Agnus Dei 12

「——いい質問だ。それについても答えよう」

 オガシラは、待っていたかのように明るく光った。もはやこの装置は、オガシラの意思を残すものではなく、オガシラ教授そのものなのだろう。

「残りの二体については、結論から言えば、私のつてを使い、Vとして東京詰所トウキョウ・ステーションに配属させた。

 製作の途中で、私は文明の発展速度と、権力者の言葉に疑問を持った。彼の言葉は建前にすぎず、本当は自分たちに与しないものたちだけ滅ぼすために、都合よく最強のドラゴンを手に入れようとしているのではないか。そう思ったのだ。

 であるからこそ、理論の構築だけに延べ二十年以上費やした先述の二体を没案にして闇に葬り、後に『零式』と呼ばれることになる究極のドラゴンの実質的な抑止力になることを期待し、Vとして転生を試みた。

 彼女たちは特別な能力が与えられた、第二世代の最初のVだ。自らの意思でドラゴンに変化し、その後また人間の姿に戻ることが可能になった。また、ナノマシン・システムを用いて自らの得物と防具と飛行支援システムを一体化させ、これは『対竜装フォース』と名付けられた。この製作法については各都市と共有しているので、君たちがここにたどり着くころには既に第二世代のVがほとんどだろう。

 『零式』は、その対竜装フォースをも簡単に打ち破り、Vの身体を切り裂くほどの硬度の鉤爪が驚異だ。他のドラゴンとはその威力が最も異なる。故に、彼女の姉二人には、高い判断力と身軽さを与えた。これによって十分『零式』に対抗できると考えたからである。

 そして——実はこれが最も重要なことなのだが——今、このプログラムには保護がかけられている。それは、私が製作した二体のVの遺伝子を持つものしか開くことができない」


「うそ」

 驚くセリナと、その横で決然とした表情のハルカは、黙って画面を見つめている。

「その二体のVは、おそらく君らを引き連れている部隊長であろう。そして、彼女の名は、コギソ・フミコか、あるいはコウサキ・アヤノであるはずだ」

「コギソさん? どうして?」

 なんとなく、ハルカの中では符合した。

 対竜装フォースを思わせるような艶のある真っ黒な鱗や、異常なまでに長い戦歴。そして、その落ち着き。むしろ、「零式」と対になるものがあるのだとすれば、それは彼女に他ならないだろうとすら思う。

「コギソさんは、きっと僕らより前に、この研究所へ来て、これを見た——もしくは、本人から直接聞いたんだ。たぶん、ホウリュウ大佐も知っているはずだ」

「でも、それならどうして『零式』を討伐する隊長を、コギソさんにしなかったんだ?」

「これを知っていたからだよ、セリナ。自分の恋人を、勝てるかどうかがわからない戦いに進んで放り込もうとは思わない。僕が大佐と同じ立場だったら、アヤノを隊長に指名させないようにする」

「……そういうものかな」

「僕は、そう思う」

「私は、ここで君たちにその出自を語ることで、『零式』を打ち倒してほしいと願う訳ではない。『零式』は、君たちVにとっては致死率を向上させるという部分において害なす存在ではあるが、同時に、君たちの母なる種族である人間の文明を俯瞰すれば、彼女は人間を団結させるための必要悪であり、ひとたび打倒されてしまえば、その団結は絶ち消え混沌とした殺意がざわめく社会に逆戻りするだろう。しかし一方で、『零式』は人間を完全に滅亡させうる存在でもある。フミコとアヤノが互いに協力すれば、『零式』の打倒は十分に可能であるはずだ。であるから、私は君たちに、この結論を投げようと思う。Vの祝福があらんことを」


 画面は暗くなり、オガシラ・マサルは再び眠りについた。

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