第5ー12話 似て非なる精鋭

 いかなる事でも突然という言葉が用いられる状況では困惑するものだ。



予定していなかった話が突然舞い込んできたり、会うはずではなかった者が訪問してきたりと様々だ。



そして突然の事態に直面すると、人は行動を少なからず誤ってしまうというのも珍しい話ではない。



 だが賢き者は突然という想定外の事態を未然に防ぐために頭を回転させている。



虎白は前回の反省から冥府軍の襲来に備えていた。



 これは月に一度行われる国主達を集めて話し合う天上議会で話されていた事であった。



天王ゼウスが見守る中で南側領土の最高権力者であるアレクサンドロス大王が今後の方針を取り決めていく。



 そこで話されていた内容こそ突然の冥府軍襲来ではなく、事前に接近に気がつける様にという内容であった。



二十四年もの歳月、冥府軍の襲来はなかったが、メテオ海戦という巨大な戦争を堺に常識は変わったのだ。



 天上軍は交代制で中間地点に部隊を派遣する事で決定された。



先月は秦国、先々月はマケドニアといった流れで今月は白陸というわけだ。



建国間もない白陸は大規模な偵察隊を派遣する事は叶わず、少数精鋭の部隊を中間地点へと派遣する事となった。




「で、それが新入りの私達って事らしいよ」




 そう気乗りしない表情で話しているのは、祭りで喧嘩騒動を起こしたジェイクの世話係であるエヴァだ。



彼女らは近代戦闘の知識を持つ、天上界では数少ない精鋭なのだ。



虎白からの命令を受けた彼女らは装備を身に着けて、中間地点という一時間おきに天候の変わる険しい土地へ赴こうとしている。



 戦闘服に身を包んだエヴァを隊長とする二十名ほどの精鋭は白陸を出発して、天上門を越えた。




「めっちゃ天気いいじゃん」

「フォックスの話では一時間すると雨が降ったりもするらしいぜ」




 ジェイクが葉巻を口に咥えながら、サングラスをして話している。



まるでハイキングにでも来たかの様に呑気に話しているジェイクやホーマーは精鋭とは程遠い様である。



 やがて一時間が経過して天候は雪に変わった。



噂は本当だったと驚くジェイクは背中に背負うリュックから雨具を取り出すと、寒さに耐えながら歩いている。



 天上門を越えて一時間がした頃だ。



エヴァは仲間達と雪が降り注ぐ中で、テントを設営すると食事を取り始めた。



一時間もの間、寒さに耐えながら食事をかき込むと天候が変わった。



 身も凍るほどの寒さから一変して、溶けてしまうほどの灼熱へと姿を変えた中間地点に困惑しながらもテントを畳んで警戒を続けた。




「暑すぎて死にそう・・・でも視界が良くなったから遠くが見えるね」




 中間地点という謎多き広大な土地では山や川もあれば、海まである。



小高い山に入ったエヴァ達は頂上まで進むと、監視を始めた。



虫も小魚すらもいない不思議な土地で木々だけは緑々しく生い茂っている。



 そんな山中で双眼鏡を手に遠くを見ていると、エヴァは異変にいち早く気がついた。




「敵だ・・・なんか建ててない!?」




 エヴァの双眼鏡のレンズに写っているのは、漆黒の大軍が何か建造物を建てている光景が見えていた。



これは一大事だと察したエヴァは直ぐに仲間達と下山を始めた。



 急ぎ天上界に戻って虎白達に報告しなくてはと心の中で焦る気持ちを押し殺している。



彼女はかつていじめられた過去を持っているが、今では立派な精鋭というわけだ。



焦る気持ちを表に出して取り乱すなんて事はない。



過去にいじめに耐えた忍耐力が軍人になってから活かされたとも言える。



 だが山中を急ぎ足で下山している彼女らに異変は訪れた。



エヴァが足を止めると、仲間達に手で合図をすると付近の茂みに飛び込んだのだ。



何があったのかと眉間にしわを寄せているジェイク達は、息を殺して巨体を茂みで隠している。



やっと精鋭らしく見えてきたジェイクとホーマーの視線は獲物を待つ猛獣のそれになっていた。



 しかし次の瞬間には仲間の一人の防弾チョッキに弾丸が撃ち込まれた。




「ノーコンタクト・・・姿勢を低くしろ、敵はサイレンサーをつけている」




 敵は見えない、音の鳴らない銃を使用しているとジェイクが体型に似合わない小声で話すと、エヴァは小さくうなずいて周囲を警戒した。



文字通りの精鋭であるエヴァ達は敵が既に山中に入っている事にいち早く気がついたのだ。



撃たれた仲間は胸元を抑えて表情を歪ませているが、自身で手当てを落ち着いて行っている事からも彼らの練度の高さが伺える。




「絶対におかしかったもの。 風の音が・・・」




 エヴァは下山をしている最中に即座に感じたのだ。



茂みの中を吹き抜ける風の音はがさがさと、葉や枝がぶつかる音が聞こえてくるものだ。



しかし風が吹くひゅうっとした甲高い音の中に木々がぶつかる、がさがさとした音が微かに鈍く聞こえた事に気がついた。




「茂みの中に岩でも突如入れば音は変わるよね。 でも現実的じゃない。 もっと可能性があるのは人間が茂みに入っているって事」




 その僅かな音の違いに気がついたエヴァは仲間達を茂みに隠した事で敵の接近に気がついた。



エヴァの機転によって不気味な静寂が山中で保たれている。



 目には見えない。



しかし敵は確実に、肉眼で見えるほどの距離にまで近づいてきているのだった。

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