ヒツジ、独白

 人間は何か勘違いをしているようだ。


 まず、私たちの体を包むフワフワは毛ではない。


 そんなことも知らずに『羊毛百パーセント』などと表示されるのは、はなはだ不愉快である。


 私たちが飛び跳ねるのを得意とすることは無知な人間でも知っているようだが、どこまで飛べるかは知らないようだ。


 私たちは遙か山を越え、雲の高さまで飛ぶことが出来る。


 そう、私たちの体を包んでいるフワフワは、雲なのである。


 あれは実に軽く、実に暖かい。

 世界でも、あれを身にまとえるのは、私たちのほかにアルパカくらいのものだ。


 あのフワフワは、一度飛んだだけでは手に入らない。


 何度も何度も飛んで、少しずつ体につけていく。


 それだけではない。

 

 雲の中でクルクルと回転しなければ、あのフワフワを均等に巻きつけることは出来ないのだ。


 その技を会得するために、私たちがどれほどの時間を費やし、修練を積んだことか……


 それなのに人間は、私たちが懸命に手に入れたフワフワを、さして苦労もせずに奪っていってしまう。

 

 あのフワフワの素晴らしさを知って、それを身に付けたいという気持ちは分かる。

 

 だが、自分たちは空を飛ぶ機械を持っているのだから、それに網でもつけて集めればいいものを、なぜ私たちから奪うのか。

 

 憤慨ふんがいに堪えない。

 

 そして、もう一つ。

 

 なぜ私たちに、あの「ワシッ、ワシッ」と不快な声で鳴くイキモノをけし掛けては、追い回させるのか。

 

 まったくもって疑問である。

 

 どうやら私たちを柵の中に入れたいようだが、それならば何もイヌに追わせずとも、「こちらに来て下さいませんか」と一言いえば通じるのだ。

 

 それで行く、行かないは私たちの勝手だが、礼節さえ守れば考えてやらないこともないというのに。

 

 私たちには、言葉が通じないとでも思っているのだろうか。

 

 それは浅慮せんりょというものだ。


 この星が生まれてから現在に到るまで、全ての生物には人と同じだけの歴史がある。


 なのになぜ、人以外の生物にも言葉を解する能力がある、ということに考えが至らないのか。


 全くもって、不見識極まりない。


 そして、私たちは言葉を発することがないから自分たちよりも下等だと考えているなら、それは思い上がりである。


 しゃべることが出来ないのにも、ちゃんとした理由があるのだ。


 言葉をしゃべることが出来ると、なんでも言葉にしないと気がすまなくなってしまう。


 そして言葉にしてしまうと、必ず違う考えを持つ者が出てくる。


 考え方の違いは、派閥を生む。


 そして派閥は、争いを生むことになるのだ。


 遙か昔に私たちの先祖はそれを悟り、自らをいさめ、言葉を発する事を禁じた。


 人は、言葉などをしゃべることが出来るからこそ、愚かなのだ。


 そして、その愚かさの極みこそ『戦争』という行為だ。


 言葉など覚えず、サルのまま、いつまでも「キャッ、キャッ」と喚いていればよかったものを……


 …………


 ………私としたことが、つい、熱くなってしまったようだ。


 私たちとしては、フワフワを奪わず、イヌに追わせないならそれでよいのだ。


 人同士が争い、互いに滅びようと知ったことではない。


 願わくばそのときに、私たちを巻き添えにはして欲しくないものだがね。

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