち合わせしておいて本番でこれって……、大変とか何してんだって感情よりも疲れたって気持ちしかないよ今は」

「あはは……」


 あははではない。

 とはいえ申し訳無さはちゃんと感じているようで、通話越しの天猫にゃんは配信中の自信満々でわたしの声などどこ吹く風といった様子から一転、こちらを気遣う様子が伺えた。


「本当にすみませんでした。正直昨日の企画が決まった段階でこれはもう乗っ取りしかないな、と思って」

「そんな早くから? いやまあ、だからあんなに入念に打ち合わせしてたのか……」


 おかげで戸惑ったのは最初だけで、それ以降は特に問題なく対応できたと思う。


「配信前にも言いましたけど黒猫さんの枠で配信をする以上、リスナーの皆さんはやっぱり黒猫さんを目当てに見に来てると思うんですよね。なのにいきなりぽっと出の個人VTuberが我が物顔で出てきて、興味のない質問にひたすら回答する企画なんて、正直肩透かしもいいところだと思いませんか?」

「まあ、それはたしかに」


 その懸念はずっとあった。

 でも一夜で用意できる思いつきの企画なんてのはたかが知れているから、多少無難な形になってでもやり遂げて、足りないところを司会やトークで盛り上げようという話だったはずだ。


「別に黒猫さんの企画がツマラナイと言っているわけでも何でもないですよ? これも配信前に言ったように質問企画は間口を広げる意味でも良い選択だと思いますし。でも、黒猫さんの強みを活かすなら単純に質問企画をするよりもドッキリを仕掛けたり、逆に黒猫さんに質問をするほうが盛り上がる、と思ったんです」

「わたしの強み……」

「叩けば叩くほど良い音の鳴るオモチャ──じゃなくてリアクションですよ」


 なんか今バカにされた?


「せっかくそれだけ良いリアクションが出来るのに大人しく司会進行に回るなんてもったいない! 黒猫さんは司会席で大人しくしているよりも振り回したり振り回される方が輝く! そう思った結果が、見ての通り今回のドッキリというわけです」


 言いたいことと意図していたことはよくわかった。


 あのまま乗っ取りもなく続けていれば虚無配信とまでは言わないが、そんなに撮れ高のない配信になっていた可能性は充分にある。

 それは別に天猫にゃんに回答者としての適性がないとか、リアクションが面白くないとかではなく、絡みが少ない中で数字が大きい相手とコラボ配信をする上ではどうしても避けようのない界隈あるあるだ。……わたしに天性の司会進行能力があれが話は別だけど。

 言ってみれば今回のドッキリ乗っ取りは天猫にゃんからすれば虚無になりかねないアウェーの中で、唯一一発逆転を狙える奇策だった、というわけだろう。

 実際、チャット欄を見る限りではリスナーの大半はわたしが回答者になることを望んでいたし、天猫にゃんが司会をしてくれたおかげで当初の予定よりも配信は盛り上がっていた。

 まあ、回答者に回ったせいで司会力は鍛えられなかったけどね。


「うん、天猫が色々考えて配信してるのはよくわかったよ」


 こういうタイプは配信中も次は何をすれば盛り上がるか、常に考えながら臨機応変に動いてるんだよな。

 わたしってその場のノリで動くからそういうところは見習わないと。……もちろんドッキリ仕掛けたりとかは見習わないけど。


「はい。なのでごめんなさい、振り回してしまって」

「もういいよ別に。結果的に盛り上がったからね」

「あ、ごめんなさいついでにもう一つ良いですか?」

「な、なにかな?」


 嫌な予感……。


「黒猫さんってリアクションが良い反面、アドリブが苦手ですよね。突発的な出来事に対応できずにあわあわするというか……」

「ドッキリ仕掛けられれば誰でもあわあわするよ」

「それはリアクションとして間違ってないから大丈夫です。でもその後が……、いえ今回は特に目立った何かがあったわけではないんですけど。例えば黒猫さんがあわあわしているうちに周りが助け舟を出してくれたり、逆に思い切った行動をして周りを振り回したりとか多いと思うんですよ。さっきも言ったようにそれは黒猫さんの魅力でもあるんですけど、時には臨機応変な対応力を身につけるのも大事だと思います」

「うぐっ」


 と、唐突な反省会が始まってしまった。

 こういうタイプは配信後に自己分析しながら一人反省会をすることが多いからなぁ……。


 とはいえ、その辺りの悪癖は自分でも自覚があるから何も言い返せない。

 初配信のときにポカして配信をそのまま強制終了とか、テンパったあと結や祭さんに助けられるとか、アンチに乗せられて喧嘩腰とか、この前の案件の炎上とか……。

 感情に身を任せて行動することが多い自覚はある。

 そのおかげでバズっている面も多々あるにはあるんだけど、これから先の案件であったり将来あるてまが今より大きくなるなら、そういう感情的な部分に振り回される未熟さはやっぱり克服するべきなんだろう。

 もちろん、細かいことを考えずに流れに身を任せたほうが正解のときもあるけどそれを含めての臨機応変、というやつだ。


「なのでおそらく黒猫さんがいくら配信力を鍛えたところで、その感情的な部分が矯正されない限りは同じことの繰り返しじゃないかな、と」

「ぐはっ」


 反省会じゃなくて実はこの機会にわたしのダメなところをいっぱい上げてディスりたいだけとかじゃないよな?

 わたしのことを思ってアドバイスしてくれてるんだよな?


「ま、まあ? 今日のドッキリでアドリブ力? とかいうのも鍛えられたんじゃないかな? ほら、途中で配信投げ出さなかったし?」

「配信投げ出すが選択肢に存在する時点で重症なんですよね~」

「仰る通りです……」


 黒猫燦、VTuberのスタートラインにすら立てていない説が出てきたな……。


「とりあえず! 総括すると黒猫さんの今後の課題はアドリブ力、もっと突っ込んで言ってしまうとメンタリティをコントロールできるようになりましょう!」

「めんたりてぃ~?」

「貧乳って言われてもニコニコするとか」

「ぼいんぼいんなんだが!?」

「そういうとこですよねー。まあそれ貧乳に関しては定番のネタになってるので今更ノーリアクションだと逆に心配されるだけですけど」


 打てば響くリアクションが強みと言ったり、リアクションを返せばアドリブだメンタリティが云々と言ったり、矛盾したことを言うやつだ。


「心は熱いままで頭は冷静に、ですよ」

「そんな器用なことできたら苦労しないんだよね……」

「あはは」


 乾いた笑い声だ。

 流石の天猫にゃんも疲れているのかも知れない。……お手上げです、の笑い声に聞こえた気がしたけど気づかなかったふりをしよう。


「でもさ、なんでここまで気合い入れて配信したの?」


 ぶっちゃけ、ドッキリなんて仕掛けなくても配信を終えること自体はできた。

 それが無難な形になってしまう可能性はあったけど、下手にドッキリなんて仕掛けて炎上するリスクを背負うよりはよっぽど良いだろう。

 大半が興味のない天猫にゃんへの質問でも、自分というVTuberを少しでも色んな人に知ってもらうには質問企画は絶好の機会だったと思う。

 少なくとも、黒猫燦主体の企画へと切り替わった結果、ドッキリの場面以降天猫にゃんはあまり目立たなくなっていた。

 目立ちたがり屋の天猫にゃんにしてはちょっと意外な結果だ。


「? 言ったじゃないですか」

「なにを?」

「妥協無しで、黒猫さんの目的と私の目的のために全力を尽くすって」


 それは昨日の会話、コラボが成立した直後の言葉だ。

 わたしの目的はコラボで特訓することだけど、だったら天猫にゃんの目的って……?


「そんなの決まってるじゃないですか。いつも応援してくれるリスナーさんに楽しんでもらう、それが天猫にゃんの目的です! にゃんっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る