シンデレラになりたい私の話
毬谷 朝一
序章
第1話
…寒い。またいつもみたいに布団を蹴っ飛ばしたのかと、私は手探りで布団を探す。
…………あれ……おかしいな。いつもと布団の肌触りが違う?
それになんだか……何かが小さいような……
これ……私の手が、ちいさい?
その瞬間、私の意識が覚醒する。
!?体が動かない!?
いや、動くけど……違う、これは……
私は自分の体を見てパチリと目を瞬かせる。
私の体が、赤ん坊になっているんだ。
動かないと思ったのは、いつもと体の大きさが違ったから、かな。
その事に気がつくと、緊張していたのか固くなっていた体から、ゆっくりと力が抜けた。
私は、赤ん坊じゃなかったはずだけれど……
その疑問の答えはひとつしか考えられない。
この前本屋さんで並べられていたラノベにそういった内容の本があった。
これは、多分、きっと、おそらく、転生だ。
……ああ、そうか。そうだった。私は死んだ。学校から帰る途中、路地裏の冷たい地面で、不審者に襲われて殺された。
私の脳裏に、冷たいナイフの感触と地面の硬さが蘇り、背中がひやりとする。
……私はあのとき、死んだんだ。
それにしても……、と沈みそうになった気分を切り替えるようにと、新しい人生に思いを馳せてみる。
転生というのは初めてだけれど、こんなふうに一番最初から始まるのかぁ……面倒くさい。でも、少しワクワクする。
ここでなら、私もお姫様になれるかもしれない。
淡い期待が胸をドキドキさせるのを感じながら、私は注意深く辺りを見渡した。
(よく見えないけど……あれ、子供の部屋ってこんなにがらんとしてたっけ。赤ちゃんなら周りに誰かいるものと思っていたけど、違うのか。)
周りは誰もおらず、朝方なのか空気がひんやりしている。
ぶるりと体を震わせると、質の良さそうなふわふわした毛布を手繰り寄せ、急いでくるまる。
これこれ、これだ!!これを求めていたんだ!
私はふわふわの毛布の感触を、小さな手で噛み締めるようにさわさわと触り、めいっぱいに楽しむ。
(それにしても)
とても豪華な部屋である。豪華だけれど嫌味な感じはせず、成金のようにごてごてしてしていない、品の良いシンプルさがある。少し変えれば私好みになるだろう。
備え付けられている大きな本棚にはたくさんの本が入っていて、前世から本が大好きだった私は、大きくなった私が貪るように本を読んで、優しい家族に窘められているのを想像して笑ってしまった。
ふと、何かの視線を感じて窓を見ると、キラキラした銀色の何かがこちらを見ていた。
銀色の何かは私に向かって笑いかけたような気がしたが、私が驚いてじっと見ていると、徐々に薄くなり、朝日に溶けるように消えてしまった。
とても懐かしいような気がして、毛布とは違う、ふわふわと暖かいものに包まれているような感じがした。
しばらく窓の方をぽかんとみていると、コンコン、という小さな音がして静かにドアが開けられる。
ハッとそちらの方をむくと、私が起きていると思わなかったのか、少し動揺したような侍女姿の女がいた。
「っあ……目覚められていたのですか。いまお支度をさせていただきます。」
今日も良い朝ですね、と言いながら、カーテンを開けたり、私の服を変えたりとパタパタと動き回る女の姿をぼーっと眺めていると、綺麗な緑色の髪が目に映る。
見た目は二十代くらいだろうか。深緑色の髪を、低い位置でお団子にしてまとめている。いかにも侍女、という感じだ。
綺麗な深緑の髪だなぁ……みど、緑?髪が?
……異世界って、カラフルな色の髪とか瞳の色をしているって読んだけど、……本当だったんだ。
私の髪は何色だろう、と思いながら、彼女が何か作業をしている様子を眺める。
彼女は慣れた手つきで、壁のランプに嵌っていた石を取り出す。
綺麗な赤色の石で、彼女が石に触れると灯りがすっと消える。私が驚くのにも気づかず、彼女は石の何かをチェックしてまた元の場所に戻す。
……この世界には魔法があるのか……!!
ファンタジー感が体に迫ってくるようで、興奮と感動が私の体を震わせる。
声もあげずにじいっと見つめる私に居心地が悪くなったのか、侍女姿の女は少し身動ぎをしてそっと目をそらす。
「私はそろそろ結婚で退職するのですが……短い間ですけれど、よろしくお願いします。」
というか今月で退職なのですけれどね。
と呟きうっすらと笑い、隣国の外交官の侯爵に見初められて、隣国に行くのだと嬉しそうに教えてくれた。
この国に戻ってこれるかはわからないらしい。
この世界で初めて優しくしてくれた人がすぐに居なくなると知って私は少し寂しくなった。しかし、うきうきと惚気ける彼女はとても幸せそうで、なんだか羨ましくなってしまった。
しばらく彼女は旦那がいかにかっこいいかを私に惚気けていたが、ふと黙ると顔を引き締めた。
彼女は真面目な表情でこちらを見据えると
「これから大変だと思いますが……助けられない私をお許しください。殿下。」
先程の幸せそうな顔とは打って変わって、その顔があまりにも悲愴で、私は思わず息を飲む。
私が驚いているのに気づいたのか、彼女ははっとしたように手を握りしめ、また私の世話をし始めた。
……不穏な言葉だ……何だかとても嫌な予感がする。
しかし、すぐに嫌な予感は吹き飛んでしまった。
私は抑えきれずにニヤニヤとしてしまう。
殿下?殿下だって!
殿下ということは私が王族ということは確定!!
私は、お姫様になれたんだ……!
衣食住に困らないことよりも、これからの大変な生活ということよりもなにより、前世からの夢見ていたお姫様になれた、ということが私にはとても重要で、込み上げてくる嬉しさに手足をばたばたとさせる。
ご機嫌ですね、と目を細めて笑う彼女の言うことも耳に入らず、私は恍惚として目を閉じる。
ふふ……お姫様……かあ……
とても幸せな夢を見るように、ゆっくりととろけるような眠気に身を任せる。
「……あら、殿下、おやすみですか?」
クスリと笑う声とともに、ふわふわの暖かい毛布が私の体にかけ直される。
遠くでおやすみなさい、という声が聞こえ、おやすみなさい、と心の中で返す。
私はこれからの幸せな人生に思いを馳せながら、ゆっくりと眠りについた。
この世界なら、私は、きっと
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