06-1.咎人は犠牲の上に生きている
* * *
ヴァレンティ伯爵領の片隅にあるダーティ孤児院は国教である教会から見放された孤児院である。本来ならば孤児院を運営する教会の人間は年に一度しか訪れず、それも新たに引き取った孤児を置いていく為だけに訪れる。この孤児院に引き取られるのは商品価値がないと判断された行き先のない子どもたちばかりであり、中には貴族の生まれだったからこそ、貰い手がなかった者もいる。
エドワルドは不運にもダーティ孤児院に引き取られた一人だった。
魔力を持ち、才能にも恵まれていたものの、没落をしたアベーレ家の人間というだけで貰い手がなく、勝手に朽ち果てることを望まれて連れて来られた。結果としてエドワルドがダーティ孤児院の子どもたちの中心となり、彼らの生活水準を上げ、餓死を避けたのだから皮肉なものである。
「エドワルド。リリーがまたいなくなった」
「また? ……痛い目に遭ったのに懲りないね」
「僕もそう思う。まさかとは思うけど、また探しに行く気ではないだろうね」
ユージンは冷たい眼をしていた。
ダーティ孤児院の子どもたちの中では最年長であるユージンは十三歳だ。エドワルドと一歳しか変わらないとはいえ、孤児院での生活は長く、世間の冷たさをよく理解をしている。元々口減らしとして捨てられたユージンは運よく教会の目に留まり、孤児院に連れて来られた。浮浪児として雨を凌ぐことも出来ない生活と比べれば今の生活の方が何倍も良いものだと彼は知っている。
だからこそ、二度も孤児院から逃走をしたリリーを許せないのだろう。
自分本位な理由で逃走をしたのならば、探しに行く必要はない。ユージンの考えを悟ったエドワルドは困ったように笑って見せた。
「行かないよ。リリーだって二度も助けられるとは思っていないだろうから」
「言ったね。僕はその言葉を信じるよ、エドワルド。君はあの子に対して同情的だ、ここにいる誰よりもあの子のことを気に掛けているじゃないか。だから、僕は心配だったんだよ。僕たちよりもあの子を優先するんじゃないかってね」
「それはユージンの思い違いだろ」
「いいや、自覚がないだけだね」
ユージンは言い切った。
その言葉に対してエドワルドはやんわりと否定をする。
……ユージンの言う通りかもしれない。
否定をしながらも指摘されるだけの心当たりは存在する。その矛盾を気付かれないように笑みを浮かべて話しをすれば、ユージンの不信感も薄まるだろう。
……境遇が似ていたから。
アベーレ家の没落により行き場を失ったエドワルドとキプリング男爵家の事情により捨てられたリリー。家格は違うものの、家族から見放されたことには変わらない。貴族として過ごしてきた生活から屋根が確保されているだけのその日暮らしへと転落をしたのは同じだ。だからこそ、エドワルドはリリーが元の生活への未練を断ち切れない気持ちを理解できる。
「もうこの話は止めにしよう。今日はアイカの最後の日だろ、笑顔で見送るって決めたじゃないか。それなのに俺たちが笑っていないと話にならないだろ」
ダーティ孤児院では定期的に子どもたちが立ち去っていく。
名目上は引き取り先が出来たということになっているものの、それが真実である保障はどこにもない。エドワルドも何度か引き取られていく子どもたちを見送ったことはあるものの、その子どもたちがどうなったのか聞いたことがない。少なくともエドワルド達の活動範囲外へ連れて行かれたのだろう。そう考えることしかできなかった。
「アイカだってこんなこと望んでいないかもしれないのに」
「ユージン。それは言わないって約束しただろ」
「だって、そう思わない? 誰も引き取り先を知らないんだよ、僕たちは一緒に暮らしてきたのに、アイカがどこに連れて行かれるのか知らないんだ。それに、もう二度と会えないなら、僕は、アイカを連れて行かれたくない」
「孤児院を離れることを望んだのはアイカだ。俺たちはそれを見送らなくてはならない」
ユージンにとってアイカは大事な存在だったのだろう。
歳が近く、年齢のわりには聡いところがあったアイカは引き取られていく。引き取られた先で幸せに生きていてくれるのならば、ユージンにもエドワルドにも彼女の選択を拒むことはできない。
……孤児院に残るよりも幸せになる可能性があるのに。
それならば、なぜ、ユージンは怯えているのだろうか。
定期的に引き取られていく子どもたちを見送ってきたユージンの眼は辛そうなものだった。それを慰めていたのはアイカだった。
……ユージンは知っているのか?
エドワルドさえも知らない情報を得たのだろうか。
孤児院に関わるような情報は共有することになっている。それをユージンが破るとは思えなかったものの、打ち明けられない事情でもあったのかもしれない。
「隠し事が下手だな、ユージン」
エドワルドの言葉にユージンは身体を揺らした。
露骨なまでに反応をするユージンの腕を掴み、孤児院の外へと出ていく。アイカの門出を祝おうと貴重な硬いパンを机に並べている子どもたちに悟られるわけにはいかなかった為、強引な真似をしたのだ。それに対し、ユージンは反抗もせずに従う。
外は薄暗い雲が広がっていた。太陽は沈み、満月は半分以上も雲に隠されている。見え隠れする月の光を頼りに孤児院の庭を歩く。見慣れた場所も知らない場所のように感じてしまうのは変な天気のせいだろう。
……満月は魔力を高める。
それは人間だけではなく、異種族にも共通することである。
魔力を崇拝する傾向のある魔法使いや魔女たちは儀式を行う時には必ず満月の夜を選ぶ。それにより成功率を高めようとするのだ。
……嫌な予感が外れてくれたらいいけど。
エドワルドは前世で罪を犯した。禁忌とされている魔法に手を出した。禁忌を発動した者は咎人と呼ばれ人々から忌み嫌われる。不意に咎人は不幸になるように呪われているからと耳にした事を思い出した。
エドワルドは前世とは違う人生を歩んでいる。転生魔法を発動させなければ、エドワルドは大切な義姉を失ったままであり、義姉の幼馴染も失っていたことだろう。しかし、彼が禁忌を犯さなければ実の両親や兄妹は貴族として生きていたのも変えようもない事実である。
エドワルドが犯した罪により人生を狂わされる者がいる。
それが禁忌を犯した代償の一つである。
……俺がなにかを大切に思えば、それは、代償の一つになる。
前世での義姉を救いたい。
前世での義両親に幸せになってもらいたい。
エドワルドはその為ならばどのような犠牲も覚悟をしていた。覚悟をしていても現実として叩き付けられる度に心が折れそうになる。
それでもエドワルドは死にたくはなかった。
転生魔法を発動させた代償により犠牲者が出ようとも、エドワルドは目的を果たせていない。目的を果たせずに死を選ぶことなどできなかった。
死を選ぼうとすれば、あの日の光景を思い出す。
手を取ることも出来なかったメイヴィスが死を選んだ日のことを思い出す。その知らせを耳にした時の絶望感がエドワルドを襲い掛かる。それはエドワルドから死という逃げ道を奪って行った。
「君は連れて行かれた子どもたちがどこに行くのか知っているか?」
「……場所は知らないよ。そこまでは、僕も知らない」
「他のことは知っているのか」
「勘違いしないでよ。偶然、昨日、聞いてしまっただけなんだから。隠し事をしようとしたわけじゃないよ、ただ、アイカのことを思うと言い出せなかったんだよ。信じてよ、エドワルド。僕は君まで失いたくはないんだよ」
「大丈夫だよ。俺は信じてるから」
それは感情の籠っていない言葉だった。
他人を信用しない。信用をすればエドワルドの目の前で失われていくことになる。それを少しでも防ぐ為にはエドワルドは嘘を口にするしかなかった。
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