クールすぎる義妹が俺とふたり暮らしを始めたとたん一線越えようとしてきます
藤井論理
第1話 いきなりの告白 ― 奏太郎サイド
「た、ただいま」
大学から帰宅した俺は、
彼女はリビングのソファに身を沈ませて、長い脚をからませるように組んでいる。
切れ長な目、通った鼻筋、意志の強そうなくちびる。十六歳の高校生とは思えない凛として大人びた顔立ちだ。
風璃。風のように涼やかで、璃――宝石のように美しい彼女にぴったりの名前だと改めて思う。
風璃は顔をあげて言った。
「おかえり、奏くん」
抑揚のない声。無表情で、穴が空くほどにらみつけてくる。
「今日の夕食はカレーだから。レトルトだけど……」
「そう」
短く返事をして、ぷいっと顔をそむける風璃。
――や、やっぱり好かれてはいないよなあ……。
俺は夕食の入ったレジ袋をテーブルに置いた。
いまから二年前のこと。俺が高校三年生、風璃が中学二年生のとき、彼女は俺の妹になった。天涯孤独となった彼女を、俺の両親が養子に迎えたのだ。
以前から妹が欲しいと思っていた俺の生活は、その日から風璃中心になった。
学校と勉強以外の時間はすべて風璃のために割いた。
小遣いのほとんどは風璃へのプレゼントや外食のために消えた。
寝ても覚めても、頭のなかは風璃のことばかり。
そこまで妹に入れこむのはおかしいと、友人にたしなめられることもあった。
俺はおかしいとは思わない。多くの時間を割き、金をかけ、常にそのことばかりを考える。それはスポーツや音楽、芸術、読書を趣味に持つ人間だって同じことだろう。
そう、一言で言えば、これは『妹』という趣味だ。無趣味だった俺に、妹という趣味ができたのだ。
ただし、趣味に傾倒したからといって必ずしもスキルが高いわけではない。カラオケが趣味の人間でも音痴はいる。
それと同じだ。妹が趣味だからといって、妹に好かれているわけではない。
風璃は俺のこと『兄さん』ではなく
実家に住んでいたころからこうだったが、進学を機に俺の住むアパートに引っ越してきてからというもの、その塩対応ぶりにますます拍車がかかっている。
――警戒されてんのかなあ……。
俺は小さくため息をついた。
恋をした経験はないが、片思いの切なさはおそらくこういう感情なのではないかと思う。
――いや、くじけるな!
俺は頬をはさむように叩いた。
風璃に家族と認められるまで――名前ではなく『兄さん』と呼ばれるまで、あきらめはしない。
だって俺の趣味は妹だから。
「いま夕飯を用意するから」
スーパーで買ってきたレトルトのカレーを皿に移し、レンジに入れてスイッチオン。ご飯は今朝、炊飯器のタイマーをセットしておいたから、すでに炊きあがっているはずだ。
俺は炊飯器の蓋を開けた。
「ぅぁ……!」
俺は早くも絶望の声をあげることとなった。
炊けていなかった。黒い釜の底に、水に浸った固い米が沈んでいるだけだった。タイマーの時刻だけセットして、予約ボタンを押し忘れていたらしい。
「どうしたの?」
俺のかたわらにやってきた風璃は、炊飯器のなかを見て、
「ああ」
とだけ声をあげた。でもその「ああ」には状況を理解したという意味だけでなく、間抜けな俺への呆れも含まれているような気がした。
俺は拝むみたいに手を合わせた。
「すまんすまんすまんすまん!」
「べつに」
「レトルトのご飯、買ってくるから!」
「パンでいい」
「パンは今朝ので最後……」
「パスタ、あったよね」
風璃は鍋に水を張り、湯を沸かしはじめた。
そのときレンジのなかで、ボン! と爆発音がした。慌ててドアを開けると、皿にかけたラップの内側に砕け散ったじゃがいもが張りついていた。
俺は脱力し、しゃがみこんだ。
――情けねえ……。
俺は妹にカレーライスひとつ満足に用意できないのか。
視線を感じてちらっと振りかえると、風璃がぎろりと俺をにらんでいた。
泣きそうになる。しかしこれ以上、情けないところを見せるわけにはいかない。
踏んばるように脚に力を入れてなんとか立ちあがり、ラップをはがして俺は言った。
「具材が細かいほうが麺にからんでおいしいかもな」
「……」
「怪我の功名ってやつだな」
「……」
「本当にすいませんでした」
俺は視線の圧力に負けて頭を下げた。
「だから、べつに気にしてないって言ってるでしょ」
風璃はパスタの踊る鍋に視線をもどし、吐き捨てるように言った。
「それより、もうゆであがるからお皿ちょうだい」
「はい」
俺はいい返事をして、皿をキッチンに運んだ。
カレーパスタはまあまあおいしかった。ただ、やはりカレーにはライスのほうが合うと再確認することにもなったが。
――はあ……。
俺は食器を洗いながら、心のなかでため息をついた。
今日こそはいいところを見せようと思っていたのに、ますます株を下げてしまった。
「風璃。そろそろお風呂にお湯が溜まったはずだから、ちょっと見てきてくれるか?」
「ん」
風璃は風呂場の様子を見にいった。
水切りかごに皿を立てかけ、タオルで手を拭き、やれやれとソファに腰かけようとしたそのとき、リビングに風璃がもどってきて言った。
「お湯、溜まってなかったけど」
「え!?」
俺はソファに尻をついて、そのままバウンドして立ちあがった。
「栓が少しずれてた」
ばたばたと風呂場に行こうとした俺を風璃は手で制した。
「もう直したから」
「ほんとごめん……」
俺は自分の足元に目を落とし、謝罪した。彼女の鋭い視線を正面から受けとめるメンタルはもう残っていなかった。
風璃が無言で俺をにらんでいる。もう呆れてかける言葉もないのだろう。
「こ、これから気をつける。うっかり忘れないようにやるべきことをリストにして、毎朝指さし確認を――」
「べつにそこまでしなくても」
「でも、呆れただろ、俺のこと……」
「全然」
俺は顔をあげた。すると今度は風璃が視線を逸らした。
「奏くんのうちに押しかけてきたのはわたしだし。失敗は誰にでもあるし」
「風璃……」
「わたしのために頑張ってくれる奏くんが、昔から――」
俺を真正面から見すえた。
「昔から――」
頬を染め、搾りだすように言う。
「好き」
「……え?」
「好きなの」
大きな瞳が泣いているみたいに潤む。
「風璃が、俺のことを……?」
――好き……?
彼女は恥ずかしそうに小さく頷く。
「う、嘘だろ……」
「嘘じゃない。迷惑かもしれない。でも、わたしは――」
「や――」
俺は両方の拳を突きあげて絶叫した。
「やっ……たあああああああ!!」
風璃はきょとんとした。
「マジで!? マジで俺のこと好きなの!?」
「え? あ、うん。そうだけど……」
「よっしゃー!!!!」
戸惑いの表情を浮かべる風璃。ちょっとはしゃぎすぎただろうか。
「いやあ、俺さあ。てっきり風璃に嫌われてるのかと思ってた……」
「え、ええ!? まさか、嫌ってなんか」
「そうなの? でもなんかほら、よく俺のことにらんでたから」
「にらんでない」
「さっきもほら、カレーを爆発させたときとか」
「あれは……違う。そういうんじゃなくて、か――」
「ん?」
風璃ははっとして言い直した。
「ただ見てただけ。わたし、目が吊りあがってるから」
「なるほど、じゃあ俺と一緒だな」
俺も人相の悪さのせいで誤解を受けやすい。
「やっぱり兄妹だな。一緒にいると似てくるっていうか」
腕を組み、うんうんと頷く。
「……」
風璃が無言で俺を見つめてくる。
俺は笑った。
「それもにらんでるわけではないんだよな?」
「これはにらんでるの!」
「ええ……?」
――なんで急に? なにが逆鱗に触れたんだ?
「もう!」
いらいらした様子で隣の部屋に逃げこもうとする風璃。
「あ、そうだ、風璃。ついでだからさ、『奏くん』ってやめて『兄さん』って呼んでくれない?」
「は?」
「いや、『兄ちゃん』でも『お
「絶対に嫌! 奏くんは奏くん!」
「な、なんで」
「わたしのポリシー!」
風璃はべえと舌を出して、ぴしゃんと引き戸を閉めた。
「ええ?」
――なにそのポリシー。
そこまで心を許してはいないということだろうか。
とはいえ、風璃は俺のことが好きだったんだ。
「へへっ……!」
自然と笑みがこぼれてしまう。
現状、風璃は俺を兄とは認めていないが、人としては好ましく思っている。それならばいつか、兄さんと呼んでもらえる日がくるかもしれない。
きっと来る。いや、引き寄せてみせる。そのためには――。
――もっと頑張ろう。
立派な兄になるために。
カレンダーを見る。今日は四月十日だ。
――決めた。
約三ヶ月後、夏休みに入ったらふたりで実家に帰ることになるだろう。そのとき両親に、打ち解けた俺たちの姿を見てもらいたい。
それまでに『兄さん』と呼んでもらう。これが当面の目標だ。
――ひとまず、料理だな。
俺はスマホで『料理 基本』を検索した。
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