Responsorium 5
空洞を抜け出すと、エレナと「零式」はすぐにわかった。ほとんど同じ大きさのドラゴンが、空中で取っ組み合いの肉弾戦を繰り広げている。エレナの金色の鱗は月の光を反射して「零式」以上に美しく見えた。
「エレナ……」
「すごい大きさだろう? あたしもびっくりした」
エレナの爪が「零式」の白銀の鱗の隙間に食い込んで、肉を破った。「零式」の傷がまたひとつ増え、どす黒い体液が傷口から染み出しているが、彼女の動きはさして鈍くなっていない。
「助けなきゃ」
「いや、あの中に入ったら一瞬でやられるよ。決着がつくまで待とう」
前のめりになるハルカを止めるセリナを見て、彼女がすっかり変わってしまったことにハルカは一種の感慨を覚えた。
「零式」の突進で、エレナの胸の鱗はぼろぼろに壊れ、体液が吹き出した。
エレナは必死で彼女の首を押さえるが、「零式」はさらにエレナの首に噛みついた。
「今だ!」
ハルカは何度めかわからない
しかし、剣はわずかに届かない。
「零式」は、一瞬止まったハルカの隙に、容赦なく爪を浴びせた。
ハルカの腹部がばっくりと口を開ける。
「ハルカ!」
セリナは素早くハルカに近づこうとする。
しかし、ハルカは既にすべてを決めていた。
ぎいん。
硬い金属音と共に、「零式」の首元から勢いよく体液が吹き出した。
全空に響きわたるほどの大きな声をあげて、「零式」は揚力を失い、ゆっくりと、しかし徐々に速度を上げて空洞に吸い込まれるように墜ちていった。
竜と化したハルカの腹部からも、夥しい量の体液が流れ出ている。
「ハルカ!」
竜から「V」の姿に戻ったハルカは、満足そうな表情をしていた。
「やっぱり僕は、こうなる運命だったんだ」
セリナに抱き留められたハルカは、すべてを悟ったように力なく微笑み、そう言った。
「なんで! なんでだよ! あたしが死ぬ気で帰ってきたのに! いっつもそうじゃん! 嘘でもいいから嘘でも! 嘘でもいい、から、さあ、そういうこと言わないでよ! いっつもそう! 全部! 全部だよ最初から最後まで全部! あんたのせいだ!」
思いきり怒りの声を浴びせ、泣きじゃくるセリナに、ハルカは何も言えなかった。言えるような言葉を持ち合わせていなかったし、仮に持ち合わせていたとしても、言うことはできなかった。
「そうだね、全部僕のせいだ。ごめんね」
虚空を見つめて、ハルカはそうつぶやいた。その手元から、アヤノのものだった長剣が墜ちていく。
「ありがとう」
その言葉を聞き終わらないうちに、ハルカの躯から力が抜けたのをはっきりと感じて、セリナは大きく息を吸い込んだ。
「くそ——————っ!」
ハルカは最期まで、嘘をつくこともできずに心を開いてくれなかった。
だからセリナは哭いたのだ。ハルカが死ぬことはもう、諦めきれていたのに。
最期まで、拒むんだ。
その慟哭を聞く者は、もうどこにも残っていない。
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