Chapter 2. Dear My Brother (我が親愛なる兄弟に) 6
ルースはそっと、外から保安官事務所の中の様子をうかがった。
フェリックスは後ろ手に縛られ、椅子に座らされていた。
「さて。いい加減、協力する気になったか?」
「あのなあ……」
「牢屋に、ぶち込んでも良いんだぞ。それに、尋問方法にも色々あるぞ? 試してみたいか?」
フィービーはジャンク兄弟を捕らえ損ねた鬱憤をフェリックスで晴らすことにしたらしく、保安官でありながら悪役さながらの嗜虐趣味を発揮していた。
「協力って言っても、あんたは俺をあの事件の犯人にしたいだけだろう?」
「違うな。お前の証言がおかしいから、こうして尋問しているんだ」
フィービーがコーヒーを飲み干しテーブルにカップを置いたところで、ルースは思い切って事務所に飛び込んだ。
「小娘か。何の用だ」
ルースを一瞥して、フィービーは鼻を鳴らす。
「あのね、保安官。約束忘れた?」
「約束? ああ、ジャンク兄弟を捕まえたら公演を――というやつか。だが、この町の状況では無理だぞ?」
フィービーは傲慢に笑ったが、ルースは怯まずにつかつかと近づいて、腰に手を当ててから言い放った。
「ええ、無理よ。だから他の条件を示すわ」
「他の条件だと?」
「ええ。フェリックスを、今回は見逃して欲しいの」
フェリックスが感激のあまり「ルース、俺のために!」と叫んでいたが、敢えて無視してルースはフィービーのグリーン・アイズを真っ直ぐに見据えた。
「――ほう?」
「あたしたちはここで公演ができなかったから、すぐに次の町に行かなくちゃいけないの。新しい用心棒を探してる暇は、ないの」
しばらく沈黙が降り、フィービーはフッと笑みを浮かべた。
「――良いだろう。ただし、一つだけ追加条件だ」
「何?」
「歌ってくれ。悪党共の魂を鎮めるために」
「わかったわ」
ルースは頷き、勝気に笑ってみせた。
棺に入ったリチャードの遺体が馬車に乗せられ、それを見送りながらルースは歌を紡いだ。
選曲したのは、仲の良い兄弟の歌だった。フェリックスから、リチャードは最後までジョンを庇い続けていたと聞いた。
結局、ジョンの遺体は見つからないままだ。もしかすると生きているのかもしれないが、フェリックス曰く深手を負っていたから生存は絶望的のようだ。
せめて二人の魂が一緒にあるようにとの願いをこめて、ルースは歌った。
「本当にありがとうな、ルース」
出発前に、フェリックスは御機嫌でルースに話しかけてきた。
「ふん。賃金以上の働きしないと、ひどいわよ」
「はいはい、っと」
フェリックスは気楽に肩をすくめて幌馬車の方に行ってしまい、代わりにオーウェンがルースの目の前に現れた。
「おい、大変だ。あいつ、お尋ね者のようだぞ」
オーウェンはどこで手に入れたのか、フェリックスの手配書を持っていた。
「――それ、パパとママに見せた?」
「いや、まだだが……」
ルースはオーウェンの手から手配書を抜き取り、びりびりに破いてしまった。
「お、おい!」
「単なる参考人で手配されてるのよ。五ドルで」
「安いな、あいつ――って、そういう問題じゃないだろう」
オーウェンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ルースを睨んだ。
「ルース。お尋ね者を用心棒として雇ってて、良いってのか?」
「お尋ね者じゃないのよ。あのね、兄さん。フェリックスは、獣に食べられそうになったジョナサンとあたしを助けてくれたの。用心棒としては、これ以上ないってほど優秀だわ。大体……今、新しい用心棒を探す余裕がある?」
ルースが問い詰めるも、オーウェンは納得していないようだった。
「しかし――」
「もし本当に危険な人物だったら、連邦保安官がとっくに捕まえてるはずでしょう?」
フィービーと取引したことは敢えて言わずにそう告げると、オーウェンは大きなため息をついた。
「わかったわかった。でも、俺はあいつを信用してないからな。いざとなったら追い出すぞ」
ルースは答えずに腕を組んだ。
「変に、あいつに肩入れするよな――」
ちくりとする嫌味を残し、オーウェンも幌馬車の方に行ってしまう。
(そういえば、そうだわ。どうしてあたしは、こんなにもフェリックスを庇うのかしら――)
ルースはしばらく考え込みながら立ち止まっていたが、いきなり肩を叩かれ仰天した。
しかも振り向けばフィービーが立っていて、余計に驚いてしまった。
「そこの小娘」
相変わらず、名前を呼ぶつもりがないらしい。いや、覚えてもいないのかもしれない。
「あいつを庇ったことを、後悔しても知らんぞ」
兄に続き、フィービーがルースに警告する。
「ただの参考人でしょ? 何で、そんなに躍起になってるわけ?」
ルースはさり気なくフィービーから距離を取ろうとしたが、かえってフィービーは顔を近づけてきた。
「私が見たところ、あいつは見た目より悪い奴だぞ?」
しばし、ルースの灰色の目とフィービーの緑の目がまともにかち合う。
「そうは、思えないわ」
正直な気持ちを口にする。自分でも、どうしてこれだけフェリックスのことを信じているのかわからない。されど、言い返さずにはいられなかった。
「――ふん。頑固だな」
フィービーは諦めたように肩をすくめ、踵を返して行ってしまった。
ルースがゆっくりと幌馬車のところに向かうと、ちょうどフェリックスが馬の傍らに佇んでいた。
「ルース。フィービーと何か話してたな」
「ええ……」
「何か言ってたか?」
「別れの挨拶をしただけよ」
ルースは彼の横をすり抜けながら、痛いほどの視線を感じた。さすがに嘘が下手すぎたと自覚する。
「フィービーが別れの挨拶、ねえ。まあ良いや」
フェリックスの言葉にぎくりとなったルースの頭に、ふわりと手が置かれた。
「ルース、ありがとな」
ルースが顔を上げたときにはもう、フェリックスは幌馬車に乗り込むところだった。
「用心棒、俺の隣には座るな!」
「えー、何で兄さん。良いじゃん良いじゃん」
「気色悪いぞ!」
「もう、ひどいなあ兄さんってば」
「いい加減、黙れ――!」
フェリックスとオーウェンのやり取りに、ジョナサンが声を上げて笑っている。
ルースも微笑を浮かべ、振り向くことなく馬車に飛び乗った。
To be Continued...
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