不動 響樹

 道場の中を、激しく気合を込めた声が響き渡る。


 響樹は右拳を前に突き出し声をあげる。

 今は高校の部活動の時間であった。

 不動ふどう 響樹ひびき十五歳、私立竜虎学院高等学校の一年生。 彼は空手道部の部員であった。


 彼が空手を始めたのは、入学してすぐの四ヵ月前、部活体験で色々な部を見学したが空手部が何故か一番自分の性に合っているような気がしたからだ。

 ちなみに彼の腕前を示す帯の色はまだ白色であった。


「不動、肩に力が入りすぎだぞ! 力むな!」先輩のくれないが下級生の指導をしている。

  その手には竹刀が握られている。

「はい!」響樹は指導に従うように肩の力を緩める。空手部に魅力を感じたのは、この紅の存在があったのも要因であった。


 入学式のオリエンテーションで実施された部活紹介で、紅が披露した型を目の当たりにして、その華麗な動きに魅惑されてしまった。

 それは、鍛え抜かれた達人の技のように見えた。


「よし! 次は前屈立ちで逆突きだ! 構えろ!」紅の声が響く。

「はい!」部員達が一斉に返事をして構えを変更した。

 紅の号令に合わせて彼等は動作を続けた。紅は竹刀で新入部員の左足の膝の裏側を軽く叩いた。 もう少し腰を下ろせという合図だ。

 基本稽古が終了して休憩時間になった。 部員達は道場の壁に背をもたれて休憩する。


「紅先輩って凄く素敵よね」響樹の隣の壁にもたれながら女子部員の有村ありむらが呟く。

 彼女は響樹と同学年で、同時期に入部した白帯部員である。彼女は入学早々、クラスメイトとなった響樹の声をかけてきた。

 そして、響樹が空手部への入部を決めると、同様に空手部への入部を決めた。

 今年の数少ない、女子部員ということもあり、先輩達の指導も丁寧であった。


「・・・・・・確かに凄い人だよ・・・・・・・でも練習が厳しいよ。 自分にも、他人にも・・・・・・」響樹は有村の言葉に答える。


 響樹も体力には少し自身があったほうであったが、思いのほか紅の指導する空手部の練習はハードであった。

 ただ、紅自身が休憩の合間も休む事無く練習を続けている為、その練習量に文句を言うものはいない。

 道場の中央では、紅が以前披露したのと同じ型の練習をしている。

 紅は空手道弐段、所属流派の全国大会では高校生部門のチャンピオンである。

 黒帯には『紅 勇希』と黄色い刺繍されていた。

 紅の型を打つ姿は優雅であった。

 部員達はその動きを、息を呑みながら追っていた。

 激しく動いたかと思うと、息吹を吐きながらゆっくりと体を移動させる。 まさに緩急の動きを表現している。


 紅の目の前には、まるで実際の敵が本当に存在しているのではないかと錯覚を覚える。


「ねえ、不動君・・・・・・彼女いるの?」唐突に有村が聞いてきた。


「なに、突然! いないよ。 彼女なんて・・・・・・」響樹は顔を真っ赤に染めて返答をした。


 紅の型が終了した。

 口から息吹を吐きながら、ゆっくりと呼吸を整える。

 有村と響樹が話す様子を見て紅の表情が厳しく変化した。


「そこ! 休憩中であっても稽古には変わりない。くだらない私語をするな!」紅の激昂した声が響く。


「すいません・・・・・・」二人は顔を見合わせてバツの悪そうな顔をした。

 五分の休憩時間が修了する。


「次! 組み手だ。 ・・・・・・不動、相手をしてやるから来い!」紅が道場の中央に移動する。


「え、あ、よろしくお願いします!」響樹は紅の正面に立ち、両手を十字に切り構えた。

 紅は両方の手のひらを開いて左手を顔、右手を鳩尾の辺りに構えた。

 前足の踵を浮かせて後ろ足に重心を置いている。 空手でいう猫足立ちの構えだ。


 それは攻撃を受けることに主眼を置いた構えであった。

 響樹は素人のボクシングのような構えで対峙している。

 何処を攻撃していいのか響樹はさっぱり判らず躊躇ちゅうちょしている。


「遠慮しないで、攻撃してこい!」紅は響樹に攻撃するように即す。


「はい!」その返事と同時に左、右の順番で突きを繰り出した。 紅は肘で円を描きながら響樹の突きを流した。


 無駄な動作が全くない。

 それは高校生の技とは思えない達人のような動きであった。

 響樹は右下段蹴りを紅の太もも目掛けて発なった。

 紅はその蹴りをすねで受けた。 続けて、響樹は逆の足で紅の顔面目掛けて上段蹴りを繰り出した。

 紅は響樹の蹴りを両手で受けると、その足を流した。 響樹の体は回転して紅の正面に背中を晒す状況となった。

 紅は響樹の襟を掴みながら足で彼の膝後ろを蹴り引き落とした。 響樹は道場の床に倒れる形となった。 その顔面目掛けて紅は右拳を叩き込む。

 響樹は反射的に目を閉じながら両手で顔面を隠そうとした。 紅の拳は響樹の顔面に当たる寸前すんぜんで止められた。 いわいる寸止すんどめであった。


「たあ!」紅の気合が響いた。


「筋は悪くないが、攻撃した手、足に意識を残していない。 特に最後の蹴りは引き戻さないと駄目だ!」紅が響樹の動きにアドバイスした。

響樹は紅の前で姿勢を正して熱心に聞きながら頷いていた。


「有難うございます」紅のアドバイスを聞き終えてから響樹は頭を下げた。


「それでは、今日の練習はここまで、全員掃除をして解散!」紅は大きな声で部員達に指示した。


「はい! 有難うございました!」勇希の指示通り部員達は掃除を終え、黙想をしてから解散した。


 響樹は学生服に着替えて道場を後にした。

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