Kyrie 9

「これより、緊急作戦会議を始める」

 全員が揃うと、司令室の奥の扉から、守衛長のホウリュウ大佐が入ってきて、守衛たちと各部隊長の敬礼を受けてから、説明を始めた。

東京地区防衛統轄本部トウキョウ・センターより、ここから東北東の方角、およそ六十キロ先に、竜段レベル7と見られる巨大な竜影を確認したとの連絡が入った」

 その瞬間、部隊長たちの顔色が変わった。

「——【中央セントラル】からの指令は、目標の討伐。目標が単独アローンであることから、本作戦は本所単独で行う」

 ホウリュウ大佐の言葉に、互いに顔を見合わせる部隊長たち。

「質問します」

 ハルカが静かにそう宣言して手を挙げた。

「サエグサ曹長、どうぞ」

「単独ということは、他所からの支援はない、もしくは得ていないということですか?」

「その通りだ。【中央セントラル】によれば、最も戦力が集中している本所で対応するのが合理的だと考えているとのこと」

 確かに、東京周辺の詰所ステーションでは、この東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーションだけが、五部隊編成で部隊数も「V」の数も最も多い。

「私も質問」

 大人びた低い声で、フミコはゆっくりと手を挙げた。

「コギソ曹長、どうぞ」

「対応にあたる部隊数を教えて欲しいわ。まさか全員で対応する訳ではないでしょう?」

 その質問に、ホウリュウ大佐は明らかに渋い顔をした。

「それは……目標の行動にもよるだろう」

「なるほど——そういうつもりなのね。ごめんなさい、野暮な質問をしてしまって」

「ああ……」

 彼は苦い顔をしながら、説明を続けた。

竜段レベル7の目標を討伐した経験のある者は、この中で誰もいない。サエグサやオノ、コギソですら、竜段レベル7は経験していないだろう。……私も、討伐に成功したことは一度もない。その上で、聞いて欲しい」

 守衛長の苦渋に満ちた顔を、部隊長たちはほとんど目にしたことがなく、それによって彼女たちは討伐目標がいかに強大なものかを察知しつつあった。

「この中で、先遣部隊を担当したい者はいるか?」

 その言葉が終わらないうちに、ほぼ同時に二つの手が上がった。

「先遣なら、あたしが適任でしょう」

 手を挙げたもう片方の部隊長を見下ろしながら、第三部隊長のエレナ・ペトローヴナ曹長が立ち上がった。肩に届くかという、金色の髪をなびかせ、不敵に笑うその姿には、並ではない自信と矜持が現れている。他の「V」から「怪力のモーシュナヤエレナ」と畏れられている理由の一つだ。

「ペトローヴナ、相手は竜段レベル7だぞ。これは、全てのドラゴンの中で、最大規模の大きさと強さを誇るという意味だ。本当にそれでもやるのか?」

 ホウリュウ大佐の狼狽した声がいやに響く。

勿論カニェシュナ。だから、私たちの部隊が適任だと言っているでしょう。スピードなら半人前チェラヴィエクの第一部隊よりずっと上のはず。……サエグサ、あんたもそう思うでしょ?」

「なるほど……その通りだ」

 ハルカが何か言いかけるのを、ホウリュウ大佐の大きな手が遮った。

「サエグサ、最大戦力として先に目標に触れたい気持ちはわかるが、今は目標の持つ力を知りたい。どちらにせよ、単独部隊では勝ち目がないのも事実だ。ここは、ペトローヴナ曹長率いる第三部隊を、先遣としたいが、納得してもらえるか?」

「承知しました。ただ、本体討伐はわたしにやらせてください」

「言われなくてもそうなるわよ、ねえ?」

 守衛長にアイコンタクトを送りながら、フミコは意味ありげに微笑んでそう言った。

「わかっている。討伐の主力部隊の指揮は、第一部隊長のサエグサ曹長に一任する。ペトローヴナ曹長、早速第三部隊に出撃の準備をさせてくれ」

「ふっ、特急料金と割増手当、きちんと払ってくれるんでしょうね?」

「もちろん、最大級の報酬を用意している」

「守衛長、撤回はなしよ」

「ああ、部隊全員にそれを約束すると伝えるように」

承知!」

「——では、一時解散とする」

 ホウリュウ大佐が立ち上がり、会議は終わった。各部隊長はばらばらと立ち上がり、司令室をあとにする。

「サエグサ」

 エレナは、ハルカを呼び止めた。

「あんたの事情は知らないけれど、アレがもし『罪竜グリェシュニク』だったとしても、あたしが殺す。絶対に殺す。あんたには鱗一枚渡さないつもりだから、覚悟してて」

 モスクワ詰所ステーション出身で、体格もハルカより一回り上回っているエレナは、ハルカを見下ろして、睨んだ。

「『罪竜グリェシュニク』——『零式レイシキ』をあなたがたはそう呼ぶのですね」

 彼女たちが呼ぶのは、かつての東京詰所トウキョウ・ステーションを壊滅させた白銀の鱗を持つ、巨大なドラゴンである。ハルカ、そしてセリナが——半人前チェラヴィエクなどと呼ばれてまで——「V」に志願した原因となった存在だ。

半人前チェラヴィエクに、これ以上手柄を取られたくないもの!」

「曹長、半人前チェラヴィエクは差別用語です、撤回してください」

 セリナが、静かに、しかしはっきりとそう言った。

 直後。


 ばちん。


 セリナは強烈なビンタを喰らい、数十センチほど後ろへ飛んだ。

 倒れ込み睨みつけられても、エレナは全く表情を変えない。

「撤回して欲しかったら、あたしをぶちのめせるくらい強くなったら? 半人前チェラヴィエクの癖に偉そうに口ごたえしないで!」

「何だと!」

「セリナ」

 今にも飛びかかりそうなセリナを左手で制止させ、ハルカはまったくの無表情で、

「わかりました。存分に戦って構いません」

 と、抑揚のない声でそう言った。

「あなたにも、あなたなりの理由があるのでしょう。それは私も同じです。止めるべきことじゃない。わたしへの個人的な配慮は無用です」

「そう。わかってくれるならそれでいいの」

「だから——」

「うん?」

 この期に及んで口答えするのか。

 エレナは一瞬、勝手にそう思って怒りに震えかけた。

 だが、ハルカが紡いだ言葉はそれとはあまりにもかけ離れていた。

「——必ず生きて帰ってきてください」

 余りにも真剣に、ハルカがそう言ったことに、エレナは耐えきれず吹き出した。

「当たり前でしょ! あたしじゃなかったら誰が『罪竜グリェシュニク』を討つというの!」

「なるほど。『怪力のモーシュナヤエレナ』、ですね」

ええ。それくらい守るわよ。正騎士ルィッツァリですもの!」

 エレナはわざとらしく胸を張り、鷹揚な足取りで司令室を去った。


「あいつ、いつもチェラヴィエクチェラヴィエク言いやがって……だいたい、モスクワなんかとっくの昔に滅んだ癖に偉そうに……」

 怒りを露わにするセリナの肩に、ハルカは手を置いた。

「セリナ、チェラヴィエクが、かつてのモスクワ・ロシア語でどういう意味だったか知ってる?」

「へ? ううん知らないけど」

 虚を突かれてぼっとした顔になるセリナをよそに、ハルカは続けた。

「——人間ヒューマン、という意味だよ」

「……あたしにはわからないよ……」

 エレナが、なのかハルカが、なのか、それはあえて問わなかった。

「モスクワを滅ぼしたのも、『零式』だったのか……知らなかった」

「あ、あれってそういう意味なの?」

 セリナはようやく会話の意味を理解し始めた。もともと頭で何かを考えることには長けていないのだ。

「普通、ドラゴンに名前なんかつけないよ。つけるということは……」

「うん、そこはハルカに任せるよ」

「もう、ちゃんと自分で考えてよ!」

 笑いながら、そしてどこか緊張しながら、二人は第一部隊の宿舎まで戻っていった。

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