Responsorium 3

「サキさん、今すぐ第四部隊と第五部隊を集めて、南へ逃げてください!」

 シバタ・アカネは東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーションの上空を疾走し、ようやく目標を見つけた。キクチ・サキ軍曹は、アカネの言葉の意味がよくわからず、

「へ?」

 と、間抜けな顔を浮かべた。

「退避命令です。この詰所ステーションを放棄するそうです」

「そんな!」

 住民を全員捨て置くっていうのか。

 サキの表情に怒りの色が混じる。

「だから、サキさん。住民は地下の鉄道を使って南のサイパン観測所タワーまで逃げてもらうんです。そして、サキさんたちはドラゴンをひきつけながら、シドニー詰所ステーションまで向かうんです」

「でも、私たちでは『零式』に勝てない」

「それをうちの隊長がひきつけるんです」

「そんな! まさか!」

 「怪力のモーシュナヤエレナ」でも、一人でそれをやるのは難しいだろう。誰だってすぐにわかる。けれど、アカネの表情は真剣なまま、変わらない。

「わかった。とりあえず、第四部隊の残りを集める。アカネはナナを頼んだ」

「ありがとうございます。第五部隊には住民の避難誘導の命令が出ています」

 ミズタニ・ナナ軍曹にはすでに話をしていたが、アカネはあえてそれを隠した。

 彼女も、先輩に言えない野望を、その想いを胸に秘めていたのだ。

 その決意は、白銀の巨大な竜と、それとほとんど同じ大きさの金色の竜のにらみ合いを見て、より一層固まった。

 私も、故郷を守るんだ——

「やめときなよ」

 すぐ近くで低い声がしたので、アカネは思わず飛びのいた。

 声を出したのは、少し小柄な「V」だった。彼女は鱗の浸食が激しく、四肢はもちろんのこと、対竜装フォースの隙間から見える胸元や頬にまで緑色が侵食していた。

「君は、その身を捧げるにはあまりにも若すぎるよ」

 対竜装フォースはボロボロで今にも外れてしまいそうな彼女の名前を思い出そうとして、けれどアカネはどうしても思い出せなかった。私たちと同じ半人前チェラヴィエクで、確か。

「戦いっぷり、すごいよ。うちのミツキより、君のほうがずっと筋がいいと思う。だから、君は——ここで死ぬべきではない。『零式あれ』を討った後の世界に生きるべきだ。いや、生きなくてはならないんだ。エレナだってそう言ってた」

 彼女はそう言うと、

「キクチ軍曹のところに行きな。あたしは、見なきゃいけない人がいるからさ」

 と言って、西の空へ飛んで行った。

 それは見とれるほどに優雅で勇壮な飛翔だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る