06-3.咎人は犠牲の上に生きている
……違う。俺が望んでしまったからいけなかったんだ。
本来ならばエドワルドとユージンたちの人生は交わることはなかった。前世ではダーティ孤児院の存在すらも彼は知らなかった。孤児院の子どもたちは貧しいながらもそれなりの生活が保障されているのだと家庭教師の言葉を信じ込み、実際の孤児院での生活がこれほどまでに過酷なものであるとは思ってもいなかった。知ろうともしなかった。
……巻き込んでしまった。大切だと思ってはいけないのに、みんなと過ごす日々が穏やかなものだったから。続けばいいと思ってしまったから。
本来ならば、二人は出会うことはなかった。
出会わなければユージンは思い詰めるようなことはなかっただろう。与えられた役目を果たし、自分だけが生き延びる方法であろうとも迷うことはなかっただろう。それが人として正しい選択はわからないが、ユージンにとってはそれ以外の方法はなかった。
「君が泣きそうな顔をしてどうするの、エドワルド。僕はね、諦めたよ。でもね、諦めてよかったと思うんだ。これから先も誰かを犠牲にして生き延びるよりも、他の方法を求められるようになったのは、君と出会ったからだと思うんだよね」
それを変えてしまったのはエドワルドである。
歴史の改変を望み、メイヴィスの死を拒んだエドワルドにより引き起こされた禁忌により多くの人々の運命が変わってしまった。運命を狂わされるのはエドワルドに関わってしまったからなのか、本来の歴史とは異なる展開を迎えたことによる変化なのか、どちらなのかエドワルドには判断がつかなかった。
「ダーティ孤児院に連れて来られる子どもたちを監視することが僕の役目でね。……子どもたちがどこに連れて行かれるのかを知らないのは本当だよ? でも、なにをされるのかは知っている。知っていながら黙っていたんだ」
ユージンの表情は硬いままだったが、その声色は優しいものだった。
ユージンには悲しい過去がない。
ダーティ孤児院に連れて来られる子どもたちのような過去がない。口減らしとして捨てられた過去もなければ、諸事情により家族を亡くしたわけでもない。
物心ついた頃からユージンには家族がいなかった。
赤子の時からユージンを育てたのは国教でもある教会の信徒だった。そのことを思い出したのだろうか、ユージンは覚悟を決めたかのように目を開けた。
「教会は孤児院のことを売り飛ばした。僕は教会の人間としては出来損ないでね、この孤児院と一緒に売り飛ばされたんだよ。都合のいい仲介役として僕は飢え死ぬまで孤児院の子どもたちと生活をして、子どもたちを不幸に落とすんだ。……それが僕に与えられた価値なのに、エドワルドやアイカと一緒にいたら、そんな役目なんか意味のないものに思えてね。あぁ、いいんだよ、言わなくて。自分でもどうしようもない最低な奴だってわかっているから」
同じような境遇の子どもたちを見てきたことだろう。
これから先、引き渡された子どもたちがどのような目に遭うのか知りながらも、彼らの幸せを願うような言葉を口にしてきた。
「君と出会えてよかったよ、エドワルド。僕は最低な自分のことが大嫌いだったけど、君と一緒に過ごした時間だけは好きになれた」
それらは全て生き残る為だった。
それらはユージンに与えられた役目だった。
役目を果たせない者を教会は放置をすることはない。ユージンもそれを理解していた。だからこそ、エドワルドに助けを求めようとしたのだろう。
「お願いだよ、エドワルド。アイカを連れて逃げてほしい」
「逃げるなら全員だ。全員で逃げよう」
「それは無理だよ。走れない子もいる、野宿に耐えられない子もいる。全員、飢え死ぬだけなら、アイカだけでも助けてほしい」
「セツたちを見捨てるつもりか。ユージン、俺たち三人だけが生き延びても後悔をするだけだ。他の方法を考えよう」
エドワルドのその言葉に対し、ユージンは力なく首を左右に振った。
ダーティ孤児院にいる子どもたちは二十六名、その内の一人であるリリーは行方知らずとなっている。リリーを探しながら移動することを考えれば、その先には自滅が待っていることはエドワルドもユージンもわかっていることだった。
「全員を救い出せなくても、アイカ一人なら、なんとかなるだろう?」
「全員を助けられなければ意味がない」
「意味はあるよ。一人でも助けられるのならば、それは、与えられた運命を変えられたことになるんだから」
ユージンのその言葉を聞き、エドワルドはなにも言い返せなかった。
……運命を変える。
その言葉が頭に残ってしまう。
その人の生き様はこの世界を生み出した神様により決められている。どのような人生を歩むのか、それらは与えられた運命により定められている。それに対し、変化を与えることは神様からの愛を拒絶することである。
それが国教である教会が掲げている言葉だ。
聖書の中でも有名な文句である。エドワルドは神様を目にしたことはないものの、運命に翻弄されるとはどのようなことなのかを身をもって知っている。それに抵抗することは禁忌であり、それを犯した咎人には罰が与えられることも身をもって知っていることだ。
……運命を変えるのは禁忌だ。魔法を発動しなくても変えてしまえば禁忌に触れたことになる。だから、運命なんて言葉は口にしてはいけないのに。
運命や宿命などといった言葉を口にするのは教会の人間ばかりである。
そういった言葉に翻弄され、身動きが取れなくなることを恐れる貴族たちは口にはしない。変化を与えたとしても、それが当然のことであるように振る舞う。彼らはそうすることで身を守ることができる。
そのことを教会の出身であるユージンが知らないはずがなかった。
「アイカはいつもの場所にいる。そこに迎えに行ってほしい」
「ユージンも一緒に行くんだろう」
「僕はいけないよ。みんなを見捨てるわけにはいかないからね」
「それなら全員で行こう。そのまま逃げるんだ」
「それはできないよ。僕はみんなと共にいる」
「それなら俺だって一緒にいる」
「ダメだよ。エドワルド。君がいなければアイカを助けられないんだから」
亡くなった母親と過ごした思い出の場所で過ごすのがアイカの日課だった。いつまでも孤児院とは違う場所に心の拠り所を持つ彼女のことを疎ましく思う子どもも少なくはなかった。ユージンとエドワルドがいなければ、アイカは孤児院の仲間として受け入れられなかったことだろう。
どこか夢見がちなアイカのことをユージンは気に掛けていた。
彼女だけでも助けたいと思うくらいには特別な感情を抱いているのだろう。
「ごめんね、エドワルド。君に全てを押し付けてしまうようで心苦しいよ」
そのようなことを口にしながらも、彼は平然とエドワルドに押し付けてしまう。生き残る為の手段を選ばなかったユージンはどのように振る舞えばエドワルドが断れないのか、理解をしている。十三歳の子どもにしては賢いのは教会で知恵を与えられてきたからなのだろう。
心苦しいなどと思ってもいないだろう。
ユージンは優先順位を明確にしている。彼自身の安全を除くと、その上位に君臨し続けるのはアイカとエドワルドが生き延びることである。
その為ならばユージンは手段を選ばない。
その変化をユージンは誇りに思うだろう。自分自身の安全さえ確保できれば、誰を犠牲にしても気にしなかった頃よりも輝いて見える。その変化は教会が望むものではないと知っていながらもユージンは満足していた。
「僕は友として君の全てを肯定する。君がなにを隠しているのか知らないけど、それらが罪ではなく、正しいことだと肯定する。他の誰がなにを言おうとも、僕だけはエドワルドの行動を肯定する」
ユージンの掌は硬く握り締められていた。
突然の言葉に反応が遅れてしまっているエドワルドの様子を気に掛けることもなく、口早に話を進めていく。
「君と出会えてよかったよ、エドワルド」
ユージンは笑った。
諦めたかのような眼のまま、口角だけを強引に上げたような笑顔だった。
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