#119 これにしましょう
「それで、アリアは何にするか決めた?」
今日はわたしの方から
というのも、未だにわたしたちはお互いが新商品のアイディアをどんなものにするか確認していない。
企画書には配信を盛り上げるために
この辺ちょっと
ともあれ、こういうものは前々からしっかりと話し合うことが企画の成功に繋がると散々学んできたので、先輩として後輩を呼び出したわけだ。
ちなみに、別にアイディアの確認と話し合いだけならDiscordでも出来るんだけど、実際に対面したほうが少しでも仲良く慣れるかなぁ、って意図があったり。
わたしの問いかけにアリアはどこか恥ずかしそうにしながらも自信に満ちた表情で、
「任せて、ばっちり用意してきたわ」
「おー、やるじゃん」
普段の行動と言動のせいでわたしの中の評価は残念寄りな彼女だけど、ちゃんとわたしが絡まないところでは真面目で良い子だから期待だ。
いちおう、わたしもいくつかアイディアは持ってきたけどあんまり自信がないから、もしかしたらアリアの案を全部採用する可能性もあるな。
……絵心といい自分のセンスが壊滅的なのはVTuber活動を一年以上続けてきて嫌というほど理解したし。
「んじゃ、おさらいしとこっか」
お互いに家から持ってきたコピー用紙を机の上に広げる。
アイディアは配信画面に映すことを考えてパソコンで作るように言われていた。
「今度の案件はHackLIVEと合同でやるコンビニの新商品開発企画ね。配信ではお互いのチームでパン、スイーツ、ドリンクの商品案を持ち寄って評価の良かったものが採用、後日発売されるって感じ」
「評価って言うけど具体的にどうやって決めるのかしら?」
「配信のアンケート機能を使ってどっちの商品が食べたいかをリスナーに決めてもらって、その後に開発担当の人がOKって言えば採用らしいよ。開発担当の人が見る箇所はちゃんと販売できるものか、コスト的に問題ないかっていう企業側の簡単なチェックで、よっぽど変なものじゃない限りはアンケートの時点で決定するみたい」
「たしかに。いくらコラボ商品って言っても高級食材を使ったりゲテモノを採用なんて出来ないものね」
だからこそ、リスナーが買いたいと思って企業側も問題ないと思える、ちょうどよい商品を考えなきゃいけない。
「くーやんは新商品、レシピまで考えたの?」
「いや、わたしはイラストと使いたい材料並べただけだよ」
アイディアを出すと言ってもわたしたちは素人だ。
もしかしたらアリアやHackLIVEの人は料理が出来るかもしれないけど、それだって
コンビニ商品として売り出す技術はおろか知識だって持ち合わせていないだろう。
でもその点は心配無用。
ちゃんと開発担当の人が後日詳細なレシピを考えてくれるから、わたしたちはコンセプトや使いたい材料、簡単なイラストさえ提出すれば問題ないと言われている。
……イラストはアスカちゃんの指導を受けながら、プレゼン資料は湊に教えてもらいながら作ったし問題ないはずだ、たぶん。
「さて、じゃあお互いに見せ合おっか」
「ええ」
そう言って裏返しにしていたコピー用紙を一緒にオープンする。
うぅ、なんかこういうのって教室の前に立たされて作った英文とか川柳を読まされるような恥ずかしさが……。
いやいや、わたしは先輩なんだからちゃんと堂々としなくちゃ。
気持ちを入れ替えてアリアが作ってきた商品案に目を通す。
「ん、黒猫のケーキ?」
「ザッハトルテよ」
「これ、写真じゃん。もしかして作ったの?」
「ええ。別に、これぐらいなら簡単に作れるし?」
てっきりイラストが出てくるかと思ったら、プリントされていたのは写真だった。
しかも綺麗に撮影されていて、なんか料理上手な人のブログとかに出てきそうな映え具合だ。
一般的なザッハトルテのつるりとしたチョコレートのコーティング、その表面には黒と白のチョコプレートが並んでいる。これは鼻、目、耳、しっぽだな。
ぱっと見で猫と分かる完成度だ。
本人は簡単に作れるとか言っているけど、普通に売り物としてお店に並んでいても違和感がない。
「すご……。え、アリアってこういうの苦手な不器用キャラだと思ってたんだけど。お菓子作りとか得意なの?」
「ま、まあ人並み程度よ。人並み」
「いやいや、どう見ても人並みじゃないって。普通にプロじゃん」
あるてまには
わたしが何度も「すごいすごい」と褒めていると、アリアは次第に顔を真っ赤に染めながら、
「す、ストップ。もう大丈夫、伝わってるから。それ以上は心が持たないわ。わたしを殺す気?」
「え、あ、ごめん」
そうだよな、仮にも推しに褒められたら嬉しすぎて悶そうになるよな、分かるよ。
わたしも配慮が足りなかった、もうちょっと適切な距離感を保ちながら接してあげよう。
「えーっと、そう、なんで黒猫のケーキなの? もしかして黒猫燦意識?」
空気をリセットするために話題を変える。
ちょっと自意識過剰かな?
「そ、それは、そう、だけど……」
「あ、そう……」
「………」
「………」
なんか言えよ! なんでちょっと甘酸っぱい空気になってるんだよ!
こうも恥ずかしがられるとこっちまで恥ずかしい気持ちが伝染してなんとも言えなくなってしまう。
さすがにこのままじゃまずいと思ったのかアリアは慌てた様子で、
「やっぱりコラボ商品ってモチーフみたいなのが大事かと思って。ほら、黒猫燦と神々廻ベアトリクスなら黒猫商品が一番しっくり来るじゃない? だから」
「うん、良いと思う。ファンってこういうの好きだしね」
「そう! そうなのよ! わたしも黒猫燦がコンビニで新商品を出すならこういうものが良いと思って作ったのよ! 流石くーやん、わかってるわね」
……アスカちゃんや祭さんとコラボするときのわたしって、こういうテンションでひとり盛り上がってたのかなぁ。
ともあれ、スイーツ部門はこれを提出でいいだろう。
それどころかこの調子ならパンとドリンクも期待ができそうだ。
しかしアリアは先程までの盛り上がりも落ち着きを取り戻し、わたしの顔をじっと見つめている。
な、なんだろう、そう無言で見つめられると悪いことしたかなって不安になるんだけど。
「あなたのアイディアをまだ見てないわ」
「え、いや、別にわたしのはいいでしょ。ほら、アリアのやつめっちゃ良いし」
「嫌よ。わたしは黒猫燦と一緒に企画に参加してるんだから。わたし一人のアイディアを提出しても意味ないでしょ」
「………」
でもなぁ、プロ顔負けの写真つきのアイディアを持ってこられたらこっちの肩身が狭いというか。
「はぁ、見ても笑わないでね」
アリアの真摯な瞳に根負けして気づかれないように手元に寄せていたコピー用紙を渡す。
うぅ、嫌だなぁ。
「これは……、プリンよね」
「うん、チョコプリン。ほら、わたしってチョコ好きだしプリンも好きだから」
せっかくアリアが黒猫燦イメージで作ってきてくれたというのに、当のわたしは自分が好きなものを組み合わせただけだ。
なんか悲しくなってくるな。
「……これにしましょう」
「は!? いや、ザッハトルテの方が良いでしょ絶対。それに黒猫イメージのほうがファン的にもいいし」
「そこは生クリームとチョコチップとかで代用できると思うわ。アイディアとコンセプトさえ伝えればあとは担当の人が微調整してくれるだろうし」
「いや、でも、せっかく頑張ったのにさ」
「別に、簡単だったって言ったじゃない。それよりも、わたしは見た目が良いとかウケが良さそうな商品より、作った人の好きな食べ物が良いと思ったの」
そう言ってアリアは自分のコピー用紙を真っ二つに破り捨てた。
データはあると言ってももったいないものはもったいない。
「推しが好きな食べ物で推しがモチーフ、それって最高で最強だと思わない? きっとわたしたちのファンも黒猫燦のプリンを選ぶわ。というかわたしが選ぶ」
「そう、かもしれないけどさぁ」
推しが使っているものは自分も使いたい心理と同じだ。
推しが好物だと言っているなら自分もそれを食べたくなるというのは理解できる。
それでもアリアが作ったザッハトルテに比べると……、こういうときこそ自信を持つっていうやつなのかな。
「大丈夫ですよ。当日までにわたしも改善点とか考えますし、HackLIVEなんかに負けませんって」
リスナーアンケートでHackLIVEに負けたくない、それはそうだ。
でも、それ以上に後輩の晴れの舞台に、せっかくなら彼女が考えたものを採用してあげたいというのが、わたしなりの先輩心だった。
「ほら、他にもあるんだから気にしないで。パンとかどうですか? チョコレートをたくさん使ったやつなんですけど」
「うっ、わたし主食になりそうな惣菜パンにした……」
「じゃあそれでいきましょう」
「全肯定やめろ!?」
今度は確認すらせずに言ったぞ。
「違うのよ! よく考えるとスイーツとドリンクで甘いのにパンまで甘いとバランスが悪いなって気づいて」
「た、たしかに」
先輩の教え、相手を受け入れて自分が歯車を合わせてあげるの出番だろうか。
でもカレー味の焼きそばとコロッケを挟んだパンだぞこれ。
「さて、次のドリンクは──」
それからも、わたしたちはどこか空回りしながら話し合いを続けた。
うぅ、せっかく先輩たちからアドバイスを貰っても、そう簡単に活かせるとは限らないよな……。
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