超短編小説群

布施鉱平

崩壊スイッチ

 人は皆、平穏に暮らしたいと望んでいる。

 

 だがその反面、自らを危険に晒してでも刺激を味わいたいという願望が、心のどこかにあるものだ。


 私は日々、そんな欲求に駆られている。


 仕事に行くたび、デパートに行くたび、私を誘惑するものがある。


 火災報知機の『押す』というボタンだ。


 押せばけたたましく音が鳴り、上司や同僚は慌て、デパートの店員は客を誘導するだろう。


 そして、混乱を巻き起こした私は、知らん顔をしている。


 平静を装いながら、手に汗をかき、事態の行く末を見守るのだ。


 得られるものは何もない。

 

 緊張と罪悪感があるだけだ。


 だが、小さなボタンを押すだけで、私は自分の心の平穏を壊すことができる。


 それは何故か、とても魅力的なことだと思うのだ。

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