Kyrie 4
「地上だけでなく空中をも手に入れたドラゴンは、地球上のありとあらゆる動植物を補食し、また殺戮した。そのせいで人類は地中深くでの生活すらままならなくなりつつあった。なぜなら、人類たちが生活に必要な動植物すら、ドラゴンたちが根こそぎ奪っていったからである。
そこで人類は、ドラゴンに対抗する策を考え始めた。有効な兵器が開発されないまま、地上に出ていった科学者たちや軍人のほとんどが無惨な死を遂げた。……おい、オノ! 聞いているのか!」
着ていたものが四散したハルカの身体は、相対する侵略者のそれと酷似している。唯一異なるのは腕の長さだ。ハルカの腕の方が長く、そして圧倒的に器用だ。
「現状、ドラゴンに対抗する手段はたった一つと言われている。その遺伝子を埋め込んだ
茶色の竜と化したハルカは長剣を握りしめる。
空中に鎮座するドラゴンは、どこか醒めた目で彼女を見つめた。対峙するハルカも、ドラゴンをぎらりと睨んで離さない。
変わり果てた姿になっても、その瞳は漆黒の闇を映していて、セリナはまともにハルカを見ることが出来ない。
先に動いたのは、敵だった。
空の王者は居丈高に咆哮をあげると、滑るように間合いを詰めた。
金属のような鉤爪が、ハルカに迫る。
ぴん。
張りつめた弦を弾くような甲高い音がする。
小さな茶色い鱗が舞った。
切り離されたドラゴンの脚が、褐色の大地へ吸い込まれていった。
ハルカは一文字に振り抜いた剣を、ひょいと返す。
ドラゴンの腹が大きく裂け、真っ黒な体液が堰を切ったように吹き出した。
空の王者は、叫び声もあげず、静かに墜落していった。
身体から光を放ち、元の姿に戻っていく同胞の隣で、セリナはふう、と溜息を漏らした。
「その通り。彼らもしくは彼女らは、生まれながらにして地上での耐久力と圧倒的な戦力を与えられる。自らの身体と一体化した特殊な武器を振るうことで、彼らもしくは彼女らはドラゴンに相対し、得物でもってその強靱な鱗を突き破ることが出来るようになった。また、体を覆う鱗は放射線や電磁波を極端に和らげる効果があり、彼らもしくは彼女らは素早く地上の環境に順応することが出来る……オノ、話は聞いているようだな」
用意していた布でハルカをくるんで抱きかかえると、セリナは地上に見える黒い塊を目指した。新兵たちは無言で彼女たちを迎えた。けれども、その目はきらきらと輝いている。
十数人いた彼女たちの中で、ふたりについてきたのは最終的に五人。その中で戦おうとしたのはミツキだけだった。
まずまずの結果だ。少なくとも、無理に突撃して命を落としてしまうよりはずっといい。
比較的、聞き分けのよい者が多かったのだろう。
「作戦を終了する。全員撤収!」
「はい!」
彼女たちはそうして、地上にあいた小さな孔から、地下に降りていった。
「……馬鹿」
セリナは誰にも聞こえないように、小さくつぶやいた。
「ドラゴンに対抗しうることの出来る君らは特殊な存在であり、畏怖の対象であると同時に人類から最後の希望を託されていた。
——故に、君らは、『V』と呼ばれている。この一文字には、人類そのものの威信と、希望と、矜持が託されている。君たちはそのすべてを胸に刻んで、最期まで戦い続ける義務を有する。
——『V』に祝福があらんことを」
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