第9ー12話 兵士を信じてきた

恋華がデメテルと戦っている間に離脱した護衛達は虎白に合流していた。



「アフロディーテを討ち取りました」と話す護衛を見て笑みを浮かべる虎白は隣にいるハデスの肩をポンっと叩いた。



「もう後戻りはできねえな」と神話を殺した事で確実に天上界から反逆者となった。



この戦いに負ければ間違いなく命はない。





「鍵を持ってるか?」

「ははっ!!」





虎白は周囲を見ると竹子の中央軍の兵士を見つけた。



天上門付近で戦闘をしているはずの中央軍が何故か帝都付近にまで来ている。



「おい」と呼び止めると顔を歪めて近づいてきた。



兵士は「戦えません」と今にも泣き出しそうだった。





「俺らは反逆者だものな。」

「ええ・・・自分はアーム戦役から従軍しています。 来月には白神隊の入隊試験を受けるつもりでした・・・」





彼が20年以上もかけて築いてきた戦績でもこの戦いは乗り気にはなれなかった。



アーム戦役から今日まで大勢の冥府軍と戦ってきた。



彼が討ち取った敵の数は恐らく三桁に達しているだろう。



竹子の私兵白神隊への入隊試験を受ける事ができるのは実力確かな正規兵だけだ。



虎白の目の前で青白い表情をしている兵士は無能なわけではなかった。





「逃げたいか?」

「はい・・・今日まで自分が白陸兵である事に誇りを持っていました。 でも今は違います・・・鞍馬様。 あなたに仕えた事を後悔していますよ!!」





兵士は青ざめたまま、虎白に言い放った。



隣でハデスが邪気を出して威嚇していると兵士は腰に差す剣に手を当てた。



虎白は変わらず冷静な表情で兵士を見ていた。



空を見ると宰相鵜乱が鳥人部隊を率いて前線へ向かっていた。



大きく息を吸って兵士の肩をとんっと触った。





「まあそうだな。 でも頼まれてくれねえか?」

「はい!?」

「俺ら全員の希望になってくれよ。」





突然の言葉に兵士は驚いていた。



虎白は兵士の顔をじっと見たまま、鍵を手渡した。



「開けてもらいたいもんがある」と淡々と話す虎白に兵士は理解が追いついていなかった。



兵士の耳に顔を近づけて「開けてもらいたいもん」の場所を話した。



すると青ざめた表情は更に青ざめた。



全身の血液がなくなってしまったかの様に真っ青な表情をして虎白を見ていた。





「お前が前線を放棄して俺の嫁と自分の仲間と離別した事は見ればわかる。 でもお前は誇りを持っていたんだろ。 兵士として男として。 頼まれてくれ。」






虎白は兵士の背中をボンッと押してゼウスの待つ王都へ進み始めた。



ハデスは驚きが隠せなかった。



恋華が命がけで手に入れた鍵を敵前逃亡してきた兵士に託すなんて。



平然と歩く虎白の腕を掴んで「正気なのか」と尋ねると口角を上げた。





「ハデスよお。 お前が俺の白陸軍を倒せなかった理由はそれだよ。 残念だがお前もゼウスに似ているぜ。」






笑みを浮かべた虎白は「人間って色々考えられるからいいんだよ」と走り去っていく兵士の背中を見ていた。



竹子と仲間を見捨てて逃げ出したあの兵士に虎白は何を期待しているのか。



彼がもし、ゼウスに鍵を届ければどうなってしまうのか。



ハデスが危惧しているのはそれだった。



だが虎白は不敵に笑っていた。
































白陸軍港を出発した海軍の総督である尚香と陸戦隊の指揮官である琴はまだ地上で何が起きているのか知らずにいた。



無線が激しく乱れて、空軍の春花とも連絡がつかずにいた。



当初の作戦通り海路から進んで冥府軍の側面を攻撃する予定だった。



装備をつけていつでも上陸できるといった表情の琴は愛する夜叉子の状況が気になっていた。





「早よ会いたいわあー」

「私もロキータが心配よ。 虎白がいてくれるから大丈夫だろうけどね。」





天上界の海を進む彼女らは異変に気がついた。



やけに海が荒れている。



穏やかな天上界の海域が不自然なまでに荒れていた。



すると魚人海兵が尚香の乗る空母に上がってきた。





「総督!!」

「どうしたー?」

「何やらおかしいですよ!! 潮の流れが通常じゃあり得ない流れをしています!! 引き返した方がいいです!!」






顔を見合わせた2人は軍港に戻ろうか話していた。



大艦隊を率いる彼女らの決定一つで艦隊が沈んでしまう。



海で暮らす魚人海兵が「おかしい」と言うなら人間の尚香が反論する余地もなかった。





「全速撤退!!」




尚香の判断で大艦隊は冥府軍の側面攻撃を中止して軍港へ引き返し始めた。



もはや大都市とも言える規模を誇る白陸海軍港には大艦隊を収容できるほどの規模があった。



海兵から海の異変を聞いた尚香と琴は空母の甲板に出ると海を見下ろした。





「ほんまやな・・・」

「こんな波の動きは見た事がないよ・・・」





渦を巻いたり不自然に寄せては返す波の動きは時間が経過するごとに異常性を増していった。



速度の早い小型の艦船からドッグに入っていき、尚香の旗艦もドッグ入りをしようとしていた時だった。



後方にいた戦艦が突如信じられない様な回転をして沈んでいった。



海兵達の悲鳴が聞こえる中で魚人海兵が救助を行っている。



双眼鏡で様子を見ている尚香は絶句した。



溺れている船員を救うために魚人が水中に潜っているが次の瞬間にはバラバラになって空中に打ち上げられていた。





「な、なんなの・・・」





そしてそれは一瞬の出来事だった。



尚香と琴が立つ空母の甲板に突如として激しい水しぶきが立ったかと思えば目の前に立っていた。



三叉の槍を持って長い髭を触っている老人の見た目の男。



尚香と琴が顔を青ざめている姿を見て満足気に笑っていた。





「ほう。 これはいい女だ。 どれどれ。」





尚香の胸元を覗き込んでは嬉しそうに笑っていた。



すると琴に近づいて足を舐め回す様に見ていた。



そして下腹部に手を伸ばそうとした瞬間に琴は男の顔を目掛けて膝蹴りを振り抜いた。



琴は目を疑った。



老人の顔は水しぶきとなった。



そして立ち上がった老人は三叉槍をドンッと甲板に叩きつけると琴を包み込む様にどこからともなく海水が不自然なまでに立体的になっている。





「人間は水の中では息ができないのだろう。 気の毒にな。」

「あ、あなたはもしや・・・」

「そうだ。」

「海王様・・・ポセイドン・・・」




尚香は慌てて片膝をついて「琴の無礼をお許しください」と頭を下げていた。



立体的な筒状となっている海水に包まれる琴は解放されると咳き込んで「ほんまに海王なんか・・・」と驚きを隠せずにいた。



しかし尚香は不思議に思っていた。





「何故ですか。 私の部下を殺したのは海王様ですか・・・」

「すまぬなあ。 少々機嫌が悪くてな。」

「・・・・・・」

「どうだ。 少し船内でくつろがせてはくれないか? 汝らは美しい。 我をもてなしてはくれないか。」





ポセイドンは何食わぬ顔をして船内へ入ろうとしていた。



すると次の瞬間。



琴はポセイドンの首を刀で斬り捨てた。



だが水しぶきとなって手応えはなかった。



驚く尚香を見もせずに首が海水によって再生していくポセイドンの背中にもう一度刀を突き刺した。





「ふざけんなや!! うちの仲間殺しておいて何言うてんねん!! 海王とか知らんわ!!」

「ちょ、ちょっと!! 反逆罪になるよ!!」

「先に味方殺したんはこいつやろ!!」





ポセイドンは三叉槍を琴に目掛けて振り抜いた。



刀で受け止めようとしたが武器が交わる瞬間に海水となって刀をすり抜けると琴の腹部に直撃した。



刃は当たらずに済んだが吹き飛んだ琴は甲板に倒れた。



尚香は絶句したまま、立ち尽くしていた。





「無礼な女だ。 せっかくの美貌がもったいないな。 だが気の強い女も悪くない。 手懐けて我のものにしてやろう。」

「・・・・・・」

「おい女。 我をもてなせ。」





尚香は立ち尽くして黙っていた。



虎白と今回の作戦に出る前夜の出来事を思い出していた。



布陣図の中で雷の冠を叩き割った。



狐の置物の横には黒い羽が味方の様に布陣され直していた。



まさか夫は謀反を起こすつもりだったのか。





(陸戦の事だから気にせずに見ていたけど。 まさか・・・)





尚香は連絡がつかない陸軍と空軍と眼の前にポセイドンが現れた事で察しが付き始めていた。



夫は謀反を起こしたのだと。



すると尚香の顔は青ざめた。



目の前にいるポセイドンは反逆者となった自分達を海に沈めるために現れたのだと。





「お、お待ち下さい・・・聞かされていませんでした・・・」

「ほう?」

「ま、まさか・・・天上界反逆だなんて・・・」

「気の毒にな。 見逃してやっても構わんぞ鞍馬を捨てろ。」






尚香はその時思った。



兄である孫策が到達点に行ってからの日々を。



虎白は何度も謝りにきたが自分は向き合わずにいた。



やがて父の孫堅に白陸へ預けられてもやはり虎白を許せずにいた。



それでも虎白はいつまでも向き合い続けてくれた。



ロキータの身に起きた惨劇を目の当たりにした時に強く思った。



きっと兄上が到達点に行く事になったのもあの様な惨劇だったんだと。



虎白はロキータの身内が死なない様に努力していた。





(ずっと味方でいてくれたんだね・・・)




心の中では虎白に恨みすら感じていた日々もあった。



賢い虎白なら気がついていないはずがない。



人間の感情すら持っている虎白なんだから。



尚香は絶体絶命の窮地の中で今では夫となった虎白の事を思い浮かべていた。



離縁してポセイドンに従えば命は助かる。



虎白を捨てれば。





「さあどうする女。 我が守ってやるぞ。」

「・・・・・・黙れ・・・」

「なんだと?」





考えれば考えるほど愛おしかった。



優しく微笑んでくれるあの笑顔も。



フリフリとさせる白い尻尾も。



抱きしめてくれる温もりだって。



ずっと向き合ってくれていた。





「死んでも後悔はしたくない・・・」

「残念だな・・・」

「世界で私を思ってくれるのは白陸の皆だけだ!! 家族が戦うと決めたなら例え海王でも相手になる!! 海で人間が海王に抗ってみせる!!」




尚香は胸元に装備する拳銃を放つと甲板から海へ飛び込んだ。



立ち上がった琴もそれに続いた。



自殺行為に等しい。



水中は全てポセイドンの領域だ。



海に潜ると魚人海兵が尚香の手を引っ張り陸へ向けて泳ぎ始めた。





「陸ならまだ可能性はあります総督!! ここは危険すぎる・・・」





次の瞬間には魚人である海兵が苦しそうに暴れ始めた。



それはあまりに信じられない光景だった。



魚人が溺れているのだ。



ポセイドンの力は海で暮らす魚人にすら圧倒的だった。



しかし魚人はもがきながらも尚香を陸へ向けて運んだ。



自分の呼吸が限界を迎えると近くにいる魚人に投げつけた。



やがて魚人はバラバラに砕け散って海水が赤く染まっている。





「海で我に歯向かうとは愚かだぞ人間も魚人もな!! あー!!!!!!!!!!」




潮の流れが変わり、魚人の力ですら泳ぐ事が困難になっている。



やがて尚香と琴は呼吸ができなくなった。



気がついた魚人は2人を空中へ投げ飛ばした。



空中から海面を見ると真っ赤に染まっていた。





「部下達が・・・」

「ほんまに許さん!!」

「私の判断のせいで・・・」

「ちゃうわ!! どっち道みんな殺すつもりやったんや!!」





海面に落ちた2人を命がけで魚人が陸へ運んだ。



遂に軍港へ投げ飛ばされた2人は真っ赤に染まる海を見ている。



すると海面から噴水の様に水が地上へ登ってくると実態となって2人に迫ってくる。



琴は刀をギュッと握っていた。



尚香は拳銃を持ったまま周囲を見渡していた。





「あ、そうだ!!」

「なんか思いついたんか!?」

「思いついた!!」





尚香は琴と共にドッグの中へ走っていった。



































その頃、虎白に鍵を渡された兵士は1人で白陸帝都にまで帰ってきていた。



周囲では冥府軍と宮衛党が連携してオリュンポス軍と戦っている。



僅かな白王隊がそれを支援していた。



帝都は優勢か。



兵士はそんな光景を横目に歩いていた。




「鞍馬様はどうして俺なんかにこんなもん・・・」





鍵を持つ兵士が向かった先はためらいの丘だ。



そこには今日までの戦闘で命を落とした多くの白陸兵や天上界中の兵士が眠る場所だ。



戦火に包まれる天上界の中でここだけは静かだった。



兵士は「白陸軍戦没者」と書かれた場所を歩くと、今日までに命を落とした仲間の顔を思い浮かべていた。





「アーム戦役・・・天上大内乱・・・エリュシオン・・・北方遠征・・・」





一体何名の白陸兵がここに眠っているのか。



兵士はためらいの丘を抜けた先にある大きな門の前に立った。



虎白は確かに言った。



「開けてもらいたいもんがある」と。



物ではなく門だったのかと兵士は見上げていた。





「聞いた時は驚いた・・・でも本当にいいのかこんな事して・・・」





天王ゼウスに許可なくこの門を開く事は許されないはずだ。



兵士は天上界の反逆者となった虎白に命をかけられないと思ったから竹子達を見捨ててここまで逃げてきた。



彼の中で激しい葛藤が行われていた。





「兵士として反逆者となり共に戦うか・・・人間として確実に生き残れる道を選ぶか・・・」





そんな時、今日までに命を落とした仲間の声が聞こえた。



「迷うな」と。



「正しいと思う事をやるんだ」と仲間が話しかけてくる。



兵士はその場に座り込んでどこからか聞こえてくる仲間達の声を聞いて涙を流していた。



時を同じくして虎白は王都に辿り着いていた。



巨大な門を見上げて佇む虎白とハデスは背後に控える兵士達を一度見ると互いに顔を見合わせた。





「いよいよだ。」

「鞍馬。 全てを思い出せ。」

「ああ。」

「思い出した後にどうするのか考えろ。」





ハデスは大鎌を高く上げると魂の咆哮を上げた。



「王都を焼き尽くせ!!」と叫ぶと冥府軍が一斉に王都へ流れ込んだ。



守るオリュンポス軍に躊躇なく襲いかかっている。



そして虎白は染夜風を見てうなずいた。





「やるぞ。 俺達が何を思い出すのかわからねえが。 ハデスの言う事を信じたい。 ゼウスは俺とハデスを殺そうとした。」

「辿り着く先がどこであろうがお供致します。」

「かかれー!!!!」





虎白は刀を持って王都へ乗り込んだ。



次々に王都にある拠点を制圧する白王隊と冥府軍はゼウスがいる本城を目指した。



天上界全域に送り込んでいるオリュンポス軍だったが、王都にはまだ白王隊と冥府軍の両軍と渡り合えるだけの戦力が残っていた。



しかし白王隊の練度には及ばなかった。





「討ち捨てろ!! 一兵足りとも逃すな!!」




やがて本城への攻撃を開始した白王隊は虎白を先頭に進んだ。



虎白を守る盾も共にある。



永遠にも続くかの様に見える長い階段を駆け上がる虎白の前に現れた。



雷鳴が轟き目の前に落ちた雷は実態となった。



するとすかさず虎白に斬り込んできた。



雷の剣を振り落とすと虎白は刀から感電した。





「うわああああああ!!!!!!!!」

「虎白様!!」





虎白は口から血を吐いたが、直ぐに第八感を放ち世界の時が停止した。



止まった世界の中で虎白はゼウスを斬ったがやはり止まる時間も瞬きほどだった。



ゼウスを斬ったが直ぐに感電して倒れ込んだ。





「虎白様!!」

「弱点なしか・・・神通力が高すぎる・・・」





立ち上がった虎白は無敵とも言える天王を前に刀を構えていた。



すると咆哮と共に大釜がゼウスの体を引き裂いた。



しかし直ぐに雷となって元に戻った。



ハデスが階段を登ってくると怒りに満ちた表情でゼウスを睨みつけている。



怒れる長男と無言で見つめる末っ子が相対した。





「鞍馬・・・我はここで死んでも構わん。 だがそなただけは生き残れ。 そして思い出すのだ。」





大鎌を振り抜くと雷の剣が受け止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る