#64 チョココロネ

「んぁっ!?」


 強烈な衝撃が脳天からつま先まで走り抜けて頭上に星が飛んだ。

 あまりにも突然の出来事に理解が追いつかず、白黒に点滅する視界の中取り敢えず闇雲に辺りを見渡そうとした。

 そこで気づく。

 自分が今まで寝ていたことに、そして視界がいつもより数段低いことに。


「………最悪の目覚めだ」


 とどのつまり落下したわけである、わたしは。

 まさかまさかの誕生日の目覚めは寝慣れたベッドからの落下だ。もしかしてこれはこの先一年、人生は落ち続けるという暗示なんだろうか。

 ベッドから落ちることなんて今までの人生で片手で数えられるぐらいしかなかったのに、なんでよりにもよってその一回を誕生日に消化してしまうかなぁ。


 背中に薄ら寒いものを感じながら、わたしは痛む背中を労りながらのっそりと起き上がった。

 今日はクリスマスイブだけど月曜日だから普通に学校がある。

 誕生日は無条件で学校や労働から開放されるとか日本国憲法で定められててもいいのになぁ、と思うのはわたしだけだろうか。なんで自分が生まれた日にまで外出しなきゃいけないんだろうか……。


 まあ、いい。

 ケーキを受け取りに行かなきゃいけないんだから、どっちにしろ外出しなきゃいけないことには代わりはない。そのついでに学校へ行く、というだけだ。

 何よりあそこのケーキはクリスマスでも売りがスムーズで快適、そして味も最高だからたった今起きた直後だというのに想像だけでお腹がきゅぅ……と小さく鳴いた。


「パン食べよパン」


 買い置きのパンがまだいくつか残っていたはずだ。

 普段は賞味期限が近いものから食べているけど、誕生日なんだから今日ぐらい自分が食べたいものを優先して食べても許されると思う。気分はチョコだし、確かチョココロネがあったからそれを食べよう。

 あ、その前にスマホの通知を確認しなきゃ……、


「はちじ、はん?」


 えーっと、落ち着け。

 これはまだ夢の可能性がある。

 そう、わたしはまだクリスマスイブの夢を見ていて、つまりここは夢の中なんだ。夢の中だから誕生日の当日にベッドから落下なんて漫画みたいなベタなギャグシーンに遭遇するし、ケーキの想像だけでお腹が鳴ったりしたんだ。だって現実ならそう簡単にホイホイとうまくいくわけが、


「あばばば、遅刻だ遅刻だ」


 現実逃避終了。

 何を隠そう我が校ではホームルームが8時30分から開始である。

 そして現在時刻は8時30分。

 これが何を意味するかもうお分かりだろう。というか思いっきり口に出てるから分かるも何もないわ。

 クリスマスイブに遅刻する学生って、もうそれだけで教師にみんなの前でイジる格好のネタを与えたようなものだ。絶対そーっと後ろの扉から入っても目ざとく見つけてきて、「クリスマスに浮かれた学生がようやく来たようだなー。夜遊びでもしてたか? ん?」とか言ってくるんだ。そんな場面見たことないけどそうに違いない!


「うわー、今日はもうサボろっかな」


 恥をかくぐらいならそれも一つの手かもしれない、と思い始めている自分がいる。というかクリスマスシーズンなんだから真面目に学校に通っている学生の方が少なかったりしない? 遅れて登校したらクラスの半分ぐらい席が空いてたりとか。流石にしないか……。


 あぁ、もう諦めて覚悟決めて学校に行くしかないか。真面目な学生にはもとよりそれ以外の選択肢はない。

 と、言っても普通の学生なら一刻も早く着けるように走ったりとかするのかもしれないけど、生憎とわたしは数メートル走るだけで息切れする美少女だ。

 学校まで走っていこうとしたらぶっ倒れて酸欠と疲労でそのまま死ぬのは確実。

 だからここは敢えてゆっくり歩いて行かせてもらう……!

 まあ、小心者のわたしは無駄に時間を使って登校する、ということが出来ないからあくまで急いで支度をして歩いて学校へ向かうのだが。


 ぐっばいわたしのチョココロネ……。

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