#125 神喰崩
アンケート結果はやはりと言うべきかHackLIVEのクリームボックスが圧倒的だった。
正直わたしがリスナーでも惣菜全部盛りパンとクリームボックスなら後者に投票していてただろう。
純粋にそっちのほうが魅力的だし、何よりコラボ商品という特別感にマッチしていた。
それでもわたしたちに投票してくれているリスナーは根っからのあるてまファン、所謂今回の固定票というやつだ。
それがだいたい30%だから、いかに浮動票から20%を獲得出来るかが鍵となる。
「惣菜全部盛りパンも悪くない発想だと思うぜ? でもそれってコラボ映えが足りねェよ」
「ぐぬぬ」
反論のしようがない正論だった。
HackLIVEのクリームボックスは商品開発部の人からも好評で資料からいろいろと改良点なども積極的に出してもらっていた。
いちおう、わたしたちの商品も複数採用の可能性があるから見てもらったけど、神喰崩が指摘した通りにカロリーやコストなど様々な面から今回は見送りとなった。
……人気商品を組み合わせるという発想は良かったから是非参考にするというフォローが、どこか虚しい。
「さて、次はどっちから行く? あるてまサンが決めていいぜ?」
:ここターニングポイント
:選択肢与えるとかやさしー
:あるてまにももっと出番くれ
:後攻は出方を伺えるけどインパクトとしては先行が有利だから悩むな
:黒猫もっと喋れ
「じゃあ……、先行で」
「リョーカイ」
どっちを選ぶのが正解かなんてもう分からない。
地雷商品はさっきの惣菜全部盛りパンが最初で最後だからまだ戦えるだけの弾は残っているけど、それでも神喰崩の的確に相手の痛いところを突きながら隙のない動きは先行でも後攻でも大して差がないように思えた。
だからこそアイツはわたしたちに選ばせることによって完膚なきまでの敗北を自覚させたいのかも、しれない。
「ではお次はあるてまさんが先行で、お題はスイーツでお願いします!」
:がんばえー!
:黒猫負けるな!
:勝ち負けが全部じゃないけど負けるな
:もっと喋れ!
:黒猫地蔵です…
:リラックスリラックス
:緊張、してるのかな?(笑)
うぅ、リスナーはこんなときでも好き勝手書き込むよな。
こっちの苦労も知らないでさぁ!
「ん?」
「どうかしたの?」
ベア子が不安そうな目でわたしを見てくる。
「いや……、なんでもない」
それに何もなかったように返事をしながら、わたしは喉に小骨が引っかかったようなもやもやを感じていた。
「よし、じゃあ今回はベア子がプレゼンしよう」
「え!? 急に!?」
事前に何度も考えた結果、今回ベア子にはサポートに回ってもらうことにしていた。
やっぱり経験が浅くて人見知りであがり症の彼女に色々と任せるのは同じ体質のわたしとしても共感できる分不安が大きかったから、こっちで背負えるものは先輩として肩代わりしようとした。
でも、そうも言ってられないのがさっきの神喰崩とのやり取りでよくわかった。
何故なら黒猫燦というVTuberは、ソロ配信や仲が良い人間、好意を持ってくれる人間がいることで最大限輝くことの出来るVTuberであり、初見や自分本位だったり敵対している相手にはめっぽう弱いのだ。
それは相手を自分のペースに巻き込みながら振り回すわたしの配信スタイルが要因なのだが、今回のように緊張と不安で機能停止した後輩と自分に敵意を持ったライバルVTuberはまさに黒猫燦にとって水と油と言っても過言ではない。
だからこそ、ベア子を全面に出す。
彼女の最大の強みとは黒猫燦に対する愛であり、それは他人に左右されるものではない。
何より箱推しにとって推しを語る同志がいるというのは、それだけでコラボ適性が高いのだ。
あとはベア子の緊張をほぐす方法だけど……、
「ベア子、期待してるよ」
「任せて! バッチリ黒猫さんの良さをアピールするわ!」
チョロい。
「ふぅ、よし。わたしたちが用意してきたコラボ商品はこれよ。黒猫のプリン!」
:お、ええやん
:マトモなやつきたー
:こういうのでよぉ!
:っぱベア子なんだよなぁ
:ちゃんと完成品の写真もあるの高評価
以前打ち合わせでベア子の考えてきた黒猫のザッハトルテではなくわたし考案の黒猫のプリンをプレゼンすると決めたあと、彼女にはレシピのクオリティアップをお願いしておいた。
更にザッハトルテと同じように実際の調理工程も撮影してもらったおかげで、資料全体のクオリティがアップしている。
これならさっきみたいな無様な結果にはならないだろうと神喰崩の方に目を向けると、彼女はどこか感心するように資料に目を通していた。
「我々あるてまは何と言っても黒猫燦よ! コラボ商品なら参加してるVTuberの特色を生かした商品が一番! しかも黒猫さんの好物はチョコレート、つまりチョコプリン! これはイチオシね!」
「へェ、なかなか美味そうでいいじゃん。でも黒一色ってのもちょっと彩りが足りねェな」
「そこは生クリームと瞳をイメージしたキャラメルでカバーしてるわ。あまりチョコレートをメインにしたスイーツにゴテゴテと色を盛りすぎても逆効果だから、プリンとしての彩りならこれで充分よ」
「………」
:つよい
:流石ベア子。黒猫となると強気
:全然喋らない子だと思ったら饒舌で草
:プリンよりも黒猫のプレゼン始めてね?
:オタクちゃんさぁ…
:黒猫出番なくて草
「そもそもこの商品を考えたのは黒猫さんなんだけど、それを見たときわたしは衝撃を受けたわね。浅はかにもちょっと高級でお上品なスイーツが一番ウケるだろうってザッハトルテを考えてきたわたしに対して、黒猫さんは自分が好きなスイーツを持ってきたのよ。参加ライバーの好物、これこそコラボ商品の醍醐味だと思わない? まさに青天の霹靂、自分がいかに愚かだったか思い知らされたわ。つまり黒猫燦最強!」
:うぉおおおおおおおおおおお
:黒猫燦最強!黒猫燦最強!黒猫燦最強!
:HackLIVEぶっ壊せ!!!!
:どりゃぁあああああああああああ
:過激派黒猫リスナーの代弁者かよ
:こーれベア子いなかったら負けてました
:謎の勢いで押し潰されるわ
:黒猫燦最強!黒猫燦天才!黒猫燦神!!
:はい勝ちgg次の商品どーぞ
:ざっっっっこ
「うわぁ……」
たぶんこれ、ROM勢や黒猫アンチも便乗して書き込んでるな。
パン部門で完全に叩きのめされたことで鬱憤が溜まっていたのか、さっきまでの比ではない勢いでチャットが流れていく。
しかもその大半が応援とか好意的なものではなく、強い言葉を使ったものだった。
普段の配信ではよく目にするものだけどここはわたしのチャンネルではなくワンスリーマートのものだし、他所の企業VTuberもいるのにちょっとこれはヒートアップし過ぎだろう。
まあ、彼らも悪気があってやっているわけではなく、あくまで配信を盛り上げたいという一心でやっていることだ。アンチ以外は。
だから下手に止めるのも水を差すようでちょっと、なぁ……。
「黒猫が考えたのかこれ。惣菜パンと違ってなかなかセンスあるじゃん? でもさっきの資料が違いすぎてなァ」
「は? ちゃんと黒猫さんが考えたんですけど? たしかにわたしが調理工程の撮影したりアレンジしたけどそれでもこれは黒猫さんのアイディアよ」
「だったらそう言えばいいじゃん? 先輩を立てるのは立派だが黒猫リスナーを扇動して投票を促すのはちょーっと姑息じゃね?」
「どの口が……ッ!」
:なにこいつ
:口悪っ
:ひどい
:黒猫何も悪くなくね?急に喧嘩腰どうした(笑)
:案件でそうこと言うの、よくない
:だからHackLIVEなんか呼ぶなって…
:黒猫キレていいぞ
「ちょ、ちょっと、ストップ!」
不穏な空気になってしまったので堪らずふたりを止める。
ベア子の黒猫愛はたしかに見事な起爆剤になったけど、彼女はその行き過ぎる愛についつい暴走してしまうのが良くない。
今回で言えば普段は息を潜めている過激派黒猫リスナーを呼び寄せることとなってしまった。
言葉の応酬だけ見れば因縁を付けてきた神喰崩の方が悪いかもしれないけど、叩かれたからと言って大義名分を盾に過剰に叩き返せば、それは被害者を越えてただの加害者だ。
「ほら、これ案件だから。そういうのはやめなって」
「……そうね、売り言葉に買い言葉なんて不毛だわ」
ベア子も今日一日の出来事で怒りの導火線が短くなっているんだろう。
たぶんわたしも自分ひとりだけだったらもっと前にキレていたかもしれない。
今は守るべき後輩がいるから感情はできる限り抑えないと。
「勘違いすんなって。アタシはさっきの惣菜パンからこれが出てきたから感心してんだよ。コラボ商品で好物とかモチーフを取り入れるのって大事だからな。その点で言えばアタシらのさっきのクリームボックス、ちょっと特別感があるだけでコラボとしては無難だったよ。後でもっと良くなるように打ち合わせだな」
別に、無難なものが悪いとは思わないけどね。
コラボ商品なんて正直な話、味の変わらない物にコラボ先のパッケージ被せるだけでファンは喜んで買うんだから。
ネタになる商品よりどれだけ無難に売れる商品か。
コンビニ側が重視するのはそういうところだろうし。
「さーて、じゃあアタシらのスイーツでも紹介するか。夜廻、やるか?」
「嫌。任せる」
「はいはい」
このふたりは相変わらずだった。
「ウチが考えたのは抹茶シュークリームだ。ワンスリーマートは和菓子に力を入れてるからシュークリームを和風にすることでスイーツコーナーに置いても違和感なく溶け込めると思う。あと抹茶パウダーを使うことで見た目も──」
リスナーを巻き込むことで場を盛り上げていたパン部門とは打って変わり、淡々とプレゼンをする神喰崩。
チャット欄もさっきの騒動の後にやって来た無難な商品に熱が冷めたようで、盛り上がりに欠けている。
これは……、スイーツ部門は捨てたということだろうか。
:ちゅまです
:さっきはあるてまがネタ商品だったから投票したけどコラボってなるとHackLIVEイマイチじゃね
:やっぱりあるてまなんだよなぁ
:黒猫燦に負ける気持ちどう?
:下山してる
:抹茶好き。チョコはもっと好き
:はい次の方
「………」
リスナーアンケートはあるてまが80%以上を獲得して、採用となった。
「最後はドリンクか。どうする?」
「後でいい」
「カカッ、後悔すんなよ」
正直、ドリンクのコラボ商品というのはお題が難しすぎてどうするのが正解か迷ってしまった。
これが去年あたりならタピオカとかにすれば無難だったんだろうけど、もう流行りも廃れてきている今にタピオカを出したところで発売する頃には完全に忘れ去られているに違い。
だから相手の出方を伺ってから自分たちのアピールを変えたくて後攻を取ったんだけど……、これがどう出るやら。
「アタシはこう見えてイチゴが好物なんだよ。だからイチゴを使ったコラボ商品作りたいなーって思ってたんだが、そこで考えたのがこれだ。いちご大福ドリンク」
:いちご大福?
:なにそれ
:ネタ?
:インパクトはある
「容器の底には小さい餅、砕いたイチゴの果肉、つぶあんが入っててドリンク部分にはいちごミルクを採用してる。飲む〇〇が最近流行ってるし、こういうのもアリかなって思ったんだが、どうだ?」
:餅って喉に詰まらない?
:いちごミルクにあんこ入ってるかんじね
:想像できない
:黒猫にもっとアピールタイムくれ
:うーん
:おもろいやん
………………。
「な、想像できないだろ? 物珍しいだろ? だからこそコラボ商品として出すのよくねェか?」
:そんなに物珍しい?こういうのどっかのサイトで似た商品見たことあるよ
:タピオカも喉詰まらないし餅で喉詰まらないでしょ
:これからイチゴの季節だから季節需要でもアリ
:でも黒猫のほうがすごいんだよな
:カマセ乙です
「あるてまからは? なんかあるか?」
「つぶあん入ってるのはクドくない? 飲みづらいし甘ったるそうだけど」
「いちごミルクは甘さを控えてさっぱりさせる。お汁粉とか飲んだことないか、もしかして」
:煽りよる
:いちいち煽らないと気が済まないの?
:甘すぎないのはいいね
:黒猫さん言い返せ
「……、餅って硬そう」
「その辺は商品段階で要調整だな。なんならとろとろのわらび餅とかにしても良いと思うぜ」
:レスバよっわw
:黒猫ってこういう理屈的な言葉の応酬下手だよな
:もっと優しくして
:虐めるな
:猫虐助かる
:かわいそう
:崩てゃは口悪いけどこういう徹底したところすこすこ
:神喰崩好きとかやっば
……………………。
「オイオイ、アタシは質問に返事してるだけなんだから別にイジメてないって。むしろこういうのってされる側のアタシらが不利だろ?」
:それはそう
:素人質問が本当に素人だったパターンね
:黒猫いつものやったげて
:Vtuberさんの配信ってちょっと空気悪いですね
:黒猫さんの気持ち考えて
:HackLIVEだから仕方ない。それだけ前科がある
:叩かれるやつは叩かれることするから悪い
:換気しますねブォーーーーーーーン
「まだアピールし足りねェがあんま時間喰ってもよくねェからな。そろそろ変わるか」
「………」
:888888
:もっと見たかった
:日和ってんの?(笑)
:ちゃんとタイムスケジュール気にするHackLIVEに20点
:黒猫が勝つに決まってるだろ。あるてまのほうがリスナー多いんだし
:どうせ過激な発言と突拍子もない行動でウケてるVtuberだから制限のある企業案件なんてこの程度よ
:てかドリンクってむずくね
「まァ、せいぜいあるてまはトリとして頑張ってくれよ。最後に勝つのはアタシらだけどな!」
「………さい」
「あん?」
「黒猫さん?」
わたしはずっと感じていたもやもやの──不愉快な感情をようやく理解した。
「うるさい! うるさいうるさい、あーうるさい!」
「お、オイオイ、なんだよ急に。ちょっと質問に返されたからってそこまでキレなくても、」
「違う! お前じゃなくて、わたしがキレてるのは! リスナー!! マジでうるさい!!!」
「は?」
:は?
:なに?
:急にキレんなよ
:はいはい
:どしたんー話聞こかー
困惑する神喰崩、神々廻ベアトリクス、司会の人に開発担当の人、リスナーに、そして額に手を当ててため息をついている九条さんを尻目に。
わたしは企業案件だからとか、先輩だからとか、リスナーのためとか、そういう自分を抑えつけていた全部を放り投げて、叫んだ。
「黙って聞いてればゴチャゴチャゴチャゴチャと好き勝手言ってさ! 企業案件とか他所のVTuberいるとか、そういうこと以前に! お前らなんでそんなに上から目線なわけ!? 黒猫がーあるてまがーこれだからHackLIVEはー。は? 誰が擁護しろって言った? 誰が勝手に私の気持ち代弁しろって言った? お前ら何様!?」
止まらなかった。
次から次へと溢れ出してくる言葉の濁流は、敵とか味方とか、善とか悪とか、そういうこと関係なく。
言いたいことだけが、口から出続けた。
「盛り上げるために煽るのは別にいいよ。個人で好き嫌いがあるのは別にいいよ。それがリスナーの権利だから自由にすればいい。でもさ、よく知りもしないくせに黒猫燦はこう。神喰崩はこう。あるてまはこう。HackLIVEはこう。勝手にレッテル貼って事実みたいに扱うなよ! お前らの好き嫌いに、対立煽りに私たちを叩き棒にするな!」
悔しいけど配信者として神喰崩は黒猫燦よりも数段上の実力者だ。
彼女は口の悪さや炎上に目が行きがちだけど、今回の配信だって未熟なわたしたちに比べて問題行動を取らずに全ての面で平均点以上をしっかり叩き出している。
それは一見無難と呼ばれるものかもしれないが、VTuber文化がまだ日の浅いこの時代に於いて一般企業からすれば一芸に特化したVTuberよりも無難なVTuberの方が使い易いに決まっている。
だからこの勝負、わたしたちあるてまは完敗だ。
なのにリスナーはあるてまのほうが登録者数が多くて、黒猫燦のほうが人気だからという理由だけで、ずっとチャット欄でHackLIVEと神喰崩を叩き続けている。
彼らに悪意がないのは充分理解しているし、わたしが好きだから出来る行動なのだと思う。
でも、そうじゃないだろ。
お前ら、神喰崩の何を見てるんだ?
黒猫燦と、神々廻ベアトリクスの何を見てるんだ?
「今回の案件、私は完全に自分の持ち味とか出せずに終始神喰崩のペースに呑まれてた。ベア子も初の大型案件でなかなか思うように動けずにようやく見せ場が来たと思ったら暴走してしまった。それぐらい私たちは未熟で、頼りない存在なんだよ。配信者としてなら誰がどう見ても神喰崩のほうが上だった。なのによく知りもしないくせにHackLIVEだから、炎上系だから、私に当たりが強いからっていう先入観だけで叩き続けてさ、ホントーにしょーもないよ。配信見てるくせにどこ見てんの?」
:怒らないで
:ごめんって
:うん
:悪かった
:でもそいつは問題行動が
:インガオホー
「この配信で、いつ、神喰崩が、何をした?」
たしかに、彼女の立ち回りは自分たちが目立つためのもので、逆にわたしたちの活躍はことごとく潰されてしまった。
でもそれは共演者が仲良しこよしのVTuberではなく、商売敵であるライバルなんだから当然の行動だ。
誰だって自分が一番でありたいと思うしそうなるように努力をする。
不正を働いたわけでもなく妨害をしたわけでもなく、この配信においては少なくとも神喰崩は正々堂々と真っ当に臨んでいた。
わたしたちの評判を下げるためではなく、実力で黙らせるために努力をしている。
それでもネットに転がっている評判だけを鵜呑みにして、リスナーという存在は彼女とHackLIVEを叩き続けるのだ。
そこに真偽は必要なく、自分が好きなもののために、自分に都合が良い情報だけ見て、その精査をすることもなく、時にはやってもいないことを捏造して、善意で、わたしのために叩く。
その向こう側に生きた人間がいると、漠然とした認識だけで、まるで物言わぬ二次元のキャラクターに言うように、心無い言葉を平気で投げる。
それが、インターネットにありふれた日常の光景。
わたしたちVTuberは、活動者は、常に悪意なき悪意に晒され続けている。
「実はこの配信前に神喰崩とは色々喋ったよ。第一印象は理不尽で口が悪くて絶対に仲良くできないどうしようもない奴だって思った」
「オイ」
「でもさ、コイツとその周囲はずっとネットの勝手な評判に踊らされているだけなんだよ。そりゃあHackLIVEには擁護のしようもないロクでもないやつはいるけどさ、全部身から出た錆だけどさ、自業自得で同情もできないけどさ。全部一括りにしてリスナーが正義面して叩くの、やめなよ。ちゃんと、今配信してる、VTuberの神喰崩を見てよ」
きっと、こんなことを言ったところで神喰崩を叩くやつはいなくならないと思う。
むしろ企業案件という場で好き勝手言ったわたしを叩いて、最後には属しているあるてまを叩く人間が出てくると思う。
それは企業所属という立場上、仕方のないことだ。
一纏めにせずに別けて考えてほしいなら企業所属なんて辞めて個人で活動しろ、という結論に至るのが普通だから。
でも、それでも。
誰かが問題を起こしたから。
ネットでこう言われているから。
みんなが叩いているから。
そんな周囲の空気に流されて叩くのだけは、やめてほしかった。
:ごめんなさい
:嫌いだからって叩く必要はなかった
:先入観で語ってごめん
:黒猫さんの活躍が見たくて魔が差したごめんなさい
「お前……」
「あ、や、別に、だからってわたしは神喰崩のこと別に好きじゃないしむしろ嫌いだから!」
なのになんでコイツを庇うようなことをしてしまったかと言えば、まあ神喰崩と出会ったときに言われた言葉に、わたし自身が共感してしまったからだろう。
黒猫燦が、あるてまが気に入らない神喰崩が本当に気に入らないのは、安全圏から好き勝手言い続けるリスナーなんだ。
今回の件はその苛立ちの矛先が、リスナー本人ではなく彼らがよく口にするわたしたちに向いただけに過ぎない。
その点に関しては別に同情するものではないし、言ってみれば八つ当たりや逆ギレに近い感情だからこちらからすればいい迷惑だった。
でも、人の感情なんてそれが良くないことと分かっていてもそう簡単に理性的にはなれないし、むしろ理不尽な方向に流されるぐらい脆いのが当たり前なんだ。
ある意味、苛立ちや嫉妬に身を任せる彼女のあり方は、どこまでも人間らしくわたしには映った。
だから我慢できずに、わたしは声を張り上げてしまった。
「さて、じゃあ次はわたしたちの番だから気合入れていこっか。なんか我慢するのも馬鹿らしくなったし、こっからは遠慮なくいくよ!」
「この空気で進行するなんて……、さすが黒猫さん!」
「だから全肯定やめろ!? そういうのがよくないんだって!?」
結局、わたしたちが考えてきた飲むチョコレートミルクは無難オブ無難ということでアンケートで呆気なく不採用となってしまった。
これは完全に黒猫燦と神々廻ベアトリクスというVTuberの実力不足が招いた結果だ。
わたしは自分の弱さを痛感させられた。
そして配信終了後、ワンスリーマートのおえらいさんに呼び出されたわたしたちは全員揃って怒られることになった。
怒るぐらいならちゃんとスタッフが配信を一旦ミュートにして裏画面にしろよ……、思ったけどやらかした人間が言うと流石にシャレにならないので自重。
たしかに企業案件でやるべきではなかったと思うけど、だからといってあのタイミング以外お気持ちするチャンスはなかったし、その点に関しては後悔はない。
ただすごい反省はしたし、次何かあればスタッフに止めてもらおうと心に誓った。
あとは九条さんにも酷く怒られて、たとえ社長が許しても謹慎は免れないこと、そして数カ月間は企業案件の禁止、更にコンプライアンス研修を暗唱が出来るまでやることを義務付けられた。
正直、来年の契約更新で打ち切られて引退かも……、とちょっとだけ思っていたのでむしろ温情だろう。
次こそは九条さんだけは裏切らないようにしようと心に誓った。
そして──、
「奴隷になった気分はどうだ?」
スタッフが撤収作業をしている中、スタジオの入り口でわたしと神喰崩は向かい合っていた。
「はぁ……。せめて奴隷って言い方やめない?」
「じゃあパシリで」
勝負は勝負。
一勝二敗という結果に終わったので、わたしは神喰崩の奴隷もといパシリにジョブチェンジだ。
「やっぱこれ反故にしていい?」
「逃げんの?」
「は? 逃げないけど? 逃げてないけど? なに、焼きそばパンでも買って来ればいい?」
カレー焼きそばコロッケパン探してくるぞ?
「いらねェよ、そんな好きじゃねェし。それより」
「?」
「良かったのか?」
どこか歯切れが悪そうに言う神喰崩。
いったい何の話だろうか。
「今回の件。別に終わった今ならマネージャーに言ってもアタシに止めようはないぞ」
「あぁ……」
わたしたちが神喰崩の件をマネージャーに報告しなかったのは個人的なプライドと、そして配信前にコイツが何をするか分からなかったからだ。
でも勝負がついて配信が終わった今なら別に何をされても問題がないし、むしろ関係者に言うのが正しいんだろう。
まあ、
「ウチのマネージャー気づいてたし」
「あ?」
「打ち合わせのとき。挨拶もせずに会釈した時点で面識があったって気づいてたみたい。それでまたトラブルの予感がしたって」
いくらわたしとアリアが人見知りだったとしても、流石に共演者相手なら最初に挨拶をする。
なのに会釈だけで済ませてその後も会話がなかったから、これは何かあると察していたらしい。
「なんだそれ。だったら止めりゃいいのに」
「九条さんはわたしが言わない限り無理に問い詰めてこない人だからね」
言わないということは言えない理由がある。
その辺の事情を尊重してわたしがやりたいようにやらせてくれるのが九条さんだ。
まあ、普段は敏腕マネージャーなのに企業所属として良くない行動を許すのは見方によってはマネージャー失格と言われるのかもしれないけど、それでもわたしや箱庭にわ先輩にとってありがたい存在だった。
「そうか……。じゃあアタシはこの後全部マネージャーに報告して、引退するわ」
「は?」
なんでもないように言う神喰崩の言葉に、わたしはそれが一瞬どういう意味か理解できなかった。
「別に元々引退するつもりなんてなかったんだけどな、お前が色々言ったからもう良いかなって気になった」
「なん、どういう」
「アタシの目的はあるてまを完膚なきまでに配信で叩きのめして、世間でちやほやされてるVTuberが本当にすごいわけじゃねェぞって安全圏でふんぞり返ってるリスナーに知らしめることだ。それをお前がさ、全部言っちまうからもう勝負する意味がなくなったわけよ、こっちは。はァ……、なんで喧嘩売った相手に勝ったのに負けた気分なんだろうな?」
「………」
「だから奴隷も解消だ。引退するまでって契約だからな」
「それは、」
別に、あれは口約束だけで明確な取り決めがあったわけではない。
引退に関してもどっちがとは言っていなかったから理屈は通る。
でも、だからって、
「お前は一生アタシを恨んでいい。今回の件はまた長い炎上になるだろうし、お前の活動にも響いてくると思う。だからお前はアタシを恨め。アタシがそうしたように、その権利がお前にはある」
勝手なやつだった。
嵐のように現れて、好き勝手言って、急にいなくなる。
どこまでも理不尽なやつだった。
「……なんで普通に配信したの?」
神喰崩というVTuberは暴言と煽りが多く、敵を作るパフォーマンスをする。
にも関わらず今回の配信中はそういう行動が少なく、むしろ配信で爆発したのはわたしだけという形になっている。
その気になればもっとリスナーを扇動して、アリアが作った空気に流されずに自分にとって有利な空気作りをできたはずだ。
「なんでって……、VTuberとして配信で勝負すんのに、炎上したら元も子もないだろ? それに案件で大人しくするぐらい、アタシも分別があるさ」
「……なるほど」
たしかに、コイツは終始口が悪いだけだった。
たとえば情報漏洩という明確にアウトな行動をしたのは神喰崩の同期であり、彼女は何もしていない。
殴り掛かられたわけでも盗撮をされたわけでもネットで悪評を流されたわけでもない。
ただ出会い頭に突拍子もないことを言い放って、その後も終始口撃を繰り返しただけ。
それが許される行為であるわけではないけど、彼女にも彼女なりのラインを引いた上でここにいるんだ。
少なくとも、わたしがこの目で見た神喰崩というVTuberは、ネットリンチにあって良いようなVTuberではなかった。
「引退したらどうすんの? また転生する?」
「さァ? まだ考えてない。別に今もポンポン転生したくて転生したわけじゃねェし。VTuberも自分を見せたい手段って考えだったからなァ」
「でもリスナーとかわたしたちに苛立ってたってことは、少なくとも今は愛着があるんじゃない?」
「……かもな」
わたしたち【あるてま】は常に嫉妬される立場にある。
それは最初の企業グループであり今もトップであり、他のVTuberが出来ないこともあるてまなら出来るからだ。
神喰崩のように、自分が先に活動していたのに資本力があるだけで後から抜かされて良い気がしないVTuberなんて、たくさんいるだろう。
そんなものはただの甘えで、本当に伸びるVTuberなら企業の力なんて関係なく、自分でチャンスをものにするはず、出来ないのは単に努力が足りないだけだ。
リスナーに聞かせればそう言われるかもしれない。
でも、彼女が抱く嫉妬心は活動者なら当然の感情であり、それは努力や実力ではどうしても覆せない理不尽なもので、それでもここまでやって来れたのはひとえにVTuberに思い入れがあるから。
だからあるてまに嫉妬していた神喰崩なら、きっとまだVTuberを続けられる。
「でもしばらくは大人しくしとくよ。もしかしたら裏方とかやってるかもな」
「そっか。まあ、もう二度と関わることないと思うけど、いちおう応援しとく」
「おう」
長々と語りあってしまったけど、そろそろスタッフさんも完全に撤収する頃だから帰らないといけない。
「じゃあな」
神喰崩が背を向ける。
これから彼女はマネージャーに引退を告げて、やがて時期を見て引退するのだろう。
それが今回の案件が完全に終わった頃なのか、それとも途中降板になるのかは分からない。
でも、
「神喰崩! 次炎上したら、『口悪いだけで炎上してて草』って掲示板に書いてやる!」
いつかどこかで、神喰崩という名前だったVTuberが、炎上する予感はあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます