7-7

 マギーから内職だけではなく出店の手伝いにも加わりたいという提案を受けた時、倫は嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 ついでに会わせたことのないグループの子供たちも紹介したいということで、早朝の準備から、孤児たちと合流することになった。


 王都全体が霧に煙る冬の早朝。倫は欠伸を浮かべながら、裏口前に停めてある荷車に、テントの骨組みなどを積み込んでいると、マギーのグループが好んで身に着けている苔色のマントが目に入った。

「おはようございます」

「ございます!」

「おはよう! 君たちが今日手伝ってくれる子たち?」

 マギーと同じくらいの歳で利発そうな黒髪の少年と、張り込みの時に見かけた三人の少年の内の一人の、赤みがかった茶髪の少年が元気よく挨拶をしてくれた。

「はい、おれはドニーっていいます。で、こっちはラウです。今日はよろしくお願いします」

 ドニーは胸に手を当てて、深々と頭を下げる。一方のラウは常に自信たっぷりな顔で腰に両手を当てていた。

「ドニーにラウ、今日はよろしくね。これを荷車に載せたら出発できるから!」

 最後に、商品であるバンビを載せようとすると、それをドニーがさりげなく持ち上げて、荷車に乗せた。

「これで全部ですよね。じゃあ、行きましょうか」

 そういって、ドニーは一人で荷車を牽いていこうとしてしまう。倫は慌てて後ろに回って、ラウと一緒に背後から荷車を押した。

「ドニーって力持ちなんだね、いきなり一人で牽いていこうとしちゃうからびっくりした!」

「あぁ、おれはこのグループの中で、唯一身体が大きい男なんで、一人で冒険者の小間使いとか荷物持ちとかやってるのもあって、力にはわりと自信あります」

「そうそう、あとドニーは喧嘩も凄く強くて、周りの男グループも、ドニーが居ると皆怖がっちゃうんだぜ!」

「ラウ……話を盛るな。別にあいつらはおれの事なんて怖がってない、どっちかというとマギーのねちっこい反撃を嫌がってるだけだ」

「ははは、マギーは力で勝てない分、あいつらには無い頭を使って物凄い嫌がらせするからな。リンも気を付けた方がいいぜ!」

「あはは……なんか目に浮かぶなぁ」

 マギーがどんな嫌がらせをするのかは想像に難くなく、倫は苦笑いを浮かべて、真っ白な世界を進んでいった。

 程なくして城壁前に着くと、テントの設営を始めたが、特に指示をしたわけでもないのに、二人の手際の良さでテキパキとテントが建てられていって、倫は感心しきりだった。

「二人とも仕事早いねー!」

「だろー?」

「こんな感じで大丈夫ですか?」

「もちろん、あとは中の設営と、表に看板を立てたら百点満点!」

 喜んでいる倫を見て、二人は少し嬉しそうに顔を綻ばせた。

 三人で中の設営を始めた時、倫は二人の様子を伺いながら、おずおずと問いかけた。

「あのさ……こういう話はしたくないかもしれないけど、二人は、こういった穢れの日の商品を扱うのって、どう思う?」

 二人は顔を合わせると、さして気まずそうにもせず、普通に答えた。

「別に、おれたちはそういう教えを受ける前に親元から離れたし、グループ以外の奴らとはあんまりつるまないんで、偏見とかはあんまり無いっすね」

「だよなー。ていうか、どういうものなのかもよく分かってないしさ。あ、でもさ、教会から施しを受けてる奴らは、割とそういうので過剰反応したりするよな。物貰う代わりに、そういう教えを受けてんのかな?」

「そうなんだ。とにかく、二人が嫌じゃないならそれでいいんだ。良かったぁ」

 倫はほっと胸を撫でおろす。穢れの日に対して敏感な人が多い中、こういう考えを持つ人も存在するのだと感じる度に、少しだけ救われた気持ちになった。

 中の設営も無事終わり、表に看板を立てようと外に出ると、丁度良くマギーがテント前に現れた。

「おはよう」

「あ、マギーおはよう! 後ろの子たちは、初めましてだよね?」

「はじめまして、エミリアです。よろしくおねがいします」

 マギーの背後に居た二人の小さな女の子の内、クリーム色の髪を真ん中分けにした柔和な雰囲気の女の子は、胸に手を当ててぺこりと頭を下げた。

 そして、隣の淡い紫色の髪の気が強そうな女の子は、エミリアに引っ付きながら、ぼそぼそと呟いた。

「……チータ」

「エミリアにチータだね、今日からよろしくね!」

「ほら、チータ。人見知りしてないでしゃきっとして」

 そう促されても、今度はマギーの背中に隠れてしまい、チータは倫を警戒した様子で、背後から覗き込んでいた。

「……全く。今はこんなんだけど、接客は出来るから心配しないで」

「いいよ、気にしてないから。ちょっとずつ慣れていってくれればいいよ」

 そういって倫が覗き込みながら微笑むと、チータは恥ずかしそうに視線を下げた。


 ドニーとラウとはここで別れ、代わりに入ってきたマギー、エミリア、チータと共に、朝の鐘を迎えた。

「三人とも、うちの接客のモットーは、とにかく優しく穏やかに、だからそこをよく考えてね。バンビを買いに来るお客さんは、穢れの日に関する商品だからって、緊張して身構えて来る人も少なくないから、それを和らげるように話しかけてあげてね!」

「はぁい」

「……はい」

 にこにこと笑みを浮かべるエミリアと、小さく頷くチータを確認してからマギーを見ると、いつもの仏頂面に、少し緊張が混じっているように見えて、倫は首を傾げた。

「どうしたのマギー、もしかして緊張してる?」

「……別に?」

「マギーはね、目つきも顔つきも鋭いし、見た目からして孤児だから、お客さんに怖がられないかって心配してるんだよ」

「ちょっとエミリア、心を読まないでよ!」

「心なんて読んでないよ、そう顔に書いてあるんだもん」

 エミリアにしれっと本心を暴露されてマギーは怒っていたが、その瞬間、テントがおずおずと開かれた。

「あのぅ……すみません、バンビを買えるお店はここで合ってますか?」

「あっ、合ってますよ! ほらマギー、行っておいで!」

「えっ、ちょっ……!」

 倫が訪れた客に向けて、マギーの背中を押す。孤児の風貌をした店員に驚いた様子の客に、マギーは緊張した面持ちで話しかけた。

「……えぇっと、こ、この商品は全て従業員の手作りで、魔法付与布使用という拘りが……」

 目も合わせずに、マギーは小さな声でぼそぼそと説明をしていて、客は聞きづらいのか、困惑した表情を浮かべていた。

 いきなりは厳しいかと倫が助け舟を出そうとすると、それよりも早く、エミリアが笑顔を浮かべて客に近づいていった。

「お客様、この商品、とっても肌触りがいいんですよ。よかったら触ってみませんか?」

「あら、そうなの。まぁ、本当だわ、触っていてとっても気持ちいいんですね」

「そうなんですよ。三個セットだと割引されるんですけど、お試しとして一つ買っていただくのもいいと思います!」

「なるほど……うぅん、そうね。とりあえずはお試しで一つ買って行こうかしら!」

「ありがとうございます!」

 あれよという間に客がバンビを購入していき、満足した顔でテントを去っていった。

「……ごめん、エミリア。助かった」

「いいよ。マギーもちゃんと出来るから、自信持ってね」

「そうだよ、さっきはいきなりだったし、次は大丈夫!」

 自信を持たせるように言ったが、マギーは先ほどの失敗を気にしている様子で俯いてしまう。倫は不安そうな顔をしているマギーに出来ることは無いかと考えて、ふと何かを思いついたような顔をした。

「マギー、ちょっとこっちおいで!」

「え、何急に……椅子に座ればいいの?」

「そうそう。マギーが見た目を気にしているなら、そこを変えちゃえばいいんだよ。顔を拭いて、髪を梳いてまとめるだけでも、印象って変わると思うんだ!」

 どこからか取り出した櫛を手に取ると、倫はマギーの無造作に長い髪を梳いていく。意図を汲んだエミリアは、古めかしいハンカチでマギーの顔の汚れた所を拭いてやった。

「ずっと思ってたんだけど、マギーはちょっと見た目を整えるだけでも、十分可愛くなると思うんだよね!」

 すると、チータが倫の元に近づいて、提げていた鞄から、一本の白いリボンを取り出した。

「これ、マギーにつけてもいいの?」

 こくりと頷いたチータは、恥ずかしそうにそそくさと倫から離れていく。倫は笑みを浮かべると、梳いて滑らかになった髪をまとめると、首元の辺りに貰ったリボンで一つ結びをした。

「うん、ずっとかわいくなった。これでマギーも、普通の女の子にしか見えないよ!」

 すると、間の良い事に次の客が現れて、倫はマギーに目配せすると、緊張した顔で頷いた。

「い、いらっしゃいませ!」

「ここって……バンビを買える露店なのよね?」

「はい、えっと……こ、こちらの商品の説明をさせていただきます。こちらのバンビは全て手作りで、一つに三種類の布を使っているんですが、全部に魔法付与が施されているんです。肌触りもいいので、良かったら触ってみてください」

「へぇ、そんなに凝った作りなのね、知らなかったわ。確かに肌触りもいいし……でも、お値段はちょっと張るわよね」

「拘っている分、どうしてもコストがかかるので……でも、こちらのセットを購入してくださる方には、半銀貨五枚分の割引をしていますよ」

「あら、お嬢さん商売上手ねぇ。気に入ったわ、それじゃあこちらの三個セットを買わせていただこうかしら」

「あ……ありがとうございます!」

 マギーは嬉しそうに笑って、客に三個セットを手渡すと、代金を受け取った。

 客を見送った後、ふと振り返ると、倫が嬉しそうに微笑んでいて、マギーは照れ隠しに怒った。

「そんな顔で見つめて来るな!」

「だって、頑張ってたからさぁ」

「だからってじろじろと……あ、ほらまたお客さんが……」

 矢継ぎ早に訪れたお客さんに、マギーが挨拶しようとすると、その表情が固まった。その客は怒りに満ちた顔をしていて、じろりとマギーを睨みつけたのだ。

 それを察知した倫はすかさず前に行き、マギーと客の間に割って入ると、話し始めた。

「お客様、どうなされましたかー?」

「ちょっと、ここで買った商品について文句があるんだけど! ここの商品がとてもいいからって聞いて買ったのに、全然話と違うじゃない、どうなってるのよ!」

「あぁ、そちらの商品なんですが、手違いで本来使われていた布と違うものを使用してしまいまして、現在交換の対応を取らせていただいてます。こちらが本来の品です、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 倫が深々と頭を下げると、代わりに棚に並ぶバンビを差し出した。客はこんなに恭しい態度で謝罪されるとは思っていなかったのか、少し動揺していた。

「違う、それは私が……!」

 庇われていたマギーは口を挟もうと身を乗り出すが、倫はそれを許さなかった。

「こちらでも満足していただけなかった場合、返金も検討していますので、もう一度使って確かめていただけると幸いです」

 ここまでへりくだられると、自分が悪者のように思えてくるのか、客はたじろぎながらもバンビを奪うように取ると、その場を去っていった。

「なんで……不手際じゃなくて、あれは偽物なのに……」

 マギーは、納得いかない様子で呟く。振り向いた倫は笑っていた。

「そこまで数は出回ってないし、大事にしたくないから、これでいいんだよ。皆反省してるって分かってるし、気にしちゃだめだよ」

 そういわれても納得できず、マギーは何か言いたげな顔をしていたが、何も言えないまま口を閉ざす。

 彼女にとって、普段ならこんな風に庇われるなどプライドが許さなかったが、今胸にあるのは、倫に対する申し訳なさだった。


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