第12話




「……殿下、……ライラ殿下!またですか、もうみんな帰られておりますよ!」



肩を揺すぶられているのに気づくと、私ははっと窓の外を見た。



外は真っ暗。明るい月は雲に隠れている。



「……ああ、もう夜ですか。早いですね…」



私はうーん、と椅子の上で伸びをすると、私を気づかせてくれたメイドにお礼を言い、立ち上がって部屋に戻った。




現在の私は6歳である。



マリアの仕事を手伝い始めてから1年弱、ようやく仕事の効率化や人事が済み、働き方改革が軌道に乗り始めた。



私やマリア、ソレイユは死に物狂いで働いできたが、最近は余裕が出てきたので、ソレイユと私は勉強にも力を入れ始めた。



しかし、私とソレイユは神童である。


ソレイユは、他の貴族の子供達が学園で習う内容を既にマスターして、発展的な研究や王の権力を少しずつ奪う算段をつけているらしい。


私はといえば、これまで受けてこなかった教育やマナー、学園で習う内容まで全て完了した。王家の色についてとやかく言う教師は、私の頭の良さと武術を見ると勝手に黙ってしまったので、それほど害になることはなかった。



暇になると王宮の書庫で古文書から論文まで読み漁っている。

勉強は嫌いではない。たくさんの知識が頭に入るのは心地良さすらある。



私はその日の夜も本をいくつか借りると、部屋のソファで読書をしていた。机には、メイドが入れたのかティーカップが置かれている。


私が読んでいるのは、木を増やす方法の載った本である。呪文を初めて使った祝福を与えたあの木の枝を、少し増やそうと思ったためだ。



調べてみると、あれは珍しい木らしく遠い異国でしか栽培されていないらしい。くまなく探したが、その程度の情報しか手に入らないほど珍しいものだった。

鳥がどこからそんな貴重なものを運んできたのかは不明だが、私はこれを運命のように感じたので、大切に育てようと思ったのだ。


私はティーカップを持ち上げると、活字の海に目を落とした。





一度本を読み始めると、なかなか周りのことに気づかなくなる人は結構多いらしい。



ただ、私は本を読んでいても周りの空気は鮮明に感じるほうだ。というか、どこにいてもリラックスすることは出来ない。




なぜなら




私は窓の方から飛んできたナイフを、ソファからおりて横に転がることで回避した。テーブルのランプを消して真っ暗闇にすると、窓から何者かの気配が動くのがわかった。

すぐに起き上がると、私は部屋に侵入してきた暗殺者に蹴りをお見舞する。すんでのところで交わす暗殺者はすぐさま私の喉元を狙って短剣を突き立てようとする。


暗殺者の狙ったナイフは私の首をかすり、ぱっと鮮血が飛び散る。



私はにいっと笑うと暗殺者に飛びかかった。




先程置いてあったティーカップには、体の動きを鈍らせる植物の匂いがした。



毎日仕事や勉強で忙しくても体が鈍らない秘訣をソレイユによく聞かれるが、これである。



一日の終わりにはやっぱり、本気で命を狙ってくる暗殺者との攻防がなくては!



さあ、今日も私の勝ちだ。



私は床に倒した暗殺者の首を絞め落とすと、念入りに首を折って窓に捨てた。



窓から捨てると、小人か誰かわからないがいつの間にか掃除をしてくれる。



私はふぅとため息をつくと、床についた泥や血を丁寧に拭き取っていった。



マリアやソレイユにバレるわけにはいかない。私一人が傷つけば、みんな幸せになれるのだから。


私はくすくすと笑いながら、鏡に映る傷だらけの体を見た。夜闇の中にキラリと光る私の目は、獣のようでおぞましかった。



私はランプに灯りをともすと、切りつけられた首の傷を見る。どうやらあのナイフには毒が塗られていたらしい。


私はいつものように毒消しの薬草を飲んでベッドに入った。まだ真夜中には程遠いが、女の子のお肌を綺麗に保つためには早寝が大切だ。



それに何だか、最近体調が優れない。


私は息苦しい胸を気にしながら、眠りに落ちていった。




翌朝、私は朝早くに目が覚めてしまった。



まだ夜も明けきっていない。昨日の毒のせいで、体が水を欲しがっているせいだ。



私は強い眩暈と吐き気を感じながら、水差しを探す。あいにく、水差しの中身はからで、私は外に出て水を貰ってこなければならなくなった。

こんなことでメイドを起こすほど私は偉くない。



私は廊下をフラフラと歩いていき、厨房にいた人に水を貰う。ぼーっとしていることを心配されたが、私は笑って大丈夫だ、と言い来た道を引き返して行った。



「あ……庭のスノードロップ、咲いてるかな」



私は、急に植物の様子が見たくなり、庭の方へと歩いた。



花壇の花は薄暗くてよく見えないが、私に楽しそうな様子を感じさせる。緑の癒しのおかげで、植物の様子がよく分かるのだ。



私は少しの間植物と戯れ、そろそろ戻ろうと王宮の中へ入っていった。少し遠回りになるが、執務室の前から自室へ行こう。



ふと気づくと、執務室には明かりがついていて、中から誰かの話し声が聞こえる。私はそっと息を潜めながら部屋の前をとおりすぎた。




「……ライラは、王家には手に負えませんか。」



ソレイユの声と、私の名前が出たことに動揺して、私は足を止めた。




その拍子に持っていた水差しの水がぴちゃりと廊下にこぼれてしまい、私は慌てて執務室から見えないように体を隠した。



執務室の中にいるのはソレイユとマリアのようで、彼らは私に気づく様子もなく会話を続けた。



「……あの子は賢い。貴族達がそれに気づき始めたでしょう。あの子に仕事を任せたら予想以上の出来が帰ってくるわ。顔も良いし、何よりソル、あなたの苦手な武術も得意よ。王家の色を持たず生まれてきて、可哀想に生まれ育った悲劇の第二王子。おまけに傾国の美少年ときた。新興貴族が持て囃しそうね?」



マリアはため息をつくと、ペンでコンコンと机を叩いた。



「ソレイユ、決断しなければいけない時が来たわ。あなたも13でしょう、取り巻きも増えたし、婚約者もいる。第一王子派は結束しているけど、長引くと公爵家が動くわよ。あの子の周りは危ない、早く決めないと。」



「……私は、正直に言うと分からないのです。あの子はたくさんの努力をしてここに立っている。王家の色を持たないせいで皆から浮きながらも、その実力で着実に信頼を得てきた。生まれた時から持て囃されている私と違って。……それを、王家の色がないからという理由で王族籍から抜かすなんて、……私は何回あの子を傷つければ済むのだろう……」



ソレイユの肩を抱くマリアの声が聞こえる。



「あなたはよく頑張っている。それは、本来私が全て背負わなければ行けないものよ。そして、これからはあなたが背負う。私達は、国のために情を捨てなければいけない。……あなたもわかるでしょう。」




「……私はたまに思うのです、…いいえ、本当はいつも思っていました。あなたも本当は思っているのでしょう?」



ソレイユは静かに、掠れた声でマリアに問いかけた。



「きっとあなたが思っているのと同じよ、ソル。……それでも、あなたが王になる。これは決定事項よ。あの子は……」



マリアとソレイユは、ひとつひとつの言葉に傷ついたような声をしながら、薄く笑った。



「あなたも気づいているでしょう。あの子は、ライラは絶対に私達に心を開かない。心の奥底では何かに絶望して、本当のところは私達を信用してなんかいない。……諦めたような目を見ていると、悲しくなります。守ってあげたいと思います。でも、私は自分が一番かわいい。」




いつも、ライラがいなければと、……考えているのです




私は、それ以上聞いていられずにその場を立ち去った。人がまばらに増えてきた廊下をふらつきながら進み、自室に戻る。



私は、くんできた水差しの水をグラスに入れがぶがぶと飲む。



喉の渇きが癒えると、私は窓を飛び越えふらりと庭におり、裸足のままあてもなく庭を歩いた。虫が足の裏で潰れるのも構わず、私は薬草をつみ、花に水をあげ、木に登って地平線を眺めた。



ぐちゃぐちゃになった感情を心の底にしまい込み、いつの間にか日が昇っているのに気づくと、部屋に戻ろうとぼんやり考えた。



私は木から滑り降りると、また部屋に戻るために庭を歩いていった。



「……あれ……」



庭の片隅に、小さな穴が空いている。人が1人通れるくらいの穴で、城壁も崩れているようだ。



その穴を見ていると、庭がにわかにザワザワとし始めた。植物が、庭に誰か向かっていることを教えてくれている。

私は、穴に背を向けてゆっくりと歩き始めた。




部屋に戻り、着替えを済ませるといつものようにマリアが訪ねてくる。



私はいつものようにマリアと談笑し、仕事場に行くのか勉強をするのか訊ねる。



すると、マリアはにこやかに、そして不自然な笑みを浮かべながら私の肩に手を置いた。



「ああ、それならもうしなくてもいいのよ。」




私の顔は上手く笑えているだろうか。




「……あ、そうですか。わかりました。」



私がそう言うと、マリアは何かを言いたそうな顔をしたが、それを押し込めたように言った。



「…仕事はあなたのおかげで落ち着いたし、勉強も十分すぎるほどしたでしょう?それに、あなたはゆっくりする時間があまりにもなかった。今日からはのんびり休暇を楽しむといいわ。じゃあ、私はそろそろ行くわね、良い一日を。」



マリアはそう言うと、部屋の前に姿を現したソレイユと共に足早に廊下を歩いていった。




私は、マリア達が廊下を曲がり、姿が見えなくなったのを確認するとそばを通りかかったメイドにお茶と軽い朝食を部屋に運んでほしいと頼んだ。



私はソファに沈み込むと、はあ、とため息をついた。



要するに、もう私に用はないということだ。



少し予定より早まったが、問題ない。




部屋に届いた朝食を食べながら、私はぼんやりと考える。



(そう言えば、さっき見たあの小さな穴。人が一人通れるくらいで、私なら余裕で通れる。それに、あの方向は城下町の冒険者ギルドがある方向。)



今日行けってことだろう?神様



私はそう結論づけると、急いで朝食を片付けた。



机にしまい込んでいたお金を少々持つと、クローゼットから1番動きやすい服を身につけ、紺色のカーテンで縫った顔まで隠れるローブを羽織る。暇な時に裁縫の練習で作ったものだ。意外と自信作である。



私はそっと庭に出ると、周りに誰もいないことを確認して、庭の奥へと進んだ。少し息苦しいような目眩がしたのも気にせず、私は穴の方へ近寄った。



いつも私の様子は誰も気にしないし、書庫か庭のどこかにいると思われているはずだ。誰かにバレることはないだろう……多分。



私は、少しドキドキしながら城壁の穴へ手をかける。




未知なる世界へ胸を高鳴らせながら、光り輝く穴の中へ潜り込むと、私は城下町へ降り立った。




さあ、やってやる。王家の色がなんだ、王子がなんだ。私は自由になりたい。




城下町の賑やかな雰囲気に飲まれながらも私はそう考えた。はたと気づく。



そうか、私は自由になりたいのか。



私は少し軽くなった心を抱えながら、たくさんの人や店を眺めながら冒険者ギルドを探し始めた。

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