第10ー18話 ウィルシュタインの来訪

宮衛党の城門の前に隊列をなしているのはウィルシュタイン軍団の白陸兵だ。



純白の旗に犬と狐が向かい合っている旗印が風にばさばさとなびいている。



そしてその先頭で馬にまたがっているのは褐色の肌に目元が黒い美女だ。



頭の上から生やしている犬の耳をひくひくと動かして城門を見ている。



突然の神話の来訪に大混乱となっている宮衛党の兵士達が対処に困ってい様子を満足げに見ている賢きウィルシュタイン。



やがて城門が開くと白斗が緊張した様子で出迎えた。




「これはウィル叔母上。」

「やあ白斗。 随分と慌ただしいな。」




黒い目元から覗かせる鋭い眼力に飲まれる若き白斗は言葉に詰まっている。



そして何度も言葉を発しかけながら遂に発したのは「周辺国が攻めてくる」という内容だ。



しかしウィルシュタインは赤軍を反乱軍として怪しんだ白斗の事を疑ってこの場に訪れているのだ。



女にしては低い声で唸っては睨み殺すほどの視線を浴びせている。




「赤軍が反乱を起こすの間違いではないのか?」

「え、ええ。 恐らく赤軍も・・・」

「言っておくが、虎白がいなくなってもお前に権力など渡らないぞ?」




賢く恐ろしい叔母はそう話すと、白斗は吐き気でも催したかの様な表情で黙り込むと静かにうなずいた。


若き皇太子は目の前にいる凄まじい威圧感を放つ叔母に畏縮(いしゅく)しているのだが、その様子が返ってウィルシュタインには疑いを確信へと変えてしまう仕草に見えている。



返す言葉に困っている白斗は「権力なんて」ともごもごと答えた。



少しだけ顎を上に向けたウィルシュタインは見下ろす様な下目線で「来客をもてなさないのか?」と話した。





「あ、す、すいません叔母上。 どうぞ中へ。」





そして城内へと入ったウィルシュタインは武装を始める宮衛党を横目に怪しんだ目つきで進んだ。



やがて下馬して室内へと入っていくと周囲を見渡している。



明らかに白斗を疑っている叔母はどう言いくるめてやろうか考えている様にも見えた。



方や緊張して重い足取りをのそのそと前に出す皇太子は大きな扉を開くと、そこには宮衛党の重鎮達が同じく緊張した表情で立っていた。



顔色一つ変える事なく部屋に入るとメルキータが普段は座っている特等席ともいえる椅子に平然と座った。



細いがたくましくも見える美脚を組んでは机に頬杖をついて一同を睨みつけているウィルシュタインはその態度だけで改めて白陸が強大であり、宮衛党はその参加の一団にすぎないのだと語りかけているかの様な雰囲気を放っていた。



張り詰めた重苦しい雰囲気が室内に流れる中でウィルシュタインは「それで?」と一言だけ発した。




「わ、我々は反乱軍の撃退に向けて準備を・・・」

「なんの事だ白斗? 反乱とは? まさか赤軍か?」




おどおどした態度のままうなずいた白斗を見ると、鼻で笑っている。



「証拠は?」と問いかける叔母の言葉に困惑している様子の白斗は「あ、あ、」とありませんと言おうとしていた。



するとウィルシュタインは椅子から立ち上がると、白斗の胸ぐらを掴んで「あのなあ」と恐ろしい表情で語りかけた。





「反乱を未然に防ごうって姿勢は悪くない。 だが味方を理由もなく疑う事は褒めてやれないなあ。 赤軍からは一番最初に連絡が来ているぞ。」




その言葉を聞いた白斗は青ざめた表情で黙り込んだ。



赤軍のルニャという将校は虎白が戦死したという話を聞くと直ぐに使者を帝都に派遣していた。



周辺国の騒乱が起きた場合には赤軍を先鋒として派遣してほしいという内容だったのだ。



それは白陸に吸収されて間もない事から信頼を得たいという気持ちの現れと、反逆の意思はないという証明でもあった。



このルニャという女将校はユーリがナイツに所属している事からほとんどの内政任務を任されている。



赤軍領土はルニャが率いていると言っても過言ではないほどだ。



そんな彼女はユーリからの教えを学んでいる。



この様な非常事態であるからこそ真っ先に警戒されるのは信頼の薄い赤軍だと彼女は判断したのだ。



そうとは知らずに白斗は赤軍を疑う発言をしては、勝手に宮衛党を武装までさせていた。



事の次第を全て聞かされた白斗は魂が抜けたかの様に一点を見つめて何も話さなくなっている。



そんな哀れな愚者に詰め寄る勢いで美顔を近づけたウィルシュタインは「単刀直入に聞く」と発した。




「お前は権力を奪うのが目的か?」

「い、いえ俺は・・・赤軍が気に入らないだけでした・・・」




これが愚かな皇太子の本音というわけだ。



見事に赤軍のルニャに出し抜かれた形になる白斗は言い逃れをする事なくうつむいていた。



宮衛党の面々は怒りをあらわにしている。



ウランヌは美しい顔を強張らせて「我らを利用していたのですか」と怒りと落胆の狭間から声を発した。





「ち、違う・・・俺は別にそんな・・・父上の様に強い国を守りたかった。」





だが結果として白斗が行った内容とは強国白陸を分裂させる可能性すらあったのだ。



メルキータがそっと白斗の背中を押すと、ウィルシュタインに身柄を引き渡した。



もはや彼が宮衛党にとどまる事はできないのだ。



ウィルシュタインの護衛の白陸兵に腕を掴まれて歩いていく白斗の背中を哀れんだ目で見ている妻のメリッサは「ごめんなさい」と声を震わせていた。




「何を言うんだ。 お前はあいつの暴走に巻き込まれただけだ。」

「ウィル叔母さん、はいアイルだよお。」





メリッサは目に涙を溜めながらも精一杯微笑んで、ウィルシュタインの息子であるアイルを手渡した。



翼という意味で名付けられたこの赤ん坊は指をしゃぶりながら母の顔を見ている。



「早く大きくなれよ」と顔を近づける母を大人しく見ている赤ん坊からは早くも傑物の気配が出ているのだ。



こうして白斗は国家反逆の容疑をかけられて帝都へと連行された。



本人は反乱を起こすどころか、周辺国への警戒のつもりだったのだが赤軍への子供じみた嫌がらせが原因で一時的に拘束されてしまった。



帝都へ戻ったウィルシュタインは事の顛末を話すと恋華は呆れ返っていた。



そしてそれから数日すると宮衛党に預けていた神話の子供達が親元へ戻ってきたのだ。



城の窓から遠くを見ている恋華は誰もいない部屋で黄昏れていた。



部屋の外からは子供達の愛おしい声が聞こえている。



麗しき白陸は強国となり、天上界に安寧をもたらした。



虎白が戦死しても反乱の一つと起きる事なく秩序が保たれているのも白陸と同盟者達の強さがもたらしたものだ。



戦争のない天上界はこうして達成された。



平和を極めた天上界の首都である白陸の帝都にある巨大な城の最上階から眺める世界の景色は感無量だ。



誰もいない部屋の窓から世界を眺める恋華の白くそして色っぽい頬からは静かに光るものが滴ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る