5-6 そして作戦は思わぬ形で失敗する
複数体のアイスゴーレムは辺りを破壊しつくし、凍らせていく。
相対するアイアンゴーレムたちも同じように、辺りを破壊し、周囲の物を取り込んでいった。
ゴーレムを操るのは簡単では無い。一体一体に指示を出す必要もあり、並列処理能力が試される。
だが、二人の操るゴーレムたちにぎこちない動きは見えない。しかもその理由に特別なものはない。
ただこの二人は、そういった経験を積んで来ており、努力の成果であった。
二人の戦いは五分に見えたが、実際のところは違う。グリーンはトワイライトを殺すために、皆月を使うという策を考えており、そのために動いている。
全力で戦おうとも、また何事も無かったかのようになるだけだ。本気を出すだけ無駄である。必要な力だけを発揮し、余力を残していた。
しかし、それはトワイライトの片翼も同じだ。
全力で殺しに来ない以上、なにかを企んでいることは分かっている。それがなにか分からずとも、成功させないために、余力で罠を仕掛け続けていた。
壁へ、床へ、天井へ。隣の部屋にも、隣のビルにも。自分が繰れるものを、いつでも扱えるようにしてあった。
だが誤算もある。
チラリと、トワイライトはトワイライトを見た。先ほど二錠飲んだにも関わらず、三錠目を口へ放り込んでいる。それだけ状況が悪いのだろう。
事実、そこまでしてもなお、トワイライトは追い込まれていた。
「弱ぇ! 弱ぇ! 弱ぇ!! どうした、そんなものかトワイライト! 命を賭してもその程度の力しか出せねぇなら、とっとと死んで、あの世で己の弱さを嘆き続けろ!」
「ハハッ、アハハッ、アヒッフッハハハハハハハハハハハハッ!」
薬で失いそうな自我を、理性で保ち続けての戦闘。それは、とてつもない苦痛と、信じられないほどの昂揚感を生み出していた。
今、彼女は幸福である。産まれてから一番、この時が楽しい。
しかし、理性的な部分が訴えかける。このままでは敗北は必死。なにもできず、なにも残さず、殺されるだけである。事実を、直に訪れる確かな未来が、脳裏に浮かぶ。
――それは、面白くない。
だからトワイライトは考える。この戦闘を、もっと面白くするには、勝利するにはどうすれば良いのかを。
ピタリと足を止め、ギリギリの理性をかき集め、彼女は言う。
「……REDE61532」
謎のアルファベットと数字の羅列に、レッドは足を止める。
そして、しばしの静寂の後、吐き捨てるように言った。
「てめぇ、『ラボラトリー』の出身者か」
「フフッ、フフフッ。えぇ、そうよ。TWW33333。それが、私の実験体番号よ」
ラボラトリーとは、マーダーの派閥が四大派閥と呼ばれていたころ、その一つに名を連ねていた組織だ。
しかし、今は三大派閥と呼ばれていることからも分かる通り、すでにラボラトリーは存在していない。
レッドの実験体番号を覚えていたトワイライトは、ずっと気になっていたことを、彼の心を揺さぶろうと、口に出した。
「どうして、ラボラトリーを滅ぼしたの?」
言葉の通りの意味である。ラボラトリーは、最強のマーダーを生み出す実験を続けており、そして作り出した最強のマーダーに、組織ごと滅ぼされた。
実験体番号REDE61532。アッシュロードの手で。
同じラボラトリーにいたからこそ分かっている。なにかしらの事情があったことは想像に容易い。 非合法な実験を行い、何人もの子供を犠牲にしていた。恨みがあるのは、レッドや
怒りでもいい。悲しみでもいい。どんな感情でも、隙を生み出せれば、他には何も望んでいない。
そして、そうなるであろう確信を持っていたが……レッドはただ笑った。
「ハハハハハハハハハハハハッ! なんで滅ぼしたかって、面白いことだけを求めているエクスタシーの幹部が、そんなつまらないことを聞くのか? ……まぁいい、知りたいなら教えてやるよ。理由は、
ラボラトリーの研究所内にいた数千人を殺し、その後は関係者までも殺した、世界で最大規模のマーダー事件。
犯人である十代前半の少年は数多のマーダーを屠り、
情報のほとんどを秘匿されている事件の正体がこれだ。
明かされた事実に、トワイライトは茫然とする。そのことを知っていたグリーンだけが、ただ腹を抱えて笑っていた。
◇
レッドは、四大派閥の一つであるラボラトリーで育った。
物心ついたときには人を殺しており、マーダーとしての力を発現させていた。今でも、人を殺すことに感情を抱くことはない。それが悪だと思っていないからだ。
才能があったからか、素質が高かったのか。ラボラトリーの研究者は、サラマンダーを超える逸材になるかもしれないと、レッドの育成に余念が無かった。
よって、あらゆる非合法なことを行った。
ヘブンズドアと呼ばれる洗脳方法も、ハローワールドと呼ばれる薬も、全てを躊躇わず。
彼らにとって恐ろしかったのは、実験体が死ぬことではない。最強へ至るかもしれない者を、届かせずにいることこそが、なによりもの罪だと信じていた。
そして、REDE61532は完成した。最強のマーダーとして。
ラボラトリーの研究者たちは歓喜していたが、その数日後に全員が亡き者となる。あらゆる実験データも、その知識を持った者も灰となった。抵抗したマーダーたちも、その全員が殺された。この事件で生き残った者は三人だけである。
こうして最強のマーダーは最強のマーダーとして、その名を世に知らしめることとなった。
残る三大派閥の行動は、取り込もうとした夜の国、排除しようと考えたホーリーセイバー、傍観者を気取ったエクスタシーといった感じに、三者三様であった。
しかし、何かしらの形で一度は接触することになり、誰もが手痛い目にあい、大きな被害を受けた。
こういったことがあり、アッシュロードとその仲間であるトワイライトは、基本的にアンタッチャブルな存在となった。手を出せば損をする。そういう扱いだ。
後に、一人のマーダーへ敗北するまでアッシュロードの戦績は全勝無敗。これが、レッドの成り立ちだった。
◇
事件が起きたのは十五年前。その真相が明らかとなり、トワイライトの二人は言葉を失う。ただ気に入らないからという理由で、四大派閥の一つがたった一人のマーダーに潰されたなどということも、それを成したマーダーが目の前にいるということも、簡単に受け入れられることでは無かった。
しかし、その僅かな隙を逃すはずがない。
トワイライトの片翼が、氷の腕に捕まれる。そのまま氷の腕はガラスを突き破り、外へと突き出された。
「……こんなことをしても、なんの意味も無いわ」
「そうだねー。……でも、意味の無いことをすると思うかな?」
このまま放り捨て、1vs2の状況を作ろうとしたのだろう。トワイライトはそう考えていたが、グリーンの言葉に眉根を寄せる。彼女の顔は、まるでこのまま殺すと言わんばかりだったからだ。
……しかし、なにも起きない。トワイライトの二人だけでなく、グリーンも首を傾げる。
「ちょーっと待ってくれるかなー?」
グリーンの計画では、この捕らえたトワイライトを、下に居る皆月が能力で無効化する。当然、氷の腕も消えるため、そのまま落下。無効化されているため、なすすべなく死亡。そんな計画だった。
だが、なぜかなにも起きないため、グリーンは少し怒りを感じながら外を覗く。……そして、まさかと気付いた。
「……あのさ、レッド」
「あぁ?」
「こいつら囮、かも」
「は? 囮?」
「私たちが囮?」
「私たちは囮?」
どうやらトワイライトの二人も知らなかったらしく、全員が不思議そうにする。
だがグリーンの推測は間違っておらず、皆月と少女が乗った車は姿を消しており、それは二人が攫われたことの証明でもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます