第5ー8話 そして最高の思い出へ

 知名度とはいいものだ。



有名になれば多くの者達に名が届き、集まってくる。



時には否定的な意見も出るだろうが、それを差し引いても自身に莫大な利益をもたらすのが良き知名度というわけだ。



 メテオ海戦で奇跡の勝利を手にした虎白の白陸帝国には、続々と民と志願兵が集まってきていた。



国の舵取りを行う虎白達は増え続ける民と志願兵の処理に奔走していた。



既に白陸軍は数万名に膨れ上がっているのだ。



 軍編成に日夜駆け回っているのは竹子と優子の姉妹。



主に陸上で戦闘を行う陸軍を編成している姉妹は数万名もの志願兵達を仲間達に割り振っていた。



机の上に塔の様に積み上がっている入隊希望者達の名簿を一枚ずつ丁寧に目を通して、相応しい指揮官の元へ送っている様子は残業に追われる会社員のそれだ。




「この方は夜叉子軍団で・・・こちらは甲斐軍団・・・」

「姉上、少し休みませんか?」




 人相や戦闘経験などを考慮して軍団に配備する作業は、あまりに膨大で気が遠くなる作業。



何事にも一所懸命に取り組んでしまう日本人らしい性格の竹子を心配した優子は甘いお菓子を机に置くと、隣に座って食べ始めた。



まだあどけなさの残る可愛らしい表情で甘いお菓子を麗しい口に入れていく優子を見て微笑むと、細い体を逸して伸びをした。



 お菓子を食べて一休みしている姉妹の部屋が開くと、純白の顔を覗かせる虎白の顔がひょっこりと視界に入ってきた。



すると、虎白の顔の下から黒髪の美しいレミテリシアも同じ様に顔だけ扉から見せている。




「二人共おはよお。 ちょっと一休みしているの」

「ご苦労さん。 レミを連れて訓練所を見に行ってくる」

「わかった。 既に五千名の方は配備が終わったよ」




 竹子と優子姉妹が必死に軍団へ志願兵を配備している一方で、配備された兵士達は白陸軍の正規兵としての訓練を行っていた。



訓練を担当しているのは甲斐を筆頭に鵜乱と夜叉子であった。



 虎白とレミテリシアは彼女らが厳しい訓練を行っている訓練所を訪れた。



素早く動き回る兵士達の活気と、実戦に向けた高度な戦闘訓練を行っている怒号が響き渡る訓練場へと入ると、甲斐の一声で兵士達が整列した。



 すると夜叉子が扇子を空高く上げてから下へと振り下ろすと、兵士達は寸分の誤差なく一礼しているではないか。



その光景を見て満足気にうなずいている虎白の隣で驚いた様子のレミテリシアが、口をぽかんと開けていた。




「短期間でここまで練度を上げるなんて・・・」

「甲斐と夜叉子の訓練は効果がある様だな」




 メテオ海戦の英雄と呼ばれている虎白の知名度に惹かれて集まってくる志願兵達だったが、彼らを待ち受けていたのは輝かしい英雄伝説ではない。



血反吐を吐くほど過酷な訓練であった。



既に何百人と逃げ出している状況においても、甲斐と夜叉子は訓練内容を緩めることはなかったのだ。



一礼している兵士達が甲斐の一声で頭を上げると、せわしなく走り始めた。




「重装備で城の周囲を駆け足行軍!! 足音一つずらすんじゃないよ!!」




 薄手の鎧を身に着け、菅笠を被っている兵士達は隊列を組むと、足音を一つにして城門を出ていった。



関心した様子で見ている虎白の元へ自慢げな表情で駆け寄ってくる甲斐が両手を広げて抱きついてきた。



体当たりの様に激しく抱きついてきた甲斐の頭を何度かなでると、赤面している。




「短期間で良くやってくれた。 ありがとうな」

「どうってことないさ!! 竹子があたいの軍団を用意してくれているんだがよお。 あたいは騎馬隊だけで十分だから返すって伝えてくれよ」




 そう話している甲斐は自身は軍団を持ちたくないと話しているのだ。



訓練を行っている本人だと言うのに軍団を持ちたがらないとは不思議な話だなと眉間にしわを寄せている虎白は長椅子に腰掛けると、腕を組んでいる。



甲斐という破天荒な乙女の長所は大胆な戦闘と騎馬隊を引き連れて進む突撃能力だ。



 数万もの軍団がいれば甲斐にとっては動きにくいというわけだ。



やがて長椅子から立ち上がった虎白は甲斐の話にうなずくと、再び竹子の元へと歩いていった。



部隊を再編成するためだ。



 立ち去る虎白の背中をじっと見て立ち止まっているのは同行していたレミテリシアだ。



どうしたのかと顔を見合わせている甲斐と夜叉子の名を呼んだレミテリシアは背中に差している双剣を静かに抜いたのだ。




「私と戦ってほしい」

「はあ!?」

「実力を知ってもらいたいんだ。 きっと役に立てるはずだ。 だから一度全力で戦わせてくれ」




 冥府からほぼ拉致の様に連れてこられたレミテリシアだったが、姉のアルテミシアの最期の言葉を信じていた。



亡き姉のためにも戦争のない天上界を作る手助けをしたいと考えているレミテリシアは自身の力量をどうしても甲斐や鵜乱といった武力のある者に知ってもらいたかったのだ。



 困惑する甲斐と夜叉子の前にすっと出たのは鳥人族の戦士長ではないか。



背中に背負っていた盾を手に取り、腰に差していた剣を抜くと、レミテリシアと対峙したのだ。




「いいですわよ。 見せてくださいな。 あなたが私達の家族に相応しいのか」

「家族か、姉さん以外に考えたこともなかったな・・・どうか見てほしい」




 その言葉を聞いた鵜乱の瞳は獲物を狙う、大空の覇者のそれだ。



対峙するレミテリシアもかつて不死隊最強と冥府で恐れられた武人なのだ。



冷静沈着で聡明な考え方を持つ姉のアルテミシアとは異なり、攻撃的で危険な存在として有名であった彼女は冥王から十二死徒として勧誘された過去まで持っていたのだ。



 そんな狂犬の様な彼女が悲しみと覚悟を持って、孤独に耐えながらここに立っている。



全ては新たな家族に認めてもらうために。



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