第2ー12話 夜叉子の白陸入り
虎白と夜叉子の間に結ばれた絆は、結果として秦国が抱える、山賊問題を解決したことになる。
改めて、白陸に加わった夜叉子は、建設現場へと足を運んだ。肩を並べて歩いている虎白は、彼女を完成間近の城の中へ入れた。
「竹子に笹子だ」
「よ、よろしくお願い致します」
「うん」
無愛想に返答して、背中を向ける夜叉子は、城から見える天上界の景色を眺めている。愛想のなさに困惑した美人姉妹は、顔を見合わせた。
見かねた虎白が、夜叉子の近くに行くと、小声で話し始めた。
「お、おいもう少し愛想良くできねえか?」
「あの娘達は、あんたに惚れているね」
「ああ?」
「そっか......そりゃそうだよね。 あの娘達の気持ちはわかる......京さんもそうだったよ」
夜叉子は、かつて京之介を見て、目を輝かせていた女達を思い浮かべた。そして虎白にも、そんな不思議な魅力があるというわけだ。
「ねえあんた」
「虎白って呼べよ」
「いや、まだ無理......あんたが京さんに似ているとはいえ、心は開けてないのさ。 それに、あの娘達にもまだね」
長年、家族のように連れ添ってきた山賊衆。夜叉子は、それ以外の他人に心を開くことを忘れている。
それは、夜叉子自身が一番痛感していることだが、どのように接していいのかわからなかった。京之介という最愛の存在を失った夜叉子の心は、それ以来、氷のように固まってしまったのだ。
ふと虎白が、夜叉子の顔を見ると、綺麗な唇が小さく震えていた。
「そっか......お前も、頑張っているんだもんな。 竹子達には、俺から言っておくよ。 会話が苦手だってな」
「悪いね。 自分であんたを追いかけるって言ったくせに」
「馬鹿言うな。 お前の過去を知った時点で、お前を背負う覚悟を持ったよ」
そして小さく笑った。夜叉子の笑みは、どこか安堵した様子だ。口元が微かに上がる程度の、笑みだが、夜叉子にとって虎白の言葉は心の救いかのようだった。
「ありがとうね」
「こちらこそだ」
「聞きたいことがあるんだけど」
夜叉子は煙管を取り出して、景色を眺めながら吸っている。
「この国をどうして行きたいの?」
「昨日言った通りだ。 誰も悲しまねえ国にする」
「本当に言っているのね?」
「ああ」
綺麗な口から、小さく煙を吐くと、丁寧に煙管を懐へしまった。
「じゃあ知っておいた方がいいね。 あんた天上界に来て日が浅いんでしょ? 最近、天王とその軍隊が各国へ命令を出しているんだって。 戦争に備えろってね」
軍神アテナの父である天王ゼウスは、嬴政の秦国など有力な国家に命令を出していた。そして天上界で起きる戦争と言えば、虎白が記憶を失うきっかけとなった「冥府」との戦争だ。
「テッド戦役以来、平和だったけどね。 どういうわけか、最近また騒がしい」
「そうか......」
虎白は感じていた。霊界で、異常なまでに襲いかかってきた鬼兵。彼らは、天上界へ逃げていく虎白を見ていた。
そして夜叉子が言う、最近になって冥府が不穏な気配を出しているとなれば、間違いなく虎白が天上界へ来たからだ。言葉を詰まらせる虎白は、夜叉子の顔を見た。
「ん?」
「俺もお前に話さないとな......記憶がない間に霊界にいた話しを」
テッド戦役の後に、霊界で人間の中にいたことを全て話した。
話しを聞き終えた夜叉子は、眉間にしわを寄せている。
「いや、あんたを狙う理由はないでしょ。 悪いけど、当時を知っている私は、あんたの名前すら知らなかった。 そこまで有名じゃないはずだよ」
「俺の軍隊も知らないか?」
「狐の軍隊も見たことなんてないね。 あの戦争は、ハデスによる天上界征服が理由らしい」
では何が理由で霊界で襲われたのか。虎白は、首をかしげながらため息をついた。
「自分で言うのも馬鹿な話しだが、冥府の連中は間違いなく俺を狙っていた」
「あんた何したんだろうね......消えている記憶が戻ったら、人格が変わって、京さんとかけ離れた性格だったりして」
そう自分で言いながら、明らかに不安げな表情をする夜叉子。虎白は、白い耳をかきながら、首を振った。
「それはねえだろ。 記憶が全て戻っても、俺はお前を背負うって決めたからよ」
「まあどうだかね......期待せずに待っているよ」
不安な気持ちは、虎白も同じだ。親友の嬴政すら知らない過去があるのは、明白。
その過去が、ハデスや酒呑童子に狙われる理由なのではと考えると、寒気がした。だが、今となってはどうすることもできない。虎白は、仲間になった夜叉子や竹子、笹子達と白陸を建国するのだ。
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