クマのいる生活

 マンションに帰ってくると、掲示板に紙が貼られていた。


『当マンションはクマを設置することに致しました。購入と維持にかかる費用は管理費から捻出いたしますので、住人の皆様のご負担はございません』


 どうやら、うちのマンションもようやくクマを置くことにしたようだ。


 クマはいい。


 クマが一頭いるだけで、泥棒はすっかり怯えてしまって近寄らなくなる。


 どんなクマが来るのだろう。


 強くて大きいヒグマだろうか。


 それとも、今はやりのシロクマだろうか。


 ツキノワグマだったら少し頼りないけれど、愛嬌があって楽しそうだ。


 色々なクマがエントランスをうろつく姿を想像しながら、私は自分の部屋にたどり着き、夕食を食べて眠りについた。


 それから何日か経ったある朝。


 私は仕事に行くために、いつもの時間に部屋を出た。


 エレベーターで一階に降り、正面玄関に向かって歩いていく。


 すると、視界の端に何かが映った。


 エントランスのすみのほうに、黒っぽい何かが置いてある。


 目を凝らして、じっと見つめてみた。


 クマだった。


 足を広げて床に座り、ぼんやりと宙をながめている。


 しかし、ずいぶんと小さい。


 どう見ても小学生くらいの大きさしかない。


 ぬいぐるみかも、と思ったが、近づくと顔を上げて、私の顔をじっと見つめてきた。


 生きている。


 本物のクマのようだ。


 どういうクマなのか気になったけれど、私は仕事に行かなければならなかった。


 何とか遅刻はしなかったが、私はあのクマが気になって仕事に集中できなかった。


 仕事が終わりマンションに帰ると、あのクマはまだ同じ場所に座っていた。


 もしかして、一日中あそこに座っていたのだろうか。


 それから、私はあのクマがあんまりにも変わっているので、自分なりに調べてみた。


 どうやらあれは子グマなのではなく、あれ以上は大きくならない種類のクマのようだ。


 何日か観察もしてみたが、警戒心もまるでない。


 普通のクマなら住人以外が前を通れば威嚇くらいはするのだが、あのクマはぼんやりと眺めているだけで立ち上がろうともしなかった。


 動くのは住人が何か食べものを買って帰ってきた時くらいで、その時だけは鼻をピスピスと動かしながら、エレベーターの近くまでついてくるのだ。


 これでは、とても防犯になりそうもない。


 私は管理人さんをつかまえて聞いてみた。


「いったい、何のためにあのクマを買ったんです?」


 すると管理人さんは、


「とくに何のためってことはないんですけどね、可愛いから、おもわず買ってしまったんです」


 と答えた。


 自分がほしいものを、マンションの管理費で買ったのか。


 私は呆れたが、怒る気持ちは湧いてこなかった。


 たぶん、クマがこっちを見ているからだ。

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