10

 明かりの絞られた階段を静かに登る。動悸を必死に抑えて平常心を取り繕うが、手の震えが止まる気配はない。トウタは自室の前で立ち止まり、一人呟いた。

「これでまだ……ヒーローになりたかったなんて…思ってるんだから……救いが無いよ……」

 見知らぬ女の子に、期待の眼差しを向けられただけでこの様だ。もう既に自分は壊れてしまっているのだろう。こんなガラクタみたいな自分に、寛容な世界などありはしない。あってはならない。

「でも確かにこの世界なら……生まれ変わらなくてもヒーローになれるんじゃ……」

 事ここに至ってそんな事を考え、深い自己嫌悪に陥った。

ユリアに何を問われて自分は何と返したのか、忘れるなんて虫がよすぎる。

「結局ユリアちゃんの……僕の見立ての方が正しいって事に……あれ?鍵が開いてる」

 鍵を開けようとしたが、既に鍵は開いていた。トウタは出る時、確かに鍵を閉めた筈だ。

 ユリアが開けて外に出たのか?

ゴソッゴソソ

「っ!?」

(誰かが……中に侵入してる!)

 風区数の人間の気配を感じ、最悪の想像に背筋が凍る。

「ユリアちゃん!」

慌てて扉を開け、部屋の中に入った。部屋は暗く、全容が掴めない。しかし目の前の誰かが右拳を突き出してくるのが確認できた。

「これくらいなら!」

 トウタは拳を避け、そのまま手首を掴む。相手の背中に腕を回して、思い切り捻り上げた。

「いたたたた!」

 どこかで聞いた声が聞こえたが、その瞬間、後ろから何かで殴られた。

「ぐ……『ディレイ』!!」

 トウタは痛みで、思わずスキルと唱えてしまう。途端に周りの動き停止し、やがて途切れ途切れの高速で高速に塗り替わる。

「がは!!」

「ぎゃああ!腕が!!」

 ディレイが解け、トウタは一人の腕を捕まえたまま床に倒れた。右腕を掴んでいた男は、『腕が折れた』だのと騒いで床をのたうち回っている。

 トウタはと言うと、背中を何発も殴られた様な痛みに襲われ、息が出来なくなっていた。

(なんだ……これ……)

 そういえば遅くなった世界の中で、早送りのように複数回背中を殴られた気がする。

(これってディレイ中のダメージが…一気に来たの…?……やっぱり使えない能力だ……)

「おら!」

「っ!?」

 床に倒れたトウタに、別の男の踏み付けが肉薄する。

 すんでの所で足を避けたトウタは、起き上がり、中腰の体勢になる。

「『ディレイ』!!」

 飛んできた男の右足を、スキルを発動させて止めようとする。しかし暗闇で目測を誤ったのか、手甲を付けていなかったからか、相手にはディレイが掛からず、自分だけが遅くなってしまう。

(しまった……!)

 相手は足を掴もうとしたトウタの腕を蹴り払い、即座に二発目の蹴りを放つ。

 あの足を避けて反撃しないと!!

 トウタはすぐにスキルを停止して、男に殴り掛かる。

「え?」

 男はトウタを見失ったのか、蹴りが空を切る。

「はあ!」

「うわあ!」

 男がたたらを踏んでいる隙に、トウタが男の横っ面を殴り付ける。男は壁に激突し、地面に倒れた。

「おーおー、中々強いな。坊主『ファイア』」

「うわ!」

 ベッドの上に三人目の男がいたらしい。突然目の前に炎が広がり、死りゃおくをうあ場われる。

「こいつ!よくも殴ってくれたな」

「しま……うぐ!」

 先程殴り倒した男が立ち上がり、トウタを組み伏せた。

 床に押さえ付けられたトウタは暴れるが、ベッドに居た男の厭らしい声で止められる。

「動くなよ、この子がどうなっても良いのか?」

「卑怯…だ……」

「負け犬になるくらいなら、卑怯で結構だぜ」

男はトウタにナイフを見せ付けるようにナイフを揺らし、ベッドで眠るユリアの上に跨った。彼女の胸のふくらみが、ゆっくりと上下している。

 ナイフを持つ彼は昼間に広場で絡んできた金髪で長身の男、タカだった。腕が折れたと騒いでいる男がトンビで、トウタを押さえ付けているのがワシ。

「まあ、坊主が大人くしたところで、この子はどうにかするんだけどな、あっはっはっはっはっ」

 タカは眠っているユリアにナイフを突きつける。刃をひたひたと頬にあててから、ゆっくりと下げていく。そしてユリアの服のボタンに充てると、一つ、また一つと千切っていった。

「ユリアちゃん!」

「うるせーなー、小僧。騒いだって外に音は聞こえないし、ユリアちゃん?は起きねーよ」

「そんな……」

「部屋にはサイレントのスキルを使ったし、ユリアちゃんには、これ掛けてるからな。『スリープ』のカード」

 タカはカードを見せつけ、勝ち誇ったように笑う。ナイフで下着を引き裂くと、露になった胸を乱暴に揉みしだいた。

「意外といい体してんな。ああ、すっと眠ったままってのももったいないし、一周り楽しんで、この子が抵抗する体力無くなったら、今度は起こして楽しむか。こんな可愛い女、小僧にはもったいないっつの」

「彼女を離してよ……!!」

「うっせーっての!ほら、こんなに摘まんでも揉みしだいても、もう起きねーんだっつの」

 タカは興奮した声で言い、トウタにカードを投げ付けた。

「『スリープ』。夢に落ちとけ。目が覚めたら全部終わって、俺達もユリアちゃんもいなくなっているからよ」

「う……く……そ……」

 スキルが発動し、トウタは強烈な眠気に襲われる。

血管中を鉛が這い回り、脳が重い睡魔に溶かされるよう。抵抗出来ぬ夢の中に、トウタは深く沈んで行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る