シーズン8最終話 戦争のない天上界へ

 弱者を利用して、労働力を確保する。



そして情報操作によって民に国家の正当性を証明する。



 同盟国ルーシーに脅威となりうる敵対国を撃退させ、労働力をルーシーに供給する代わりに国家の安全を守らせる。



 これが当初の計画であった。



 ティーノム帝国のスワン女王は、大幅に狂った計画を前にもはやルーシーとフキエに未来はないと判断していた。



 早々に軍隊を撤退させると、彼女自身もフキエグラードを抜け出して本国へと逃げ帰っていた。



 だが連合軍のマケドニアなどの国が、攻め込んでくると考えた女王はある策を放った。



 やがてティーノム帝国へと押し寄せたアレクサンドロス大王らは、眼の前に広がる光景を見て言葉を失い、総攻撃を中断した。



 偉大なる征服王を持ってしても総攻撃ができない理由は、眼前に広がる大勢のミカエル兵団の姿を見たからだ。



 まるでかの兵団がティーノム帝国を守っているかの様に整列しているではないか。



 突然の出来事に驚く征服王は、武器を下ろして兵団へと近づいていった。



「こ、これは何事か!?」

「どうも大王。 ティーノム帝国は連合軍へ降伏するそうです」

「そんな事を今さら許せるものか!!」



 スワン女王は降伏するために国を守ってほしいと、ミカエル兵団に通報したのだ。



 しかし卑劣な半獣族を利用した貧困ビジネスがある以上、スワン女王は兵団に逮捕されるだろうと考えたアレクサンドロスは、苛立ちを隠せない強張った表情のまま静かに沙汰を待った。



 するとマケドニア軍と共にティーノム帝国へ攻め寄せた秦国の嬴政が、腕を組みながら歩いてくると、暗い声で話しを始めた。



「ああいう女は死なないぞ。 きっと何かまだこの場を脱する方法を知っているはずだ」



 嬴政の嫌な予感は見事に的中する事となる。



待つ事一時間あまりが経った頃だ。



 ミカエル兵団の天使長が、二人の英傑の前に現れるとスワン女王は無実のまま、連合軍へ降伏すると決まったと話したのだ。



 これに驚く征服王が、声を上げると天使長はスワン女王が証拠を隠滅したと話した。



「彼女は半獣族がルーシー大公国へ移住した書類を持ってきました。 労働力として利用するなんて事はどこにも書いていないのです・・・なので全ての罪はルーシーのフキエに問われます」



 この期に及んでスワン女王は、フキエに全ての罪をなすりつけたというわけだ。



彼女が貧困ビジネスを始めた事は明白であったが、決定的な証拠が何一つない以上逮捕する事は不可能だった。



 これに激昂したアレクサンドロス大王は、降伏を認めずに総攻撃を開始すると鬼の形相で天使長に言葉を浴びせた。



「不可能ですよ大王。 そうなればミカエル兵団への宣戦布告になります・・・スワン女王は法に守られているのです・・・」



 こうしてスワン女王がまんまと連合軍に降伏して、自身の安全すらも確保したのだった。



 一方で全ての罪をなすりつけられたフキエの前には、虎白を始めとする多くの者が現れていた。



 その中から前に出てきたのは、ユーリだ。



 父セルゲイの意志を継いだと思っていたフキエが、何があってこの様な男に成り下がったのか。



 ユーリが重い口を開くと、フキエはどこか開き直った様子で言葉を返した。



「理想論ばかりでは正義なんてなせない・・・ルーシーを天上界で一番の国にするには、労働力が必要だったのだ。 それにな・・・ティーノム帝国で奴隷になるよりよほどいいだろう」




 フキエは自身が国の最高指揮官になった時に気がついたのだ。



国家を発展させるためには、誰かが苦労して働かないと成り立たないと。



 しかしセルゲイの意志を継ぐためにルーシーの民を重労働させるわけにはいかなかったのだ。



 そこで白羽の矢が立ったのが、突如として滅亡したツンドラ帝国の傘下であった半獣族の小国だ。



 皮肉な事に半獣族の難民を労働力として、確保した時からルーシーは目まぐるしい発展を繰り返した。



 それはフキエの考えが、正しい事だったと決定づけるかの様に。



 愕然とするユーリに声を荒げるフキエは、虎白をも睨みつけて言葉を続けた。



「戦争のない天上界なんてなあ!! 結局は誰かが踏みにじられないと成り立たないんだよ!! だったら踏みにじられている自覚すらもねえ半獣族が適任だろうが!!」



 半獣族はその純粋すぎる性格が故に、知能面で人間に劣っている。



騙されて労働力にさせられて、生きる希望すら失いかけていても恨むべきはルーシーではないと考えているのだ。



 それどころか、彼らは誰一人恨んではいなかったのだ。



 ただ仕事が過酷で、休めないと嘆き続けていたにすぎなかった。



 虎白に同行していたツンドラの元皇女メルキータもフキエの言葉に怒りをあらわにしている。



「だからといって、人間が半獣族を利用していいわけがないだろう!!」

「お前だって結局は鞍馬に利用されているだろうが!! 助けられたと思っているのか!? 半獣族を配下に加えたかっただけだぞ!!」




 その時メルキータは、虎白が兄のノバを殺害した時の様子を思い出していた。



死にゆく最愛の母と、心の傷が治る事がなくなった末の妹のロキータはあの瞬間を持って決まった。



 しかし虎白が殺害した事が母とロキータを狂わせたわけではない。



 ノバが結局は、自国の民を酷使しすぎたせいだと。



 メルキータは我に返ったかの様に目を見開くと、小さい声を発した。



「あ、兄上は・・・周囲の国を守るために、自国の民を酷使していた・・・」

「そうノバはそんな男だったな。 我が盟友だったのだ。 そして俺は自国の民を守るために、周囲の者を利用していた」




 ノバが行っていた行動にも意味があったのだと、知ったメルキータは言葉が出てこなかった。



 方やユーリは怒りながら、そんな事はただの理由付けだと声を荒げている。



 腕を組みながら沈黙を保っている虎白は、ユーリを静かに見ている。



「もういいフキエ。 これで私は決心ができた。 お前は父セルゲイの元へ行って謝罪してこい。 ルーシーは私が鞍馬と共に導く」




 それがユーリの放った最後の言葉だった。



フキエからの返答を待つ事もなく、サーベルで斬り捨てると虎白の前に立った。



 メルキータもユーリの隣に立つと、深刻な表情を浮かべている。



 沈黙を保ち続けていた虎白は、丁寧に一礼すると遂に言葉を発した。



「誰かが苦労するってのはきっと変わらない問題だ。 ただ大きな違いは、大切に思っているかどうかだ。 本気で救いたいと考えているなら、何かしらの対処法が見つかるはず。 俺はツンドラもルーシーも背負っていくからよ」




 そう言い残すと、お初将軍に話しがあると足早にその場を後にした。



こうして事実上ルーシーは滅亡したが、生き残った戦闘民族はフキエの悪行を知りユーリの元へ再び集まってきた。



 空いた土地にはスタシアが入り、北側領土を完全に支配した事になる。



 そして今回の功績からアレクサンドロスは、西側領土へ移り最高権力者となる事になった。



 西の民はギリシア人が多く、アレクサンドロスにとっては統治し易い領土だ。



 そして虎白は、南側領土の最高権力者となり嬴政と共に統治していく事となった。



 悲願である戦争のない天上界は、ほぼ完成した事になるが最後の問題が残っている。



 それは冥府である。



だが今は束の間の平和を満喫するのだ。



 天上界では盛大に各国による式典が行われていた。



 それはスタシアの傘下に入ったティーノム帝国も同様に。



 スワン女王が、白馬の馬車に引かれながら民衆に手を振っている。



 白陸からの侵略を身を挺して守ったと、ティーノム帝国の報道機関は民に伝えていた。



 まるで英雄の様に振る舞われているスワンは、満足げに笑っている。



 その時だった。



 彼女の白くて細い喉に、何かが刺さると呼吸を荒くして悶え始めた。



 護衛の者は慌ててカーテンを閉めて民衆から隠すと、スワン女王の喉元を見た。



 そこには毒矢が刺さっているではないか。



 しばらくして絶命したスワン女王は、後継者がいなかった事もありスタシアに吸収される形となった。



 そんな事の顛末を見届けたお初将軍は、白陸へと帰っていくのだった。





         シーズン8完

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