第17話 妖怪同盟
「それにしても、お二人さん。そもそも今の鬼情勢の不安定な状況じゃあ、ウサギ同然に繊細な雪春は恋愛なんてしてらんないぜ」
「ウ、ウサギって。シグレ……僕はそんなにか弱くないよ」
シグレの言葉に澪とハクセンがハッとした表情になって、顔を見合わせてる。
「鬼、鬼が雪春を。……確かにそうですわね。鬼が雪春を狙ってさらったりしたらまずいことですわ」
そ、そうだよね。
僕だってまずは鬼の動きが気になる。
でも僕だけが狙われてて危ない訳じゃないんだけれど……。
「ウサギか。ふふっ、雪春はウサギよりだんぜん可愛いよね」
おーい、ハクセン。
論点はそこじゃないよ?
「ハクセン、何を仰っているのです? ワタクシの雪春がウサギより可愛いだなんて当たり前でしょう。そんなのよぉく知っていますわ」
あの〜、澪。
僕は今日初めて君と出会ったのですが?
「雪春は人魚姫のものではないさ。……それにまだ雪春はボクだけのものでもない。今はね、みんなの雪春だ」
二人はギラギラした瞳で同時にジロリッと僕を見つめてくる。
ひぃっやあっ、なんかとてつもない目力に圧倒されてすくんじゃうな。
すっかり僕は獲物の気分だ。
「そうですわね。良いでしょう。とりあえずは『みんなの可愛い雪春』ってことですわね」
か、可愛い可愛いって言われたって僕はちっとも嬉しくないや。
言ってくる相手がたとえすごく美人で迫力がある妖怪な二人でも。
「まあ、そのなんだ。……要約すっと、あやかし武士の蔵さんが狙われてる今は、蔵さんと家族同然に深い関わり合いの甚五郎さんをはじめ、当然のごとく雪春も狙われてるはずだからな。蔵さんの弟の頼政であり鬼の大嶽丸の怨念は深くてその情念が尽きるまで、もしくは
「そんなことは分かりきってますわ」
「そうだ。容易く分かりきったこと……」
シグレが二人の争いを逸らす意外な助け船を出してくれたから。
澪とハクセン、二人の言い合いもピタッと収まったけど。
それほどにシグレの話はまさしく鬼気迫っていて。
急に怖くなって寒気が僕の背中にはしるよ。
「鬼の斬撃対象が雪春にも及ぶのか。……そうだ。ボクはそんなことは絶対に許さないよ」
「たしかに色恋沙汰にうつつを抜かしている場合ではないですわね」
ざ、斬撃対象って……僕が?
急に実感がともなって空恐ろしくなる。
きっと大丈夫だなんて呑気に遠巻きにどこか考えていた僕に、にわかに現実味を増した。
「雪春を殺させはしない」
「雪春を殺させはしませんわ」
こ、こんなん何か僕が死ぬかもしれない前フリ?
ホラー映画や小説で言ったら良くないフラグが立ってって……展開がまずい方に行く雰囲気じゃないの?
やめてよ、縁起でもない。
「ふ、二人ともすっごく縁起の悪いこと言わないでよ……! もお、脅さないでよね、怖いじゃないか」
「「……」」
ハクセンと澪のぴたっと言い争いは止まって深刻そうにした顔つきで二人は見つめ合う。
僕はその真剣で妖気がメラメラと立つ澪とハクセンのただならぬ雰囲気に飲み込まれそうでたじろいだ。
見えるんだ、澪とハクセンの立ち昇る怒気をはらんだ妖気が燃えるようにあかあかと……。
「ううっ、大嶽丸め。ボクたちの大事な雪春を狙うとは許せないな。守らなくては……」
「許せませんわ。ワタクシも全力で雪春をお守りしますわ」
「あ、あの〜、一番のターゲットは蔵之進さんなので……彼を先に守ってあげてほしいんだけど」
そこでハクセンと澪はがっちりと握手を交わした。
「一時休戦としようじゃないか、人魚姫」
「賛成ですわ、九尾ハクセン」
「妖狐と妖怪人魚、
「異論ございませんわ、手を結びましょう。両種族総力を結集して全力で、将来の花婿候補である大切な雪春を守ることにいたしましょう」
「それでは、よろしく頼むよ、人魚姫」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ、九尾ハクセン」
なんだ、なんだ?
よくわからないうちにとんでもなく強力な助っ人を得られたような……。
心強いけど、なんか複雑な気持ちだ。
二人がタッグを組んだってことだよね?
これってシグレがうながしたようなもんなんかな?
シグレって時々、すごく頭が切れるよね〜。
「とりあえず、二人が仲良くなった? のかな? ありがと、シグレ」
「いやいや、なんてことはないですぞ。フフンッ。雪春、礼には及ばないぜ。神妙にありがとうとか言われるような大層なことはなにもしてねえよ。……ふははっ、いや〜、雪春、澪とハクセンに迫られてさ、プハハハハッ! ちょっと雪春の困った顔が面白すぎて思い出したら笑えてきた」
ハクセンと澪がさっきまでの剣幕が嘘みたいに和やかに談笑をし始める。
……まあ、良かったけど。
でも、なんか恥ずかしいな。
ボクをめぐって取り合いとか……、ボクはハクセンと澪がそんな取り合いするほどの立派な人間でもかっこいい男なんかじゃないし。
凛とした妖怪九尾ハクセン、ツンと澄ました人魚の澪、二人とも美人で魅力的なのにボクなんかで良いのかな。
ちょっと、戸惑う。
どっちかに、もし、もしもだよ、本気になってしまったら?
こんなはずじゃなかっただとか、こんな人間じゃなかったとか、幻滅されて振られて捨てられないかな〜?
てんで、自信がないや。
僕は恋愛なんて他人事で、自分が渦中にいたためしはなかった。
はあ、悩みがまた増えた気がする。
――あと、シグレ、いつまでも笑いすぎっ!
ボクはこれまでの人生において女子からモテたことはなかったので、照れくさいようなどこかむず痒い思いがした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。