魔法使いメグとデブ猫ゴン太の公務員日誌

いとうみこと

卒業

噂の種

「問題! 魔女が連れている動物と言えば?」


「猫!」


「ピンポン! では、その猫の色は?」


「黒!」


「ピンポンピンポン! では、その体型と言えば?」


「シュッとしてる!」


「ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポ〜ン!」


「さっきから何やねん、そのひとりクイズ大会」


 爪楊枝を咥え、膨れた腹をさすりながらゴン太が言った。このゴン太、メグの部屋に来てからというもの、ワイドショーとバラエティ番組を見ながら食っちゃ寝食っちゃ寝の自堕落な生活を続けていて、メグの堪忍袋の緒はとっくにぶち切れていた。さっきもメグがお昼に食べようと思っていた冷凍パスタをゴン太が勝手に食べてしまい、ひと悶着あったところだ。


「他にすることないねんからしゃあないやん」


 しれっとした顔で言い放つゴン太。


 ったく! 大体、なんで私がこんな奴とバディを組まなきゃならないのよ! もうヤダ、誰か代わって!


 メグは荷造りをしながら心の中で悪態をついた。さすがに面と向かって言う勇気はない。いや、さっきのひとりクイズ大会で既に伝わっているとは思うが。




 彼女の名前は望月メグ、十八歳。この春、日本魔法学校を卒業したばかりだ。残念ながら上の学校に行けるだけの資質はなかったので、四月から公務員として県庁で働くことが決まっている。


 と言うのも、生まれながらに魔力を持つ者は、十五歳の誕生日を過ぎた初めての満月の夜、魔法と共に生きるか、それとも魔力を捨てるかの選択を迫られる。一度魔力を手放せばもう二度と手に入れることはできない仕組みだ。


 メグは迷わず魔法使いの道を選んだ。


 魔法使いになる者は必ず魔法学校に進まねばならず、更に将来は公務員になる決まりで、これは全世界共通のルールだ。従って、好むと好まざるとに関わらず、また有能であろうとなかろうと、彼女が公務員になることは十五歳の満月の夜に決まっていたのだ。


 そもそも、天性の魔法使いかどうかは生まれた瞬間にわかる。その選ばれし子は、掌に光る星を握って生まれてくるからだ。その光が強ければ強いほど魔力も強いと一般には言われているが、光の感じ方は人それぞれのため統計データはない。魔力を持つ子どもは日本ではおよそ十万人にひとりの割合で、その九割が女児である。


 兄がふたりいて、初めての女の子として生まれたメグの掌に星を見つけた時、魔法使いに憧れていた両親は小躍りして喜んだらしい。ゆくゆくはメグが世界的に活躍する魔法界のスーパースターになることを夢見て、全力で応援し続けてくれている。


 だが、メグの成績は芳しくなかった。魔法理論や歴史などの学科もだが、実技がさっぱりで、未だに使える魔法は二つしかなく、これには担任の先生も呆れていた。もしメグが魔法使いでなければ、県庁に就職するのは不可能だっただろうというのが彼女の見解であり、メグもそれを認めざるを得ない。


 だからこそ、応援してくれる両親のために、今度こそ頑張って実績を残そうとメグは意気込んでいた。卒業式のバディとの対面のその時までは、誰よりも張り切っていたのだ。


 ところが、メグにあてがわれたのは茶トラの太っちょのゴン太という名前まで冴えないオヤジ猫だった。同級生はみんなシュッとした黒猫を従えているというのに、何故かメグだけが茶トラのデブ猫……なぜ? どうして? 私は誰からも期待されてないの? メグの気持ちはその時から沈んだままだ。明日には寮を出て実家に戻ることになっているのに、荷造りする手も止まりがちになる。


「メグ! コーラうなったで、うて来てや」


 反論する気にもなれず、メグは黙って財布を掴んだ。どうせ昼ご飯を買いに行かなければならない。


「ダイエットコーラやで」


 無駄な抵抗じゃないのと思いつつ、メグはドアを開けた。既に殆どの生徒が退去し、在校生も帰省中の寮は閑散としている。玄関を出て、校舎の方へ回ってみたが、こちらも人の気配はない。車が何台か停まっているのは、宿直の先生方のものだろう。


「こことも明日でお別れか」


 玄関脇のモクレンが今を盛りに咲いている。正直言って、劣等生だったメグにあまりいい思い出はない。それでも三年間を過ごした場所には思い入れがあった。


 メグはスマホを取り出すと、校門の前で校舎をバックに自撮りをした。トレーナー姿で髪もボサボサだけれど、赤レンガの校舎に白いモクレンが映えてとてもいい写真が撮れていた。


「ん? 何これ?」


 ふと違和感を覚えたメグは、今撮った写真と校舎を見比べてみた。すると、屋上に何か黒い影が写っているのがわかった。


「コーラはどないしたんや」


 急に耳元で声がしてメグはスマホを落としそうになった。気づかぬうちにゴン太が肩に乗っていたのだ。いや、正確には肩のところで浮いていた。本当に乗られたら鎖骨が折れてしまう。


「ってか、浮けるんかい!」


「メグは浮けんのかいな、魔法使いの癖に」


 グサッと刺さる言葉を平気で言うゴン太だが、魔力はそれなりに強いのだろう、こんなふうに寝そべった姿勢のまま浮いていられるのだから。


「なんぞ厄介なもんがいてるな」


 そう言って屋上を見つめるゴン太の顔は、いつものおっさん顔と違って鋭さが垣間見える。


「メグ、今財布の中に本物の金はいくらある?」


「本物って……六千円だけど」


「ちょっと借りるで」


「え」


 メグが返事をする間もなく、財布からお札がするりと抜けてゴン太の手に渡り、と同時にその姿が消えた。


「え、え、え、どういうこと?」


 混乱するメグの耳に言い争う声が聞こえてきた。どうやら屋上に誰かいるようだ。メグは左手中指の指輪に口づけをして言った。


「屋上の様子を見せて」


 すると目の前に、ゴン太ともう一匹の猫が見えた。前掛けをしてコック帽を被っている。どこかの中華料理屋だろうか。


「よくも俺を騙したな。お前がツケの清算をするって寄こした金はみんなニセ金だったぞ」


「すまんかった。ほんの冗談や。悪気はなかったんやで。ほれ、ここに六千円ある。今日のところはこれで堪忍してや」


「ふざけるな! もう騙されないぞ。このことを学校にバラして、お前をここにいられなくしてやる」


 そう言うと、手に持っていた何かを校庭に向かってばら撒いた。


「何してくれんねん!」


 ゴン太は空高く舞い上がった。途端に強烈な風が渦巻き、空中に散らばった何かをその手に吸い寄せた。


「ホンマにすまんかった。近いうちに必ず返すから今日のところは勘弁してくれ!」


 屋上に戻ったゴン太は大袈裟に土下座を繰り返した。他の手立てを考えてなかったのだろう、コックは渋々金を受け取ると、ゴン太を睨んだままふっと消えた。


「恥ずかしいとこ見られてしもたな」


 呆気にとられていたメグの目の前に、ゴン太の実体がすっと現れた。


「あれは何? あのばら撒いた奴」


 ゴン太は短い腕をにゅっと突き出して手を広げてみせた。肉球の間に細長い種のようなものが詰まっている。


「これは『噂の種』や。地面に根付くと芽が出て花が咲いて、その花が噂を流しまくるっちゅう寸法や。恐ろしいことにひと晩で大きなって、七十五日は枯れへんのや」


「ああ、教科書で見たことある! これがそうなのね。てか、あの猫さんは何? 猫の中華屋さん? どこでお店してるの? 許可なく魔法道具使ったら罰せられるんじゃないの?」


「一度に質問すな。ここは学校の敷地内やからギリセーフやろ。それにしても危ないとこやった。もう少しでクビになるとこやったわ。これからはちゃんと返さんとな。メグ、また金貸してな」


「何でよ、ゴン太だってお給料出るんでしょ? 自分で払いなさいよ」


「わし、エンゲル係数高いねん。後生やさかい、頼むわ」


「やなこった」


「何でも言うこと聞くさかい」


「信用できません!」


「なあ、メグちゃ〜〜〜ん」


「キモっ!」




 こうして、メグとゴン太の魔法生活は幕を開けた。


 因みに、噂の種がひとつ屋上に残っていたことを、まだこのふたりは知らない。

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