シーズン3 親友と唱える覇道

第3ー1話 一度だけでも見たかった幸せ

 命は時に儚くそして脆く消えてしまう。



だが短い生涯で誰かを愛して、悩み苦しみ成長するのだ。



だから命とは素晴らしく消えていい者などいない。



薄暗い牢屋であぐらをかいている虎白は今日までに消えた者達へ思いを巡らせている。




「蛾苦・・・お前こそ死ぬべきじゃなかった。 俺達に託した未来ってのはなんだよ・・・」




 気絶でもしたかの様に地べたに寝そべった神族はぼんやりと光りが差さない天井を見つめていた。



そして時は戻り虎白がミカエル兵団に逮捕された直後の事だ。



 慌ただしい喧騒と天使達からの声が響く中で救出された鈴姫は突如として飛び立った夫を手探りで探している。



隣で彼女が倒れない様に支えているのは救出されたシフォンとルメーだ。




「随分と騒がしいけれど何かあったの?」

「鈴姫様・・・そ、その鞍馬様達が逮捕されたみたいで・・・」




 シフォンが小さく発した言葉を聞いた鈴姫は盲目の体をゆらゆらと動かしてミカエル兵団の天使を探した。



傍らに立っているルメーの細い腕を力強く握ると「夫はどこなの?」と声を震わせている。



 危険を承知で助けに来た夫達が逮捕されるという現実を受け入れられない鈴姫はミカエル兵団一番隊の天使長ジャンヌ・ダルクの元までサーベルタイガーに手を引かれて歩いていった。



ルメーがジャンヌ・ダルクの名を呼ぶと鈴姫は細い腕を放して倒れ込むほどの勢いで前のめりになり天使長へしがみついた。




「お、夫は、私達を助けてくれたんですよ? 天上界の誰もが見捨てた私達の事をです!! どうして罪に問われるのですか!? 夫は・・・大勢の命を救ったんです!!」




 悲痛の叫びを小さな体から精一杯に吐き出している鈴姫を見ているジャンヌ・ダルクは首をかしげて、連行される虎白達を見た。



「あなたの夫は確か」と視界に写っていない虫の王を思い浮かべた。



 盲目の良妻は今も夫の羽の音がばりばりと聞こえてくると思っているのだ。



手探りで一番隊天使長の体を触っている悲しき良妻の手を握ると「気の毒に」と声を発した。




「鈴姫。 あなたの夫を逮捕していませんよ」

「ええ!? で、では虎白君と嬴政君の事も!?」

「いえ・・・いないのです。 蛾苦は」




 その言葉を聞いた鈴姫は立ち尽している。



ジャンヌ・ダルクは唖然とする悲しき者の肩を優しく叩くとその場を去った。



天上界の風が空虚に吹き荒れ、喧騒と共に連行されていく者達。



 消えたと思われていた大勢の命が無事に戻ってきたが、鈴姫の夫はこの場にいないのだ。



崩れ落ちた悲しき良妻は下を向いたまま、言葉を発する事はなかった。



 隣で話しを聞いていたシフォンとルメーはかける言葉が浮かばず小さな背中を優しくさすっていた。




「か、帰らないと・・・」

「帰るって蛾王国に!?」

「もちろんそうよ。 王妃が戻ったと民に伝えなくては。 それに彼らの王の死も」




 鈴姫はゆっくりと立ち上がると、シフォンの手を握って国へ帰ると言い始めたのだ。



これに驚きを隠せない二匹は互いに顔を見合わせて次に発する言葉を探している。



 しかし鈴姫は「急いでもらえる?」と変わらず冷静な口調で話すと困惑する二匹に案内されて故郷である虫の国へと帰った。



やがて国へ戻ると王と消えた王妃の凱旋を祝している虫の戦士達が様々な鳴き声を発している。



 人間ほどの大きさである虫の戦士達は言葉を失うほど気色の悪いものだが、彼らは凱旋した王を待ち望んでいる様子だ。



すると茶色い体の誰もが嫌悪する虫が近づいてくると鈴姫の顔を見ている。




「義姉上!!」

「その声は蛾路がろかしら?」

「兄上はどこへ?」




 蛾苦の弟にして今この瞬間に蛾王国の王となった誰もが嫌う虫の姿をした弟君は鈴姫から全てを聞かされた。



異様なまでに速い触覚を動かすと天空へ向けて力のかぎり叫んだ。



だがそれでも冷静な鈴姫は配下の虫戦士に手を引かれて自身の部屋へ入った。



 その途中も笑顔で昆虫共に手を振っていた気高き王妃は部屋に入ると、そこから一歩も動かず立っている。




「あ、あなたああああ・・・・・・」




 誰にも悲しむ姿を見せる事のなかった気高き盲目の王妃は泣き崩れている。



小さな手を顔に当てても溢れ返る涙が流れ続ける王妃の部屋はまるで昨日までこの部屋で過ごしていたかの様に綺麗に清掃されていた。



 部屋から香る愛する夫の異臭が悲しみに暮れる鈴姫の嗅覚を刺激した。



二十四年もの歳月、離れ離れだった夫婦は僅か数時間だけ再会すると永遠に別れる事となったのだ。



 号哭を部屋の外に響かせないために押し潰すほど力強く顔に手を当てる鈴姫は何時間も泣き続けると、部屋から出てきて笑顔を配下達に見せた。



一方で弟の蛾路は激昂している。




「義姉上!! またしても鞍馬と嬴政の仕業か!!!!」

「いいえ。 そんなはずはないわ。 誰かを恨んでも仕方ないの。 今日から国王なのだから感情に流されない様にしなさい。 私は行く場所があるからこれで」




 蛾路はかつて起きたテッド戦役で虎白達の応援要請を兄が受けたがために自身も焼き殺されかけ、義理の姉に当たる鈴姫が拉致された事を恨んでいた。



 国家に所属もしていない放浪者の分際で一国の国主を応援に要請する身の程知らずの神族と人間を激しく嫌悪する弟君は今回の惨劇も彼らのせいだと思っていたのだ。



だが変わらず冷静な口調で話している気高き王妃は配下の戦士に手を引かれてどこかへ歩いていったのだった。



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