小説 物語(海外)

『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ

世界文学全集1-03『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ著/西永良成訳 池澤 夏樹∥個人編集(河出書房新社)2008/02



気づいちゃったんですよ。私は自分でも恋愛小説なんか書くくせに、人の恋愛小説を読むのは好きじゃないらしいことに(爆) 人のコイバナを一方的に聞いててもつまらないってことかなあ、恋愛小説ってムズカシイなあと。そこで挑戦してみました。〈20世紀恋愛小説の最高傑作〉である本書に。


まず「永遠の回帰というのは謎めいた思想だから、ニーチェはこの思想によって多くの哲学者たちを困惑させた。」という冒頭に、私は何を読んでるの??ってなります。しばらく延々と2節にわたって哲学っぽいことが語られちゃう。え、恋愛小説じゃないの?

 3節目になって「私はもう何年もまえからトマーシュのことを考えている。」とお話っぽいものが始まるのですがこれ、作者によるキャラクター語りなのです。この小説、隙あらば作者が登場して哲学や心理学や思想について語り、キャラクターについても語る〈変な小説〉(狩野良規)、〈従来の文学の枠に収めにくい異形の哲学小説〉(池澤夏樹)なのです。


でも大丈夫。すぐにこの小説らしからぬ語りに慣れて、主要登場人物四人の恋愛哲学の世界に入っていけます。

ストーリー自体は、私がつまんねーと思いながら読んでる恋愛小説と変わらない。男と女が出会い大した理由もなく恋に落ち結ばれ、嫉妬したりされたり、別れたりよりを戻したり。TL風なタイトルをつけるなら〈スパダリエリート医師の溺愛 だけどカレがモテモテで困ってます〉みたいな。こう書いちゃったら陳腐だけど、でもちゃんと面白い。


プレイボーイのトマーシュは女と寝た後は必ず帰宅する。一緒に眠らない。それなのに突然彼の家にきたテレザには彼の部屋に泊まることを許してしまう。その理由を彼は旧約聖書の寓話になぞらえる。なんというインテリ。


テレザは、他の男とダンスをする彼女を見て嫉妬したとトマーシュに打ち明けられ無邪気に喜ぶ。

「「あたしがあなたに嫉妬させたって、それ本当なの?」彼女はその言葉を十回も繰りかえした、まるで自分がノーベル賞をもらったと告げられて、なかなか信じられないとでもいうように。」

「残念ながら、間もなく今度は彼女のほうが嫉妬する番になった。トマーシュにとって、彼女の嫉妬はノーベル賞ではなく、彼が死ぬ一、二年まえになってやっと逃れられた重荷だったのだ。」(p66より)

これって真理ですよねー。


巻末の解説がとても細やかなので、同じ版を手にされた場合にはぜひ解説も熟読されることをお勧めします。その中でも取り上げられてるのですが、読んでいて魅かれるのは、モチーフの使い方。そして構成です。


ストーリーの流れが断片的な本作において、それをつなげるのがモチーフです。トマーシュの「こうでなければならない!」、サビナの山高帽、愛犬カレーニンのクロワッサン、といふうに。

7部からなるこの小説、時系列が前後しています。


1部 トマーシュ視点のテレザとの出会いと結婚

2部 テレザ視点(1部の対位法)

3部 トマーシュの愛人サビナとその愛人フランツのお話(ここでトマーシュとテレザの事故死が明かされる)

4部 テレザ視点 生活の変化への詳細はなし

5部 トマーシュ視点による転落生活への詳細(4部の対位法)

6部 破局後のサビナとフランツそれぞれの行く末

7部 愛犬カレーニンを看取るトマーシュとテレザ(二人の死は語られず)


訳者の解説によると、これを「小説のテンポ」として音楽記号にあてはめられるのだそう。


1部 アレグロ(速く快活に)

2部 アレグロ・モデラート(やや速く)

3部 モデラート(中くらいの速さで)

4部 プレスト(急速に)

5部 アンダンテ(緩やかに)

6部 プレスティッシモ(きわめて急速に)

7部 アダージョ(遅い速度で)


なるほどー。というふうに、様々な小説技法に彩られた恋愛小説であり哲学小説であり歴史小説であり心理小説である本作、ぜひ読んで頭をガツンと殴られてみてください。


ちなみに上の『現代を知るための文学20』でも取り上げられていて、狩野良規氏はハリウッドの映画化作品はつまらなかった「ストーリーで読ませる作品でない小説の、そのストーリーだけなぞって映像化するとこんな退屈な物語になるんだなとため息の出る三流映画。」と。原作小説への称賛でいいのですよね、これ。



初出:読書メモ㉙2020年8月26日

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