特訓

 その晩、親戚や近所の人たちが居酒屋に集まって、メグのために激励会を開いてくれた。はしゃぐ両親、涙を浮かべる祖父母、万歳をする町内会長、その場にいる誰もがメグへの期待を無邪気に口にした。笑顔を絶やさないメグだったが、部屋に戻るなり明かりもつけずにベッドに倒れ込んだ。


 母の雛子ひなこが布団を干しておいてくれたのだろう、ふかふかのそれは微かにお日様の匂いがして、不意に涙がこみ上げ、メグは奥歯を噛み締めた。


 今日は色々なことがあり過ぎたから疲れてるんだ、このまま眠ってしまおうとメグは思った。しかし、そう思えば思うほど頭が冴えて眠れない。ごろりと仰向けになると、半分開いたカーテンの隙間から漏れた月明かりがメグの顔を照らした。


 どうやら今夜は満月のようだ。満月を見ると、メグは魔法使いの道を選んだ十五歳の夜を思い出す。あの時の自分は夢と希望に満ち溢れていたのに、どうしてこんな落ちこぼれになってしまったんだろう。


「やめちゃおうかな」


「それもええかもな」


 いつの間にかゴン太が窓枠に座っていた。


「今帰ったで」


「ん」


「なんや、『遅かったねえ』とか『どこ行ってたの?』とか聞かんのかいな」


「新婚さんじゃあるまいし」


「『ご飯にする? それともお風呂? それとも、ウフフ』とかな」


「キモっ」


「大切なバディやゆうのに、えらい冷たいなあ」


「バディらしいこと何にもしてないじゃない」


「ほな、何したらバディらしい言うねん」


「……」


 バディらしいってどういうことなのか、改めて考えてみるとメグにもわからない。そばにいて、困った時には助けてくれる存在? 教科書には何と書いてあっただろうか。


「この部屋、暗ないか?」


 ゴン太がそう言うと、ベッドの四隅にぽっと明かりが灯った。ろうそくのようにほのかで優しい光だ。それからぽっぽっとあちこちが光り始め、大きな蛍が舞っているような幻想的な部屋になった。


「これみよがしに魔法使うのやめてくれる?」


「メグにもできる言うてるやろ」


「無理よ。教室でどれだけやってもできなかったもん」


「やり方が悪いねや。ベッドから起きたら教えたる」


 メグが黙って天井を見ている間、ゴン太は急かすこともなく月を眺めていた。やがてメグはゆっくりと体を起こした。


「ほんとにできるの?」


「満月の夜は魔法がかかりやすいんやで。今夜はチャンスや」


「……わかった。やってみる。教えてください」


 メグはベッドの上に正座した。


「ほないくで。まずは学校で習ったとおりに試してみぃ」


 メグはこくりと頷くと、左手の指輪に口づけをして言った。


「明かりを灯せ」


 沈黙が続いた。何も起こらない。


「ほら、やっぱり私には無理よ」


「メグ、手出してみぃ」


「手?」


「そや、左手や」


 メグは眉をひそめつつもゴン太の目の前に左手を差し出した。すると、ゴン太の指先から光が出て、メグの掌に星の記号が現れた。


「これは何?」


「着火剤みたいなもんや。ええか、メグ。自分が信じておらんさかい、いつまで経っても光らへんねん。始めからそこにあると信じなあかんねや」


「イメージが大事ってこと?」


「そや、イメージや。それからいちいち指輪にちゅっちゅちゅっちゅせんでもええねん」


「でも、学校では最初にそうやって習ったんだよ」


「指輪は魔法の大道具が詰まっとる倉庫みたいなもんや。こんな初歩の魔法には必要あらへん。ゴマをナイフとフォークで食べるようなもんやで」


「へえ、そうなんだ」


「教科書に書いてあったやろ」


 黙って目を逸らすメグ。


「まあええわ。ほないくで。本気出しや。まず左手の指先を目の高さに合わせてじっと見るんや」


 メグが言われた通りにすると、すぐに指先が微かに光り始めた。


「ねえ、もう光ってるんだけど!」


「せやからそれが着火剤や。光は尖ったところにつきやすいんやで。まずは深呼吸や。大気中のエネルギーを体に取り込むイメージや。エネルギーがいっぱいになったら、指先に向けて送り出す。光が大きぃなるイメージと一緒にな。うまくいけばほんまに大きなるで」


「わかった」


 メグはゆっくりと呼吸をしながら、指先に全神経を集中した。体の中が熱くなってきたように感じたその時、不意に背中をトンと叩かれ、それと同時にメグの中指の先がふわっと光った。


「できたやないか」


「え、今のはゴン太がやったんじゃないの?」


「わしはキッカケを作っただけや。メグの中に溜まったエネルギーが行き場をなくしてたさかいな。エネルギーが十分溜まった時にタイミングよく流すことが成功の秘訣や。もう一回いくで」


「うん!」


 メグは夢中になって何度もチャレンジした。次第にエネルギーが溜まる感覚と放出するタイミングがわかってきた。


「さあ、次は背中叩かへんで。ええか、スイッチをパチッと入れる感覚やぞ」


 メグは大きく頷くと、目を閉じて深呼吸をした。漂うエネルギーを胸いっぱい吸い込むと、それがくるりと渦を巻く瞬間が来る。


今だ!


「灯れ!」


 メグが叫ぶと同時に、左手の指全部にぽわっと明かりが灯った。


「できた! ゴン太、見て! できたよ!」


 はしゃぐメグを見てゴン太も相好を崩す。


「せやからできる言うたやないか」


「ごめんなさい、ゴン太、あたしゴン太のこと信じてなかった。ありがとう、ほんとにありがとう! これで使える魔法が三つになったよ!」


 メグはベッドの上で小躍りしている。


「そうか、良かったな。で、残り二つは何やねん?」


「ひとつは遠視。ほら学校でゴン太の喧嘩見た時の。これはけっこう授業でも褒められたんだよ」


「せやったな。ほんで、もうひとつは何や?」


「ブツブツブツ」


「何や?聞こえへんぞ」


「鉛筆倒せる」


「ほー、一度に何本や?」


「一本……」


「は? 一本? そんなもん吹いたら終いやないかい。赤ん坊でもできるで」


「吹いてないもん。念で倒せるもん!」


「そら、移動系魔法の第一歩やけどな。それにしても鉛筆一本て……」


 クックックッと低く笑い続けるゴン太に、メグは口を尖らせた。


「もう、ムカつく! せっかくマカロンの件水に流そうと思ったのに残念だわ」


「そないむくれなや。かわいい顔が台無しやで」


「うるさいっ」


「メーグちゃん!」


「黙れデブ猫」


 いつの間にか満月はすっかり西の空に傾いていた。

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