第40小節目:musician

 ホームルームが終わると、英里奈さんがおれの席までやってきた。


「たくとくん、あのさぁ」


 部活のあと一緒に帰ろぉ? 的なことだろうか。今日は先約があるから断らなきゃな……。いや実は一回もOKしたことはないんだけど。


「ごめん、今日は、」


 と言いかけたところ、


「さこっしゅとけんかしてるの?」


 と聞かれた。


「ああ、まあ……」


 あっぶね! 誘われてもないのに断ると言う自意識過剰のさいたるやつをやるとこだった!


「……なにがごめんなのー?」


「えっと、いや、なんでもない」


 焦りながら答えると、


「ふぅーん?」


 と、英里奈さんは、あひる口を少し開いて首をかしげた。


「まぁそれならいいやぁ、じゃーね、たくとくん」


「お、おう」


 胸のあたりで小さく手を振るおれを置いて、英里奈さんは部活に向かっていった。


 ふぅ……とひたいの汗をぬぐっていると、市川がなんだかぎこちない歩き方をして近付いて来た。


「えっと、そしたら、行こっか?」


「お、おう……」


 にへら、と市川が笑う。




「今日もホームルーム長かったね」


「そうなあ……」


 新小金井までの帰り道を、市川と並んで歩く。

 

 なんだか、約束して一緒に帰ってると思うと緊張するような気もするが、それよりも若干、眠気ねむけがまさっていた。


 眠い。


「今日、英里奈ちゃん、いつもよりも、さーっと部活にいったね?」


「そうなあ……」


 さっき沙子との喧嘩について訊かれたくらいだ。


 そうなんだよなあ、さこっしゅと喧嘩してんだよな、おれ。


 思い出すと憂鬱ゆううつだ……。溜息ためいきが出るわ。退屈たいくつ通り越して消失しょうしつしてしまいたい……。


 それはどこかで謝るとして、今解き明かさないといけないのはバンドのことだよなあ……。


 明日の練習までになんらかの答えを探さないと試験休みに入ってしまう。




 つまるところ、市川の歌をもってしても、amaneの音楽に追いついていないのだ。


 やっぱり作曲のセンスかなあ……。


「小沼くん、大丈夫?」


「え、なにが?」


 思考が暴走ぼうそうしているのがバレて動揺どうようしてしまった。


「寝てないの? なにか悩み?」


「ああ、いや、なんか」


「なんか?」


 睡眠不足で思考が追いつかない。


 言葉を選ぶ気力すらない。とりあえず素直に思っていることを伝えるか。


「もっとamaneに近づけないかな、と思っててな……」


「ほえ!?」


 市川が目を点にして、頬を染めている。真っ赤だ。


「……どうした?」


「え、えっと、どうしたじゃなくて……え?」


 手で自分の顔をパタパタとあおいでいる。


 何、どうしたの市川さん。


「市川はどう思う?」


「わ、私?」


 肩をびくっとさせて自分を指差す。


「わ、私は……えっと……私、も……? えとえと、でもそれは段階的にというか……」


 もじもじと、ずっと何かを言いよどんでいる。


 まあ、自分の音楽と比べて足りないところなんか言いづらいか。


 助け舟をだしてやることにする。

 

「コードかな、リズムかな、歌詞かな。他の何かかだったらそれでもいい。率直そっちょくな意見が聞きたい」


 すると、市川はキョトンとして、


「……へ?」


 と首をかしげた。


「え、何、どうした?」


「ん? コード、リズム……? え、バンド……? でも、天音に近づきたいって……あれ?」


「はい?」


 二人の間に妙な雰囲気が流れる。


 えーと、何を……? と考えて、思い当たる。


「「…………!!」」


 ああ、そういうこと!?


 お互いがお互いの意図と勘違いに気づいて、二人の顔が同時に火を吹いた。


「あ、す、すまん……」


「いや、私の方こそ、そうだよね、そりゃそうだよね……」


 てかさっき『私も……』って言いかけなかった!?


 

 一気に目が覚めたおれは、コホン、と咳払いをして、なんとか仕切り直しをはかる。


「えっと、結局、おれはまがい物なのかなって、思ったんだ」


「まがい物?」


 まだ頬に朱色の残る市川が首をかしげる。


「amane……、えっと、ミュージシャンのamaneを追いかけてるだけの、まがい物って言うか」


 市川は眉間みけんにしわを寄せて、理解をしようと考えてくれている。おれは続ける。


「コード進行にもっとおしゃれなコードを入れるべきなのか、ドラムの叩くパターンを微妙にずらしたりした方がいいのか、それとも歌詞に季節を感じさせる言葉を入れるべきなのか……? 色々考えて練ってみたんだが、全然分からなくてだな……」


 おれたちの曲に足りないものはなんだ? 必要なものはなんだ? 練習を重ねれば変わるものなのか? 生まれ持ったセンスか? 結局、凡才のおれには届かないのか?


 おれはまた思考の沼に、はまっていく。


「小沼くん、」


 そんな沼から、引きずり出すように、手を差し伸べるように、市川が声をかけてくる。


 おれは、その先の言葉を待つ。




「考え過ぎだから」




「……え?」


 拍子抜けする。


 ほうけたおれを放って、市川は続けた。


「小沼くんは、何を音楽にしたいの?」


「何を、音楽に……?」


 おれが顔をしかめていると、市川はそっとうなずく。


「私、思うんだ。音楽は、目的じゃないって」


 目的じゃない?


「音楽をするために音楽をするんじゃなくて。伝えたいこととか、あふれそうな感情とか、そういう形のないものを誰かと共有するために音楽をするんじゃないかなって」


 そう語る横顔は、すごく真剣だ。


「伝えたいこととか感情がまず最初にあって。それを音を使って、歌詞を使って、誰かに届ける。音楽は感情を届けるための手段なんだよ。メロディも、コードも、リズムも、歌詞も、その感情を表現した時の結果でしかないんだよ」


 おれはその姿に、とにかく圧倒されていた。


 さっきまでクラスメイトでバンドメンバーだった市川天音が、まぎれもなく今、amaneになっていた。


 おれの憧れ倒した、天才シンガーソングライターに。 


「ねえ、小沼くん」


「はい……」


 つい敬語になってしまう。


「小沼くんは、音楽がしたいの? それとも、音楽で何かをしたいの?」


「それは……」


 言いよどんだおれにちょっと微笑みかけて、amaneは言った。


「私は、音楽がしたいんじゃなくてね、音楽で自分のことばを誰かに届けたい」


 すぅー、っと息を吸って、


「今は、自分の言葉、歌えないけど、伝えたいこと、いっぱいあるんだよ」


 寂しそうに笑いながら。


「amaneがどうとか、まがい物だとか、そんなのはどうでもよくてさ、」


 そして、もう一度、おれに問いかける。


「小沼くんは、何を音楽にしたいの?」

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