第8話 「云わば愛のムチ」

 煌く黒と白の剣閃。

 無駄な軌跡を一切描くことのないそれは、もはやひとつの芸術。剣閃が走る度に稲光に襲われているような気分になる。

 レベルの存在しないICOにおいて、プレイヤーの能力値はざっくりと言えば種族ごとの初期値に装備やスキルによる補正を加えたもの。

 装備は関しては武器の性能こそマイの方が上だが、シャルの鍛えたこの双剣もかなりの業物。防具に関しては同じだけに、装備によるステータスの差はほぼないと言える。

 ただスキルは別だ。

 ICOを始めて間もない俺のスキルと、準最強プレイヤーであるマイのスキル。スキル構成こそ同じだが、熟練度は天と地ほどの開きがある。完全スキル制のゲームなだけにこの熟練度の違いによる補正はバカにできない。

 だがそれ以上に……


「そこ」

「ち……」


 最も厄介なのはマイのプレイヤースキルの高さだ。

 多くのプレイヤーは右利きだ。だからゲームのアシストがあるとはいえ、双剣で通常攻撃を行う場合、左に持つ剣は右に比べる動きが疎かになりがちだ。

 だがマイにはそれがない。

 一流のプレイヤーなのだから当然のことかもしれないが、俺はマイとは現実でも付き合いがある。そのため彼女が右利きであることは知っているし、左手ではまともボールなどを投げられないことも分かっている。

 黒ずくめな先生に憧れているにしても、ここまで努力できるのはもはや才能だ。本人からすれば好きな物こそ上手なれってだけかもしれないが。


「シュウ、逃げてるだけじゃ勝てない」

「だったらもう少し手加減して欲しいんだが」

「それだと最強を目指す練習にならない。これ以上の手加減はダメ」


 皆さん、どうやら僕はすでに手加減されているようです。

 このゲームの最強を目指すプレイヤーは何なの? どこぞの戦闘民族なの?

 俺からすれば今のマイさんの攻撃は斬撃の嵐ですよ。目の前を稲光が走ってるようなものですよ。なのにさ

 これで手加減してるって本気を出したらどうなるの?

 雷でも斬れるんですか?

 ……魔法が斬れるらしいし、ゲームの仕様的に雷も斬れるかもしれない。魔法を斬れちゃうマイさんならそれくらい平然とやってのけるかもしれない。


「何か別のこと考えてる気がする。そういうの良くない」

「ちょっ!? 今絶対剣速上げたよね? 手加減してるって言ったのにボコろうとしたよね? 弱い者いじめ良くないと思います!」

「いじめてない。これもシュウを強くするため。云わば愛のムチ」


 現実で考えたらただの斬殺ですよ?

 というか、俺がいじめだと感じたらそれはいじめじゃないですかね。

 今のマイさん絶対機嫌悪いですし。口数増えてるのが良い証拠ですし。ムカついたから斬りましたってそれはもうダメなやつだよ。

 いじめってやってる側とやられてる側で認識の違いとかもあるからなくならないんだろうね。


「他のこと考える余裕があるなら戦闘の方に回す。本気でやらないとわたしも怒るよ」


 すでに怒っていると思います。普段よりムスッとされていますし、目つきも鋭くなってますから。


「言いたいことがあるならはっきり言う」

「いや、それはちょっと……」

「ん」

「分かりました言います。そのですね……マイさんは激しく動けば動くほど、お胸が揺れて目のやり場に若干困ります」


 シャルさんほどじゃないけど、マイさんも十分巨乳と呼べるものをお持ちなんだよね。シャルさん曰く、マイさんはDカップ。漫画やラノベでは+2カップで書かれることが多いらしく、現実でDあれば十分に巨乳なんだそうだから。

 でも不思議だよね。

 二次元の知識として+2カップで書かれてるってことを知っているのはいいけど、Dを遥かに超えたGをお持ちのシャルさんがDあれば十分に巨乳って言っちゃうとかさ。

 ある意味それって見下してるというかバカにしてない?

 それともシャルさん……Gなことにコンプレックスでもあるのかな。もしそうならあれだけど……俺はG好きだよ。凄く惹かれちゃう響きと大きさだし。

 話を目の前のことに戻すけど、俺の発言にマイさんは動きを止めちゃいました。剣を地面に刺して、両手で胸を隠しちゃいました。


「そ、そういうこと言うのダメ……シュウのエッチ」

「あのねマイさん、俺も男だから仕方ないでしょ。大体マイさん、この前自分のを見ろって言ったじゃない」

「それは……そうだけど。でも今見るのはダメ。今は特訓中」


 特訓中じゃなければ見ていいの?

 ……いやダメだ。確かにマイさんの胸は魅力的だが、小柄な割に立派なものをお持ちなだけについ見てしまうが、あまりジロジロ見てはいけない。

 何故ならマイさんは俺の師匠だから。弟子が師匠に欲情するなぞ……考えるのやめよう。考えれば考えるほど欲情しても問題ない関係のように思えちゃうから。

 それに……身近にはシャルさんのグレートなものが存在している。

 あれはいつ見てもやばいと感じてしまうが、マイさんの方は見慣れちゃうと……やっぱりシャルさんの胸って偉大なんだな。そして、最近自覚したけど俺っておっぱい星人だよね。

 なんてことばかり考えている場合ではない。

 今のマイさんは剣から手を放して無防備。武器を持っていないプレイヤーに斬りかかるのは騎士道に反するかもしれないが、あいにく俺は騎士ではない。何よりも今は決闘中だ。決闘の最中に武器を放す方が悪いに決まっている。


「――もらっ……!」

「遅い」


 なんということでしょう。

 こちらが先に仕掛けたはずなのに、いつの間にかマイさんの両手には黒と白の剣が。いったいマイさんはいつ双剣を手に取り、僕のことを斬り裂いたのか。まるでどこぞの絶対剣士みたいな剣速ですよ。

 今の一撃でHPも半分切っちゃったし、決闘終了の文字が。今日も師匠には勝てませんでした。この師匠に勝てる日って来るのかな? 現状来る気がしないね。

 まあ……そんなことを宙を舞いながら考えている俺自身もどうかと思うけど。そろそろ受け身取る準備しないと大変なこ……


「――ぐふッ」

「ぐふ? ……シュウはプラモデルが欲しいの?」

「ううん……違うよ。今のはただ純粋に背中から落ちたから息が漏れただけ。確かにそのプラモデルは嫌いじゃないし、アニメとか見直してると買いたい衝動に襲われたりもするけど」

「じゃあ今度買ってあげようか? 毎日特訓頑張ってるし」


 この子、ほんまええ子……。

 でもちょっと将来が心配です。そんなに甘いと子供が出来た時、我が侭な子に育っちゃいますよ。勉強やスポーツならともかく、ゲームを頑張ったからってご褒美あげるのは違うと思います。


「いいです。それくらい自分で買えますから」

「……そっか」


 あれれ~マイさんの顔が少し残念そうだぞ。

 俺に買ってあげたかったのかな? 俺って弟子を通り越して子供扱いされてる?

 もしそうならさすがの俺も泣いちゃうかもね。

 だって一緒に並んで歩いたら俺の方が確実に年上認定されてきたんだもん。姉弟じゃなくて兄妹って扱いだったんだもん!


「それよりもマイさん、最後の動きは何ですか? 本当に同じスキル使ってます? そっちだけ上位スキル使ったりしてない?」

「今のICOに上位スキルは実装されてない。単純に熟練度の違い……あとはわたしの反応速度がシュウよりも良いだけ」


 なるほど、なるほど……。

 ねぇみんな、もうこの人ってブラッキー先生そのものなんじゃないの?

 いや反応速度だけじゃなく、絶対無敵の剣士の剣速まで持ってるし、ブラッキー先生すら超えてない?

 この人に勝利したプレイヤーってマジで誰? その人は人間なの? こんな化け物だらけのゲームで最強目指すアキラさんおバカ過ぎない?


「マイさん……俺、このゲームをやめるとまでは言わないけど、もう少しゆっくりなペースで遊びたくなってきたよ」

「そんなのダメ」


 この悪魔めッ!

 世の中には出来る人と出来ない人が居るの。同じことをやっても差が出来るし、取り組み方に違いがあるのは普通なの。

 それなのに……それなのに。

 うちのブラッキー師匠は恰好だけでなく、遊び方までブラックだよ。


「今は夏休み……だからシュウが遊ばなくなると、シュウに会える時間が減る。だからペース落とすのダメ」


 …………天使かよ!

 地獄の底まで叩き落とすようなムチの後に昇天しかねないアメとか。

 この子、絶対俺のハートをブレイクさせるつもりだ。アキラのことなんてどうでもいいと考えるようになるまで自分の魅力でメロメロにする気だぜ。

 ふぅ……危なかった。

 もしもアキラにもう少しひどい断られ方をされていたなら、今ので俺の心はマイさんに向いていたかもしれない。


「ICOの正式稼働は約5ヵ月前。決闘王国はこれまで月1で開催されてきた。でも次の開催は今月じゃなくて来月の月末。夏休み終盤を予定されてる。だから今頑張らないと最強の称号には届かないし間に合わない」

「……落とした後に上げて、そこからさらに落とすのやめてよ」

「ん?」

「ううん、何でもない。どうぞ続けて」

「ん、分かった。ちなみに次回の決闘王国後には上位スキルの実装も予定されてる。上位スキルは元のスキルがカンストしてないと習得できなかったりするらしい。だから、やっぱり今頑張るしかない」


 ICOで最強を目指すアキラ。

 その彼女に再び近づくために最強を目指す俺。

 でも何だろう……話を聞けば聞くほど、ゲームをプレイすればするほど、逆にアキラから遠ざかってる気がする。

 もう別の角度からアピールする方が早いんじゃないかな。

 だけど……その選択肢を実行するには、悲しそうな顔で渋々納得しそうなマイさんを乗り越えないといけない。俺、マイさんのあの顔苦手なんだよね。

 くそ……最強を目指すしかないのか。化け物たちが住まう頂に登らなければならないのか。せっかくの夏休みだというのに……ま、外に出てもアキラには会えないだけどね。俺よりも絶対この世界に潜ってるから。


「シュウ、どうかした?」

「いや何でも……ただ何で上位スキルなんか実装するんだ。すでにトッププレイヤーは化け物染みてるじゃないか。上位スキルなんか実装したら……実装しちまったら……と思っただけだ」

「シュウの立場からすれば、その気持ちは理解できる。だけどICOは完全スキル制。スキルの組み合わせで個性も分かれるし、戦った時の相性も変わってくる。やりこみ要素という点から考えても上位スキルの実装は大切」


 うん、その言い分は分かるんだけどね。俺もガチではないにしてもゲームはやり込む方だから。


「だけど一部ずつ実装は反感を買う」

「でしょうね。それだと上位スキルが実装されたプレイヤーだけが有利になるし。スキルの熟練度上げって大変だもんね。おいそれと変えられないよね」

「ん。だから上位スキルの実装は一度でほぼ全て。運営はその方針を貫いてきた。だから上位スキルの実装が発表された時、わたしを含めた多くのプレイヤーが歓喜に震えた」


 ……マイさんがにっこりと笑ってはしゃいでる姿って想像できないなぁ。


「だから今度のアップデートを楽しみしてる。非常に楽しみにしてる」

「そっか……まあ停滞したままってのはつまらないしな。さすがに次の決闘王国で良い結果が残せるとは思えないが、俺も上位スキル目指して頑張るか」

「ん。シュウなら大丈夫。わたしがちゃんと一人前の剣士に育てるから」


 無駄に高い信頼と頼もしい言葉が逆に怖い。

 今よりハイペースだと俺も心が持つ分からないよ。高校生たるもの夏休みの宿題だってあるんだから。名門大学への進学校ってわけじゃないから馬鹿げた量は出てないけど。まあそんな量出てたならこんなにゲームは出来ませんがね。


「……しかし、あれだな。上位スキルが何種類かに派生するとかなれば、今後マイとか異なるスキル構成になる可能性も」

「……上位スキルの実装はダメ。今すぐ運営に連絡しなきゃ」

「待て待て待てーい! さっきの言葉は嘘だったの? 楽しみにしてるんでしょ? なら大人しく待ちなさい。大体あなたひとりの言葉だけじゃ運営は動いてくれないからね」


 何より……そこまでお揃いにこだわらなくても。派生先が違ったとしても大きく見れば一緒なんだからさ。


「はい、というわけでその話は終わり。反論は認めません。もうすぐ日付も変わるし、今日はここまでとします」

「そういう宣言は師匠の役目」

「そういういいから早く落ちて寝なさい。夜更かしは身体に悪いんだから。それに早く寝ないと大きくなれないよ」

「早く寝てもこれ以上背は伸びない気がするけど……分かった。できものが出来たりしたらシュウと顔を合わせにくくなるし、大人しく寝ることにする」


 うんうん、それが1番ですよ。

 いや~マイさんはやっぱりいいですね。シャルさんだったら同じようなこと言っても絶対寝ようとしないし。

 だってあのメガネ、別に美容とかに気を遣ってないから。スタイルを維持するために何かしているわけじゃないから。夜更かししようがすくすくと成長しちゃってるから。

 こう考えると……シャルって女の敵じゃね?

 昔はともかく、今は誰とでも仲良くしている気がするけど大丈夫なのかね。幼馴染として少し心配です。


「じゃあシュウ、また明日」

「ごめんなさい、明日は無理です。するにしても夜からでお願いします。昼間ちょっと出かけないといけないので」

「ん。分かった、だから頭上げて。土下座とかもしなくていいから。用事があるなら仕方ない」


 ありがとうございます。ありがとうございます。

 本当マイさんは良い子ですよ。何も聞かずに納得してくれるんだから。

 こういう言い方するとやましいことがあるかと思われるけど、そんなことありませんよ。ただシャルさんに付き合うだけです。

 やましいじゃねぇか! って?

 あのな……こっちはあの金髪メガネに脅されてんだよ!

 この前のパイタッチをマイさんに黙ってて欲しかったら大人しく言うこと聞けって。俺に拒否権があると思ってんのか? あるわけないだろう……

 はぁ……あの金髪メガネ、今回はどんだけ買い込むつもりなんだろう。今から憂鬱だわ。


「シュウ、何か疲れた顔してる。シュウこそ早く寝た方が良い」

「うん、そうする……じゃあまた今度な」

「ん、また今度」


 ……よし、マイさんの優しさを胸に明日頑張ろう。



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