第4話 「人の恋路に口を出す奴は馬に蹴られて何とやらだ。古典もちゃんとそう言ってる」

『いい加減にして下さいまし!』


 私の母親と言っていい程の年齢の秘書、ミス・レンゲは、宙港についた時に連絡をやっと入れた私にいきなり怒鳴りつけた。通信の向こう側の眼鏡越しの瞳は、明らかに怒っていた。


「休暇だと言っておいたろう? みんなには」

『だからって一度も連絡を入れない社長が何処に居ますか!』

「入れなかったんですか?」


 さすがに後ろでその様子を見ていた二人は、驚いて私に訊ねた。ああまあ、とか返事をしながら、私は彼女にすぐ戻るから、と言って通信を切った。


「何って社長さんだ」


 ミンホウは腕を組みながら呆れた様に言った。ナガノは、と言えば、実に面白い、とばかりににやにや、と笑うばかりだった。

 いや別に全く連絡をしなかった訳ではない。会社の人間に連絡を取らなかっただけで、会社の通信網には、毎日の様に手を入れていた。

 ウェストウェスト星系で、私がまず会社の建て直しのために行ったのは、正しい情報の入手と管理だった。その時に、社内の情報網を、それまでの5倍に増やした。質的なことを考えに入れれば、十倍二十倍の効果はあったと思う。

 それは私の立場を有利にするためにも、必要なことだったのだ。より早い情報と、その活用。それがそれまでの経営陣には、足りない部分だった。

 ウェストウェスト全域の情報網を、外部の大手情報産業クルーエル社とつなぎ、それを安く開放し、ウェストウェスト全域の情報活動自体を活発化させ、その中から、うちの社にとって有効な情報を、探しだし、活用する。

 その話を、社に向かうチューブの個室の中で二人にしていたところ、ナガノは窓際で頬杖をつきながら、私に質問してきた。


「例えば、どういうことが、実際に行われた訳ですか?」


 私はおや、と思った。だがそれは顔に出さずに、率直に答えを返す。


「例えば、M街住宅帯」

「M街住宅帯、っていうのは、確か、新しく社で作った住宅地ですよね?」

「そう。できるだけ安価に、住み易い住宅を、多くの人々に、というコンセプトで、開発させた」


 私はこの二人に、格別現在の社で行っている事業に関して、話した記憶はない。だがこの二人は貪欲だった。こうやって、話を振ると、ある程度の知識は既にあったりする。


「モデルにしたのは、ウェストウェスト本星よりは、他の星域でしたね。お前の方がそのあたりは詳しくないか? ミンホウ」


 ナガノは頬杖をついたまま、ふいと友人の方を向く。


「ああ。確か、田園都市構想をそのまま形にした、と聞いてますが。区画が最初から定められていて、そこに住む人々のための設備…… 集会場だとか、共同組合だとか、交通機関だとか、緑地だとか、そういうものが整備された都市、ですね」


 サイドリバーは、低い声で、記憶を確かめる様にゆっくりと喋った。


「そう。ただし、本来の職住近接の意味を持つ、『田園都市』ではないがね」


 二人はうなづく。


「人々のために住宅は作る。が、その人々が我々のこのチューブを利用しないことには意味は無い。だからそのコロニーは、あくまで生産のためには存在しないんだ。一次産業、二次産業にしろ、生産と名のつくものは、そこではなく、別のコロニーで行ってもらわなくてはならない」

「そして消費の場もまた、別にあると」

「そうだな」


 今度は私がにやりと笑った。


「さあ、その消費の場だ」



 二人をウェネイクから連れ出したのは、照りつける太陽が、じりじりと背を焼く様な日だった。

 キャンバスの中庭で、コンデンス・ミルクス教授に礼と別れを告げた後、私達はウェストウェストへの帰路へと着いた。

 ナガノもサイドリバーも、学校の寄宿舎を引き払っての出発だった。


「それにしても君達、ずいぶんと軽装だな」


 船内の二人の部屋へ様子を見に来た時に、私は何も無い彼等の姿に、思わずそう口にしていた。


「そりゃあそうですよ」

「そうですな。身軽に越したことはない」


 顔を見合わせ、口々にそう言う二人は、用途は違えど、ちょくちょくと多星系へ一週間から数ヶ月の旅行をすることがあるのだと言った。

 ナガノに関しては、建築探しでそういうこともあるのだろう、と思っていたが、サイドリバーまでが、と私はさすがに驚いた。このベッドが狭そうな程の身の丈と幅を持つ男は、案外フットワークは軽いらしい。

 そしてそのサイドリバーの肩くらいしかないナガノは、と言えば……


「でもね、リルブッスさん…… いや社長、こいつの場合は、彼女に会いに行くんですよ」

「彼女」


 にやにやと笑みを浮かべ友人を指さす。私は思わずその言葉を繰り返していた。

 するとサイドリバーは、大きな体とごつい顔つきには似合わない程、顔を赤らめ、てめえ何社長さんに言ってやがるんだ、とナガノに軽く掴みかかった。

 この体躯の差は大きい。ナガノの肩など、サイドリバーの手には軽く掴み込まれてしまうくらいだ。大丈夫なのか、おい。


「いいじゃないか、知ってたほうが、後々便利だろうに? お前にも社長にも」

「だからってここで言うことはないだろうがっ!」

「でもちゃんとお前、キリュッキさんには言ったんだろうな? 連絡不足で生き別れ、なんて洒落にならないよ」


 少しばかり、ナガノの顔は真剣になったように、私には見えた。


「判ってる! だから今度は」


 そう言って、サイドリバーは手を離し、口籠もる。


「だから今度は、何?」


 ナガノは開放された手を組んで、追求する。ほれ言ってみろ言ってみろ、と目が笑っている。


「……だから、今度は、俺言ったよ。落ち着いたらこっちへ来てくれって……」


 おおっ、とナガノは最後は消え入りそうだった友人の言葉にすかさず声を上げた。そして、後ろを向いてしまったサイドリバーの背中をばんばん、と叩く。照れているの…… だろうな。耳まで真っ赤だ。


「……あー全く、僕もずっとやきもきしていたんだからな」

「お前そんな素振り全然見せなかったくせに……」

「そりゃそうだろ。人の恋路に口を出す奴は馬に蹴られて何とやらだ。古典もちゃんとそう言ってる」

「お前の古典は時々引用を間違っていないか?」

「言いたいことが判ればいいんだよ。それよりキリュッキさん、早く呼べよ! 僕はまだ生まれて長いけれど、結婚式ってものに出たことが無いんだからな」

「お前俺とどんだけ違うって言うんだ!」


 ナガノはそれには笑って答えなかった。ただばんばん、と友人の背中をはたくばかりだった。


「では社宅も広い方がいいかな、サイドリバー」

「できれば、ファーストネームで呼んでいただけますかね、社長。俺はどうもファミリーネームは呼ばれ慣れなくて」

「そういうものかい?」

「何っか肩こっちまって」


 なるほどね、と肩をすくめる彼に私はうなづく。この工科学校出身の男は、どちらかと言うと、部屋で製図に励むよりは、ヘルメットをかぶり、軍手をつけた

「現場監督」的な雰囲気がある。

「判った、ミンホウ。では君には家族用の社宅を用意させよう。ナガノは? 君は……」

「あ、僕はその呼ばれ方が好きですよ」


 ぱっとじゃれあっていた相手から手を離して、ナガノは私に向かって言う。私は思わず苦笑した。


「そうじゃなくて、君には結婚する予定とかは無いのかい?」

「ああ。無いです」


 あっさりと彼は言った。それがあまりにも当然、という口調だったので、私は思わず何故、と問い返していた。


「何故って…… 別に理由は無いですよ。ただ、無いだろうから」

「そんなことは無いだろう? 彼女の一人や二人くらい居てもいい……」

「そりゃあまあ、僕も別に中等出たばかりの子供じゃあないですから、彼女も彼もそれなりに居ましたがね。でも、何かそういうのは」


 そして首を振る。するとミンホウが口をはさんだ。


「社長、こいつはいつもそうなんですよ。別に俺に不真面目な恋愛を勧める訳じゃあないし、俺は女のほうがいいから、そういうこと仕掛けてくる訳じゃあなかったですがね、実に色々と」

「だけど僕は別に淫乱って訳じゃないぜ?」

「誰がそんなこと言った? ただお前がずいぶんと遊んでいたのは事実だろ? ほれ、こないだお前が学校を出るって言ったら、泣いた男女が結構居ただろ」

「それは事実だけど、別にそれはそれ。これはこれだよ」

「建築の方が、大事?」


 私は苦笑を止められないまま、ぽんぽんと言葉のラリーを続ける彼等の間に割って入った。ナガノは首を横に振る。


「と言うか、僕を熱くさせてくれるものが、好きなんですよ」


 なかなかに、意味深な台詞だ、とその時私は思った。

 実際、ナガノはそんな思い出話がもっともだ、と思える位に、ぱっと見でも一種独特の雰囲気とでもいうものを持っていた。

 少なくとも、このウェストウェストではそう見ないタイプである。決してここは、伝統がある土地でもなければ、有閑人種達の住む場所でもない。どちらかというと、生活水準的には「中の中」か「中の下」程度。私はチューブを活用する人々の層をそう設定していた。

 そしてその人々にとって、ワンランク上の「場所」を提供すること。それが、このターミナルのあるコロニー、プラムフィールドの存在理由だった。



「……はあ……」


 ターミナルを抜け、巨大な吹き抜けの真ん中に、三階層分折れ曲がることなく続くエスカレーターに身体を任せながら、ミンホウは口を大きく開けてため息を漏らした。


「どうした?」


 私は軽く笑って彼に訊ねる。全くもって、それはここに初めて越して来たこの辺りの住民のとる反応と同じだった。


「……いや…… ちょっとこの馬鹿でかい空間に眩暈がしそうで」

「本当、確かにこれは凄いですよ。僕はこんなとんでもない空間持った駅なんて、一つしか知らない」

「一つ?」

「惑星パッサージュの、中央駅の大ガリレア。さすがにあれは特別だけど、これもすごい」

「パッサージュ?」


 私はふとその耳慣れぬ惑星の名に頭をひねった。そんな惑星、あっただろうか。


「そう、あれ以上にはさすがにお目にかかったことは無い……」


 つぶやく様に言うと、ナガノもまた、ぐるりと広がるその空間に視線を移した。

 天井の、こうもりの羽根状にカーブを描く梁や、正面以外の三面の壁に作られた巨大なステンドグラス。まかり間違えば陳腐なものになりかねないが、そこは私も注意した。天井の暗さが、そのステンドグラスから入り込む光を有効にする。朝時間昼時間夕時間、とそのステンドグラスから入る光の角度は変わり、広い、淡い色の床に美しく影を落とす。

 その間にも、昇っていく私達に、降りる客が時々ちら、と視線を移していくのが判る。どちらかというと、その視線は女性の方が多い。理由は簡単だ。ナガノの姿に、つい皆目を引かれているのだ。

 相変わらず彼は、無造作に長いままの髪を後ろで簡単にくくっているのだが、服はさすがに出会った時よりは多少よそ行きの格好になっている。出てきたウェネイクが夏だったから、淡い色の麻のスーツだったのだが、そのタイを緩め、上着の袖をまくっていても、彼はそれが似合っていた。

 何が一体目を引くのだろう、と私は船内で談笑しながらふと観察したことがある。

 決して飛び抜けた美形、とか言うのではないのだ。整ってはいるが、強烈な美貌とかいうのではない。むしろ顔立ちそのものはあっさりしている。

 薄青の目も、大きすぎる程ではない。

 どちらかというと、顔のパーツの一つ一つが強烈だ、と言われるのは私の方だ。何となく火でも吹きそう、と感想を述べるのはミス・レンゲだった。彼女は年長者の特権か、そういうことを私に向かってずけずけと言う。

 だから何って言うんだろう。とにかく、バランスがいいのだ。そして…… そう、手だ。体つきや、身長に対して、少し大きめかな、と思われる程の手。やや骨張っているが、つながる腕にはしなやかな筋肉がついている。無駄なものは無い。

 だが運動でもしているのか、と思って聞いたら、特にその様なことはない、という。

 そしてそのやや大きめの手が、話に熱中すると、無意識に組合わさったり結んだり、ぴん、と指を立てたり、叩いたり、ひどく雄弁になるのだ。

 ふうん、と私は話ももちろんだったが、そんな彼の手から妙に目が離せなかったのを覚えている。

 私達はそのまま、ターミナルに近接した百貨店の中に入って行った。駅空間とは違うが、この内部もまた、


「こんな豪華な空間のわりには、製品は安いんですね」


 ナガノはあちこちを見ると、そんな感想を述べる。


「流通がかなりの部分、うちの社で行えるからね。中間に掛かるコストが少ない分、価格を下げることが可能なんだ」


 なあるほど、とミンホウは手をあごに掛けながらうなづいた。ナガノはちら、と私の方を向いて問いかけた。


「それに、生産自体を社直属で行っている?」

「そう、それもあるね。一種の自給自足体制という奴さ」


 ふうん、と大きく彼はうなづくと、再び黙ってあちこちを見渡しだした。



「社長にしては上出来ですわ」


 彼等をスタッフとして紹介してからしばらくして、ミス・レンゲは言った。


「それはどういう意味だい?」


 そう問い返すと、彼女はふっくらとした指で私にお茶を差し出しながら、何を当然のことを、言いたげな表情になった。


「言葉の通りですわ。あの二人、もうずいぶんと馴染んでしまって」


 ふふん、と私が笑ってみせると、彼女は眼鏡の位置を直しながら、眉を軽くしかめた。


「だいたいうちの人間ってのはよそ者には非常に敏感なものなんですけど……」

「私の時もそうだったし?」

「社長」


 咎めるような目で、彼女は私を見た。母親くらいの年齢のこの私の秘書は、私がそういう言い方をするのを嫌がる。

 まあ実際、私がここに雇われ社長として赴任した当初というものは、確かにそうだったのだ。何せ私の「就職」は、所詮、縁故関係に過ぎない。

 その縁あった人物が、私という人間の能力を買ってくれていたとしても、だ。そんな内部の事情まで、会社の社員一人一人が知る訳はない。

 だから私はとにかく実績を出さなければならなかった。もっとも、沈みかけた船だったのである。そのまま沈んでも私の責任になったかどうか。

 いずれにせよ、私を社長に据えたドリンク・コート伯爵は、私が安定した企業に居るよりは、嵐の中に放り出される方が性に合っているということはよく知っていたようである。


「ああ、お茶のおかわりはいい。それより、コリドウ星域からの荷物が遅れていないか?」

「はい、また妨害がかかってます」


 彼女はさっと自分のデスクの端末に手を伸ばすと、私の前の端末へとそのデータを送った。


「コリドウからギャルリィあたりが現在、激しい戦闘状態になっている関係で、輸送が完全にストップしています。今のところ、コリドウからでなくてはならない製品はありませんから、さほど困ったことはありませんが……」

「代替品があるなら、何とかそれでカバーするように、指示してくれ」

「はい、既にその手配は済ませております」


 そして彼女はにっこりと笑った。


「ずいぶんと手回しがいいな」

「ナガノ君ですよ」


 彼女は即答した。私はさすがにそれには驚いた。


「社長が側近にでもするおつもりで彼を連れてきたのだろうとは私も思っていましたが、どうも彼はそれだけではありませんですわね」

「ふうん?」


 ではとりあえず「普通の」ポストにつけたのは正解だったな、と私は思う。

 ナガノとミンホウは、それぞれ連れ帰った翌々日から、このMA電気軌道の新しい一スタッフとして働いていた。私が連れてきた、ということは告げてはあったが、側近にする予定のことは決して口にはしなかった。

 おそらくは皆、この二人は私の身内か何かで、この就職が無かったのをそれこそ「私同様」縁故で入れるべく連れてきたのだ、と思っただろう。私の行き先がウェネイクだったことから、そう思われるのは目に見えている。

 とりあえずミンホウは、施設営繕課、ナガノは物資流通課の営業へとその居場所を移していた。どちらも、初めてこの会社で職につく人間がするようなポストである。すなわち、結構に厳しい。

 ところが、彼等は周囲と私の思惑に反して、実にあっさりとその場に馴染んでいたようである。


「ミス・レンゲから見て、二人はどうして評判がいいと思う?」


 そうですね、と彼女はいったん端末を切ると、眼鏡を直しながら私の方を向いた。


「ミンホウ君は、豪快君ですからね」

「何だいその豪快君っていうのは?」


 予想はついたが、一応聞いてみる。


「彼には総合大学出身の人間の持つ、ちょっとしたエリート意識みたいなものが全くないですからね。まずそれが一つ」


 ふむ、と私はうなづいた。


「彼はポリテク出身だからね」

「それに、その身体からは想像ができない程、フットワークが軽いでしょう?」

「例えば?」

「お聞きかもしれませんが、彼が来てから、実に営繕課の反応がいいんですよ。この社屋だけでも、所々破損した所があったのに、次々と修繕されてます。簡単なところは自分で率先して道具を持って作業してますね」


 私はふふ、と笑った。実に彼らしい。巨体に似合わずあの男は実によく動くのだ。

 婚約者はまだ向こうから来ないのだが、休みになると、彼女と連絡をとったり、新居に必要なものの買い出しを行ったり、実にかいがいしい。もっとも彼も、料理に関しては大の苦手ということなので、普段はこの直営百貨店の食堂で食事をしているという。

 「中位より少し上の豪奢感」をポイントに私が作らせたこの直営百貨店は、その一方で、使う側の懐具合を計算に入れている。ここにやってくる人々は、決して全てが全て裕福ではない。

 例えばこのプラムフィールドで、毎日を忙しく駆け回る営業マン。うちの会社である必要は全く無い。このプラムフィールドのコロニーは、実際に生産に当たるファクトリィは無いが、その第一次、第二次を問わず、ファクトリィで生産される物をウェストウェスト星域内、もしくは星域外にと輸出していくための会社が数多くあった。

 もっとも、私の会社はその中で最も大きい訳ではない。このウェストウェスト星域では、並外れて大きい企業が存在するのだ。

 複合企業体(コングロマリット)D。それは私の先輩、ドリンク・コート伯爵の持つ、この星域最大の企業だった。

 私はそもそも彼から、この企業内で落ちこぼれた一つの企業を渡されたのである。

 それはともかく、そんなプラムフィールドには、多数の営業マンが会社の数の数倍、数十倍存在する。その中の半分が手弁当であったとしても、あとの半分は何処かで食事を調達しなくてはならない。

 家庭持ちでなければ、その率はぐっと上がる。では彼等にも充分な食事を。それは必ずいつかこの場所へと跳ね返ってくる、と私は踏んでいた。

 最上階にある食堂のメニューは多い。だがその中でもっとも人気があるのは、結局「定食」である。

 価格は安い。だがそのわりには、何品かの料理がつき、そして主食をその場限りで、お代わりしても構わない。

 全体の量は、決して成人男子に合わせている訳ではないから、ここにやってくる腹を減らした営業マンは、必ずと言っていい程主食をお代わりする。パンの日であっても、穀類の日であっても、麺類の日であってもそれは変わらない。

 そして私はそういった客には、決して粗雑に扱わないように、厳命していた。副食の量自体は規格として同じにしていたが、お代わりをする彼等がそれを取りやすいように、中央へお代わり用のテーブルを設置していた。 

 ミンホウ・サイドリバーは、そんな食堂をよく利用し、そして真ん中のテーブルの常連でもあった。しかしそんな彼が言うことには、ナガノもやはりそうらしい。


「ナガノについては、どう思うかい? ミス・レンゲ」

「ナガノ君ですか。彼も実に手際が良いですね。しかも不思議と人うけが良いですわ」

「不思議、かな」

「不思議ですわ。ウェネイクの研究生だった、というだけでもある程度の壁やら溝やら作られるのが普通ですが、彼の場合、それに加えてあの容姿がありますでしょう?」

「容姿」


 それがいきなり出てくるとは。


「まあ女性社員に好かれるとは思ってましたが、男性社員も、彼のことは嫌いにはなれないようですね」


 ふむ、と私は目を丸くした。


「それは、恋愛の対象、という意味かい?」

「社長…… それは他星系の習慣でしょう」


 彼女は苦笑しながら言い返す。


「あまりこのウェストウェストではそういう習慣はありませんわ。少なくとも、私の生まれ育った時代にはあまりそういうことは。今の若い子達にしても、全くこだわりが無いということはないようですね」

「わかったわかった、私もあまりそういう習慣はないよ」


 ひらひら、と手を振ると、本当ですか? と彼女はやや言葉尻を上げた。私は笑ってそれには答えなかった。


「で、容姿が良いにも関わらず、男性社員のうけもいい、と。何故かな」

「だいたいあまり色男でしかも学歴があって仕事もできるとなると、同僚の反感を買いやすいものですが、どうも彼は、それを結構するするとくぐり抜けているようですね。私が見る限りでは、彼のかいま見せる子供っぽさかな、と思うのですが」

「子供っぽい? 子供っぽいかな」


 ええ、と彼女はうなづいた。

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