Chapter 7. Sweet Little Bird(優しい小鳥)5



 リトル・バードは、レネ族のことも教えてくれた。


 トゥルー・アイズが記憶に関する不思議な術を使うのも、レネ族であるがゆえらしい。レネは、記憶の民と呼ばれているのだと。


 レネ族は、あわいの民だという伝承が残っているらしい。


「あわい? どういうこと?」


 今日もまたトゥルー・アイズが帰ってこず、二人きりの夕食だった。スープから立ち上った温かい煙が、薄暗い天幕の中にくゆる。


「モウヒトツ、世界ガアルノデスヨ。モット昔ニ、他ノ“アワイノ民”ハ向コウノ世界ニ渡ッテシマッタノデス」


 他のあわいの民も、レネのように不思議な力を持っていたらしい。


「他の先住民の部族と、ちょっと違うってこと?」


「ソウナンデス。“アワイノ民”ハ、別世界ニ導ク権利ヲ持ッテマス。ソノ権利コソガ、チカラ」


 あわいの民は何らかの節目に、他の先住民を連れ世界を渡っていったのだと、リトル・バードは語った。


 何度も移動が行われているということか、とルースは納得した。


「じゃあ、あなたたちもいつか渡るかもしれないの?」


「ソウデスネ。タダ、レネノ一存ジャ決メラレマセン。他部族ノ要望ガ大キクナッタラ、デスネ。ヤハリ、別世界ニ行クノガ怖イ人モ多イノデ」


「……たしかにね」


 別世界、とはまた漠然としている。以前の出発は相当に昔だというし、ただの伝説だと思っている人も多そうだ。


 ルースは、淋しさを覚えた。


「あなたやトゥルーさんが、この世界からいなくなるのは淋しいわ」


 ぽろっと本音を吐露してしまう。それを聞いて、リトル・バードは優しく微笑んだ。


「ワタシモ、淋シイデス。友達デスモノ!」


「……ともだち」


「違イマスカ?」


「う、ううん。嬉しくて――」


 ルースはずっと移動生活だったせいもあり、若干人見知りなせいもあり、友達がなかなかできなかった。だから、こうして――友達と言ってくれる人がいるという事実が、嬉しくてたまらない。


 二人でにこにこ笑っていると、天幕の入り口からトゥルー・アイズが入ってきた。


「トゥルー様、オカエリナサイ。ゴハンハ、食ベテキタンデスヨネ」


「ああ。合議で食べてきた」


 トゥルー・アイズは、ふとルースに目を向けた。


「……ルース。食べ終えたら、少し話がある。外に来てくれ」


「は、はい」


 ルースの返事を聞いて頷き、トゥルー・アイズはまた出ていってしまった。




 すぐに食べ終えて天幕の外に出ると、トゥルー・アイズが近くに佇んでいた。暗い夜空を背にした彼は、陽光の下で見るより神秘的に映った。リトル・バードから、レネ族の役割の話を聞いたからだろうか。


 レネは、あわいの民。いざとなったら、異界に民を導く使命を負った、最後の部族。そして、異界に行くにはシャーマンであるトゥルー・アイズの力が必要不可欠なのだと。


 レネにとって、トゥルー・アイズとは称号である。父から子へと引き継がれる、証のような名前だ。トゥルー・アイズにも、昔は違う名前が付いていたらしいが……


「ルース、どうした」


 声をかけられ、ルースは思考を中断した。


「……いえ。話って?」


「――リトル・バードから、お前がフェリックスのことで悩んでいると聞いた。なかなか時間が取れなくて悪かったな」


「いえ――。別に、大丈夫です」


「私が、お前に可能性があると言ったのは――フェリックスが、私に頼ってまでお前の心を助けようとしたからだ」


「……」


「あいつは、あまり私を頼らない方だ。あれがレネの秘術だということも、知っているしな。それでも――どうしても、助けてくれと頼んできた。その様が必死だったので……何か、特別な想いがあるのではないかと言ってしまった」


 トゥルー・アイズは、短いため息をついた。


「それは、あたしがカロの娘だからじゃないの?」


「……残酷なことを言うようだが、カロの娘である事実と、お前が心を壊す事実はまた別のもの。むしろ、記憶を消してフェリックスはやりにくくなったはずだ」


 そこで、ルースはハッとした。


「だが――それで、お前を困らせたなら、悪かった」


「……トゥルーさんは、フェリックスの心を開く者がいてほしいって言ってたわよね。それは、あなたじゃだめなの?」


 兄弟と呼び合う彼らには、既に深い絆がある。フェリックスも、トゥルー・アイズには心を開いているだろう。


「私はフェリックスの過去に属する。そうでなくて、新たに心を開く者がいてほしいと思ったんだ……。私はずっと、傍にはいてやれないし。……いつか、この世界からいなくなるかもしれない」


「異界に、行くってこと?」


「ああ。――リトル・バードから聞いたんだな」


 頷きながら、ルースは自分の足元を見下ろした。ブーツではなく、レネ族の靴――モカシンを履いた足は、まるで自分のものでないように見えた。


「そうだったの――。あなたの気持ち、よくわかったわ」


「もう、平気か」


「ええ。ここで過ごしていると、心穏やかになってきた。まだ、あたしがカロの娘だっていう悪魔憑きの事実は――受け止め切れていない。でも、もうすぐきっと……前を向けると思うの」


 そうしたら、また歌うこともできるだろう。


 嘆いていたって、仕方ない。どうにかして、内なる悪魔を祓う方法を捜すしかない。


(多分、鍵は兄さんの父さんよね……)


 オーウェンの実父が、ブラッディ・レズリーにいることは偶然でないはずだ。彼が、悪魔祓いさえ知らない事実を知っている可能性はあった。


 だけど、その前にルースがブラッディ・レズリーに捕まるわけにはいかない。


(利用されてなんか、やるもんですか)


 そう考えると、少し勇気が湧いてきた。


 ルースの顔をまじまじと見て、トゥルー・アイズは微笑んだ。


「少し、元気な顔になったな。ここに来たのが、いい結果をもたらしたか」


「ええ。レネの考えは素敵だし、ここは自然がいっぱいで元気になるわ。……あと、リトル・バードっていう友達に、本当に助けられたの」


 その言葉を聞いて、トゥルー・アイズは嬉しそうに目を細めていた。




 その翌日、湖畔でルースとリトル・バードは何をするでもなく、じっと座っていた。


 ふと、リトル・バードが口を開く。


「ルース様、歌ガ上手ナンデスッテネ。聴イテミタイデス」


 リトル・バードのさりげないリクエストに、ルースは戸惑う。


(……でも)


 ここでなら、歌える気がする。


「わかったわ」


 ルースは立ち上がり、息を吸い込んだ。余計なことは考えず、水の音と風の音に意識を集中する。


 父のアーネストが作った、自然を言祝ぐ歌。この歌こそが、今にふさわしいだろう。


 喉から、声が滑り出た。我ながら、思ったより澄んだ声が出せた。


 聴いているのは、リトル・バードと、森の動物ぐらいのものだろう。


 だけど、とルースは目を閉じる。もっと、たくさん聴いている存在がいるように思えた。


(ああ、これが――)


 スピリット。


 精霊の存在を感じて、ルースの歌は輝きを増した。派手な輝きではない、素朴な温かい光。自然の持つ、優しい光だ。


 歌い終えると、リトル・バードが一生懸命拍手をしてくれた。


「スゴイ! 素敵デシタ!」


 ごうっと、風が吹き抜ける。水が揺れ、波紋が広がる。


「スピリットモ、喜ンデイマス!」


「……それなら、嬉しいわ」


 ルースは笑い、空を仰いだ。


 とても大事なことを、学んだような気がしていた。




The End of “Part 3. My Poor Old Heart”




Phrase3 My Poor Old Heart




I notice my poor old heart


みじめな古ぼけた心に気づいたの


I can' see what I want


自分が何を望むかもわからない


But I met a little bird


でも、小鳥に出会ったの


She tells me what is important


彼女は私に何が大切か教えてくれたわ

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