シーズン4最終話 壮大な夢に向かって
「姉さんは誰にも負けないでしょ」
まるで双子の様に良く似た姉妹は中間地点の海を大艦隊と共に進んでいた。
姉の本船に乗っていたレミテリシアはこのまま、天上界侵攻へと挑むつもりであった。
時計を見ながら大雨の空を見ている姉は大切な妹が濡れない様にカシム将軍に傘を持たせている。
「天候が変わる。 次は晴れるだろう」
「長年、中間地点の天気を研究している姉さんがそう言うなら晴れるね」
精鋭無比として冥府でも恐れられるアルテミシアと不死隊は驚異的な戦闘能力だけではなく、中間地点の天気予報ができる事でも冥王ハデスから重宝されていた。
予報のとおり晴天となった空を見ていたアルテミシアだったが、奇妙な事に気がついた。
太陽が美しき彼女らを照らし、温かい風が黒髪をなでている。
だが晴天なのにも関わらず雨が降っていたのだ。
「知っているかレミ。 日本という国では晴天に雨が降ると狐の嫁入りが行われると言われている」
「じゃあ今頃新たな狐の夫婦でも生まれたのかな」
レミテリシアにすればこれは知識豊富な姉の戯言にすぎなかった。
しかし妹とは異なり、暗い表情を見せる女帝は晴天から降り注ぐ雨に顔を濡らしながら空を見上げていた。
すると大切な妹にある事を言い始めた。
「お前は隣の船に乗れ。 私の予報が外れた事は初めてだ。 それに天気雨なんて今までになかった」
それはただの胸騒ぎにすぎなかった。
しかしアルテミシアはこの胸騒ぎを気にせずにいられなかったのだ。
突然の戯言に困惑するレミテリシアだったが、女帝である姉は半ば強引に隣の船に妹を追いやった。
だがその行動が大きな分岐点になったのだ。
虎白達が乗り込んできた時にレミテリシアが女帝の側にいれば竹子と優子は非常に危険な事になっていただろう。
天気予報を外し、判断まで誤ったアルテミシアはカシム将軍の腕の中で静かに旅立った。
そして今、姉の判断によって隣の船に乗っていた妹が復讐の化身となって雷鳴と共に迫ってきている。
女帝の最後の命令に従っているカシム将軍と配下の不死隊達はレミテリシアの体当たりに身構えた。
彼女らの運命を変えた虎白も仲間達と合流したが、勝利を喜ぶ前に次なる脅威に備えていた。
「鞍馬下がっていろ!! レミ様は非常に強いぞ!! 剣技だけならアルテミシア様を上回るとまで言われている・・・」
迫りくる船はやがて本船に激突して真っ二つに破壊された。
海水が流れ込み、船内から流れ出る不死隊の亡骸が海に浮かんでいる。
甲板を引き裂くほどの勢いで突入してきたレミテリシアは姉に瓜二つと言えたが、表情は常軌を逸していた。
内蔵が飛び出すほどの絶叫をしたまま、虎白達に向かって突き進んできた。
その気迫にたまらず虎白達は武器に手を当てたが、割って入る様に女帝を抱えたまま姿を見せたのはカシム将軍だ。
「お待ちください!!!!」
「カシム、姉さんを下に置け!!!! こいつらを海に沈めてもう一度天上界に攻め込むぞ!!!!」
「もうあなたに権限はないんだ!!!!」
その言葉を聞いたレミテリシアは絶叫を止めてカシムを睨んでいる。
何を偉そうに話しているんだと双剣の刃先で髭を剃るかの様に顔に近づけていた。
だが物怖じする事なくカシムはレミテリシアと共に乗り込んできた不死隊を見渡している。
「この瞬間を持ってレミ様に権限はなくなった。 もはやこの女は不死隊でも何でもない。 アルテミシア様はこの俺に権限を渡された。 さあ、わかったら鞍馬と共に消えるんだ」
正気を失ったのかと表情で訴えながら双剣を甲板に突き刺してカシムの胸ぐらを掴むが、気高き将軍は物怖じする様子はなかった。
こうでもしなくては復讐に燃えて女帝の最後の命令を果たせなくなるのだ。
カシムとて本心はレミテリシアと同じだろう。
眠ったかの様に穏やかな表情で目をつぶっている女帝を再び抱き上げると、レミテリシアに近づいた。
「最後に別れぐらい言わせてやる」
「お、お前・・・反乱か・・・今殺してやる!!!!」
「お前には殺せないぞ。 不死隊!! レミテリシアを押さえつけろ!! さあ鞍馬、連れて行け。 小舟をやるからそれで帰るんだ・・・」
発狂するレミテリシアを数人の不死隊が取り押さえると両手、両足を縄で縛り虎白に投げるように手渡した。
叫ばないために猿ぐつわまでされているレミテリシアは唸りながらも絶叫している。
手渡された虎白は深々とカシムに一礼すると将軍が近づいてきてある物を手渡した。
「持っていけ。 女帝の双剣だ。 レミ様の事を頼んだぞ・・・もう我々は天上界侵攻はできない・・・アルテミシア様亡き今、他の冥府の者達から襲われるだろうからな・・・」
弱肉強食という言葉はまさに冥府の事を意味している。
アルテミシアとレミテリシアの強力な姉妹と優秀な将軍達によって構成されていた不死隊は冥府でも最強の呼び声が高く、今回も冥王からの指名で天上界へと攻め寄せた。
だが結果として女帝とその妹にマフディー将軍以下、数千もの不死隊を失った今となっては同じ冥府軍から領地を奪われる可能性すらあるというわけだ。
領地の守りに徹する他ない後継者のカシム将軍はもう二度と天上界侵攻という一大事業に関われないと覚悟していた。
別れ際に虎白の鎧の帯に女帝の双剣を差すと胸元を力強く押した。
「さあ消えろ鞍馬・・・ど、どうか・・・レミ様を幸せに・・・我らは危険な戦いが始まる・・・きっとレミ様を思えば、これでいいんだ・・・」
カシムは女帝を抱きかかえ、虎白はレミテリシアを抱きかかえたまま別れた。
男共はそれぞれの心境を胸に顔を濡らしていた。
だがそれも悲しみの雨によって流れ落とされるだろう。
もらった小舟に乗って出発した海岸に戻る一同は既に満身創痍であり、複雑な感情から会話はなかった。
喉が破けるほど叫んでいるレミテリシアを哀れんだ目で見ている虎白は大きく息を吸い込んで小さく吐いた。
「こいつの苦しみを考えると・・・これでよかったのかな・・・俺が死んでればよ・・・」
虎白がそう口にした瞬間。
温厚な竹子が凄まじい勢いで平手打ちしたのだ。
下唇を噛んで睨みつけている表情は怒りと悲しみに暮れていた。
「二度とそんな事言わないで・・・彼女の分まで背負って生きていこう・・・何が未来にあるのかわからないけれど・・・お願いだから死ぬなんて言わないでよ・・・」
竹子は大雨の中で顔を濡らしているが、これは雨ではないだろう。
虎白は下を向くと小さくうなずいた。
小舟はやがて海岸へと乗り上げると、帰りを心待ちにしていた莉久が飛びついてきた。
力強く抱き合う虎白と莉久は離れると、主の悲しげな表情を直ぐに察して深々と一礼している。
「いつかお話ください虎白様。」
「ああ・・・今は待っていてくれ・・・背中が重てえ・・・どうして俺なのかな・・・」
記憶もない自身が何故、天上界にいるのかもわからない。
だがどうしてか、困っている誰かを放っておけないのだ。
結果として悲しみを背負い続ける事になっているが、虎白はこの惨劇を経てある事を思い浮かべていた。
それは天上界防衛戦でマケドニアのアレクサンドロスと話していた時の事だ。
数えきれない戦死者を見て絶望している虎白に勇者は言った。
「戦争のない天上界を作ればいいだろう。」
なんと大逸れた事を言っているのかと目を細めたが、今となっては勇者の言っている事の意味が痛いほど理解できた。
アレクサンドロスの話した内容は結果として悲しみが消えるに等しい事なのだと。
虎白が空を見上げていると、天候が変わり灼熱と言えるほどにまで気温が上がった。
そして空には美しい虹がかかり、天上界へ帰って傷を癒やす者達と冥府へ帰って癒えぬ傷のまま絶望的な戦いに挑む者達を見送っているかの様だ。
未曾有の危機で無謀にもアルテミシアを追いかけた虎白が彼女を討ち取った中間地点の海域が「メテオ海」と呼ばれる水深の深い場所だった事から今回の出来事を人は「メテオ海戦」と呼ぶ事になる。
だが当人らは深い悲しみを抱えながらも強く生きて、その先にある未来を見ようと誓ったのだった。
誰も悲しまない戦争のない天上界を目指して。
シーズン4完
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