scene1.5

「ううっ。痛い。……傷モノにされちゃった」

「紛らわしい言い方すんじゃねぇ。ただのデコピンだろ」

 勇太が肩越しに振り返れば、かおるはおでこをさすりながら後を着いてくる。

 そのまま視線を周囲に向ければ、のどかすぎる風景が目に映る。

 なだらかな斜面に作られた棚田。茅葺屋根の面影を残した家々。野菜の育つ畑。その畑に続くあぜ道に、でっかい農作業用のため池。

 おおよそ、里山と称して差し支えない風景は、勇太にとっては日常的な風景だ。ただ、彼女にとってはそうでもないらしく、辺りをキョロキョロと見渡している。

「それにしても改めてみるとすっごい田舎だね。ねぇ鏡川。この辺りの人ってどうやって暮らしてるの?」

「都会から来た人間って絶対そう言うよな。てか、普通に生活するぶんには困らないと思うぞ。東京育ちの犬山には謎かもしれないけど」

「なにその言い方。なんか馬鹿にしてない?」

「お、よくわかったな。田舎の洗礼だ」

「嫌な感じ。だから過疎ってくんじゃない?」

「ご名答~。その通り」

 勇太はかおると共にそんな意味のない会話を繰り返しながら田舎の一本道を歩く。

 これが都会であれば、下校中にカフェやらカラオケにでも立ち寄るなんて選択肢があるのだろうが、ここはド田舎だ。そんなことは非日常のファンタジーであり、ド田舎に住む高校生のリアルはこっち。

 そんなわけで黙々と歩いていたのだが、かおるが「う~ん」と唸り、

「ひま」

 と呟いた。だが勇太としては「我慢しろ」としか答えられない。

「暇なのはどうしようもないけど、とりあえず道は覚えとけよ」

「えー。覚えろって言ったって……分かりずらいよ。目印になりそうな建物とかもないし」

「そうか? 目印ならたくさんあるだろ。例えば……」

 勇太は遠くの山を指さしてみる。

「あの山の形と雰囲気を覚えておけば、なんとなく方向は分かるだろ」

「山の形……雰囲気? 鏡川なに言ってんの?」

「だから、あの山と、あっちの山と、こっちの山って雰囲気って全然違う。なんとなく緑が多い。それに生えてる木の感じも違う。分かるだろ?」

「分かるわけないじゃん! ターザンじゃあるまいし!」

「やれやれ。これだからシティーガールは……」

 勇太は肩を竦めてみせる。だけど田舎に長く住んでいれば、そんな能力も身に付いたりする。あと、その辺に生えてる野草が食べられる種類かどうかも分かるようになる。

「てかさ!」と言って、かおるが勇太の横に出てきた。どうにもまだ不満があるらしい。

「その辺にある道も意味不明すぎ!」

 かおるは、いま歩いている道から伸びる小道を指さす。

「例えばこの道! どこに向かってるの!?」

「そりゃあぜ道だ。田んぼに繋がってる」

「じゃあこっちは! なんかトンネルみたいな道」

「そりゃ獣道だ。見ろ、イノシシの足跡がある」

「イノシシ!? どんだけ田舎なの?!」

「里山だしなぁ美星町って。あ、この前は鹿が出たらしいぞ。てことは、そいつらを追って県北からクマがやってくるかもな」

「クマぁ! 怖い! 田舎怖い!」

 かおるは怯える目で辺りをキョロキョロ窺う。

 だが、その気持ちは分からないでもない。勇太もこの町に引っ越してきた当初は野生動物の存在が怖かったように覚えている。

「てか、犬山。本当に道は覚えておけよ。このあたり田舎すぎて、スマホのGPSとかも正確な場所教えてくれないぞ」

「え……。うそ」

 勇太が横を向くと、かおるはスマホを取り出していた。画面をのぞき込んでみればGoogleマップのアプリが表示されている。かおるは困ったときの解決策を見つけたのだろうが、どうせ無駄だ。

 そんなこんなで、勇太とかおるはひたすら歩き続けるが、やはり暇なことには間違いない。

 ……せっかくだし。写真でも撮っとくか。

 勇太は鞄の中からカメラを取り出す。いつもは原付で通過するだけの道でも、こうして歩いてみると絵になりそうな風景も多い。

 そんな感じで勇太が適当に写真を撮っていると、かおるはカメラを覗き込み、興味深そうな顔をしてきた。

「ねぇ、そのカメラってすっごい昔のヤツじゃないの?」

「そうだけど……なんだ? カメラ詳しいのか?」

「違う。私がよく見かけたのは、なんか……こう、もっとメカメカしてる感じで……」

 かおるは手をわちゃわちゃと動かし、形を伝えようとする。

「ああ、デジタル一眼のことか。まあ、このカメラはフィルム一眼だしな。発売されたのだって30年以上前だ」

「ふぅん。そうなんだ。もしかして鏡川ってビンテージ好き?」

「違う。仕方ないから使ってるだけだ。ほんとはデジタル一眼を使いたい」

「なら、とっとと買えばいいじゃん」

「だからそのために、いま写真を撮ってるんだよ。昨日、神社で写真撮ってたのだってそのためだ」

「へ? どういうこと?」

 かおるは不思議そうな顔で小首を傾げる。白く、柔らかそうな首筋が露わになった。

 その何気ない仕草が可愛くて、勇太は思わずカメラを向けてしまいたくなる。

「あー……なんだろ。俺、写真のコンテストに応募するための写真を撮ってて……で、そのコンテストに入賞すれば学校からカメラがもらえて……それで……」

 自分でなにを言っているか分からなくなる。

 案の定、かおるもさらに首を傾げてしまう始末。これは順を追って話したほうが分かりやすいだろう。それに自宅はまだまだ先。時間もたっぷりある。暇つぶしにはもってこいだ。

「えっとな、事の発端は春休み前なんだけど……」

 そう言って勇太は事のあらましを説明する。

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