L_I_M_B_O-①
* * *
「ふうん。それで、ガトウを人質に奪われて、少年の聖臓(オルガン)も全部回収できなかったんだ」
聖堂の地下にある拷問室で逆さまに吊るされたシトラメンデを、ヒースローは手に持った傘の先端でつんつんとつつきながら責めを楽しんでいた。
「ひっ、ヒースロー様っ、おやめくださいっ」
「やめろ? シトラメンデ卿ぅ〜。君はいつから僕に命令できるほど偉くなったわけ?」
「スミマセンッスミマセンッ」
「はぁ〜、調子のっちゃってさあ。大体、君がそうやっていつも偉ぶっていられるのも、僕が拒絶反応のでない優秀な聖臓(オルガン)を選んであげたからじゃないの?」
ドス、と傘の先端でシトラメンデの腹が突き刺される。
「や、ヤメテ〜! モツが出ちゃう!」
「アハハ、汚いなあ」
泣き喚くシトラメンデと無邪気に笑うヒースローの背後で、コツコツと誰かが歩く足音が響き渡る。
それに気づいたヒースローは手を止め、背後へ振り返る。
「やあ、気分はどうだい?」
拷問室に入ってきた人物の顔をみて、ヒースローはにこりと微笑んだ。
患部である心臓の位置をそっと抑えながら、その人物は紳士的に会釈をする。
「はい、大変心地ようございます」
ウォルスリーはそう言って顔を上げた。
「ねえシトラメンデ卿。君が僕にもっと酷い目にあわされなくて済んだのは、君がついでに持ってきたオミヤゲがなかなか良かったからだよ。ガトウは失ったけど、それ補うにあまりある戦力だ。ねえ、ウォルスリー?」
「お褒め頂き幸甚の極み」
ウォルスリー、本名”ガーネット”・ウォルスリー・スタンステッドは二度頭を下げると、纏っているシャツの袖から生き物のように肌を這って指先に集まる黒い針金をヒースローに見せしめた。
「”パレイドリアの檻”にございます」
「君のもともとの能力と競合もせず、いいアンバイでしょ? 僕ってすごいよね」
「仰る通り」
「ねえウォルスリー。このまま僕の言うことをきいてデルのお世話をしてくれたら、デルが君だけは元の世界に返してあげるってさ。だから気に入ってもらえるように頑張って?」
「はい、勿論」
ああ、よかった。
そう言って、ヒースローは両手をぱん、と叩いた。
「ガトウの後釜が決まってよかった〜! デルの世話なんて、僕ひとりじゃどうしようかと思ってたもん!」
「あ、アノ、わ、わたしは……」
ぶらぶらと天井からぶら下がりながら、シトラメンデが指をくわえる。
「君は特攻隊長。あと、デルの近くに寄るなよな。気持ち悪いってさ」
「そ、そんなっ」
アオーン、と犬の声で鳴くシトラメンデをよそに、ウォルスリーはひとり思案していた。
こうして繋がったこの身、この命。果たして……
ヒースローに背を向け、拷問室を後にするウォルスリー。
その様子を見送りながら、ヒースローは不気味に微笑んだ。
「……あの爺さん、見ものだね」
そう呟くヒースローに向かい、「えっ何です? 何ですか」と騒ぐシトラメンデ。
なんでもないよ。
ヒースローはそう言って、傘を再び握り直した。
聖堂の鐘が辺りに遠く響いていた。
時は夕刻に近い。
白い大理石で造られた城の入り口付近までを無言で歩いていたウォルスリーは、その場所に立ち尽くすワイシャツ姿の男に気づいて足を止めた。
「……よぉ」
「……」
シェパーズだった。
オレンジ色の太陽に照らされて、影が長く伸びている。
ウォルスリーと無言で向かい合う。
やがてどこからか取り出したタバコにシェパーズが火をつけると、その煙をふう、と吐き出した後に親指で自分の後方を指差した。
「城、戻ろうぜ」
「それはできない」
「なぜだ?」
シェパーズの眉間に皺が刻まれる。
互いに距離を保ったまま、その間に城の中庭から吹いた風が通り過ぎた。
「私の主はもう、この城の中にいる」
「この業世界(カルメリア)を創生されたし、聖堂におわしますデルレイ様ってか? 違うだろウォルスリー、お前の主人は白亜様だ」
「今は、違う」
「違わねえだろうが!」
シェパーズが声を荒げる。
ウォルスリーは動じなかった。
「出てゆけ、シェパーズ。私はお前の聖臓(オルガン)の位置を知っている。能力もな。ここで大人しく帰れば、見逃してやろう」
「なんだと……?」
シェパーズはその言葉に逆上しそうになるも、しかしふっと身体から力を抜いた。
そうしてウォルスリーに背を向けると、そのまま数歩、城の出口に向かって歩き出す。
「失望したよ、あんたには」
「……」
「次に会う時は、悪いが容赦はしねえ。そのふざけた内臓全部ブチ抜いてやるから、せいぜい絶食して待ってるんだな」
「お前もな、シェパーズ」
その言葉を最後に、ウォルスリーはシェパーズが城から去ってゆくのを見届けた。
城を囲う空中庭園から伸びた長い階段を降りてゆくシェパーズが、こちらを振り返らないことに安堵する。
そうだ、これでいい。
ここから先は修羅。私は私の信ずる道を歩めればそれでいい。
「たとえそれが、負け犬の道であってもな……」
そう誰に言うでもなく呟いて、ウォルスリーはデルレイのいる聖堂へと戻っていった。
この世界とやらを創生したといわれる少女。
その顔がどんなものか、この目で拝ませて貰うとしよう。
城は静かだった。だからだろうか。
新しい身体に慣れない臓器が血を求めてドクリと脈打つ。
その音色が、ウォルスリーにははっきりと聞き取ることができた。
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