第36小節目:ばかやろう
放課後。
「それでは、ホームルームを終わります。さようなら」
担任の声と共にクラスのみんながガタガタと音を立てて席を立つ。
すでに廊下は別クラスの生徒の話し声でざわざわしていた。
6組は担任の話が長く、いつもホームルームが遅いことで有名だ。
バイトがある
4組の前に着くと、ちょうど吾妻がベースを背負って教室を出ようとしていた。
「あ、
「吾妻、すまん、待たせて」
「ううん、ちょうど楽器を部室に置いてこようと思ってたとこ。ここで待っててもらうのもあれだから、ちょっと付き合ってよ」
「つ、つきあう……?」
その言葉にピクっと反応してしまう。
「いや、部室に一緒に行くって意味でしょ。怖っ……」
吾妻ねえさんが引いている。その反応はマジのやつじゃないですか……。
まあ、今のはおれが悪かったな。過剰反応だ。すみません。
吾妻について、器楽部の部室へと向かう。
器楽部の部室は、レクチャールームという、1学年全員くらいが座れる座席のある、小さな舞台のある教室だ。
学年ごとの集会や、部活紹介など、大人数を集めたいけど体育館でやるほどではない、というような規模の会がある時に使われている。
「バイト先に楽器持ってくと、楽器のこと分かんない人が蹴っちゃったりするから嫌なんだよね」
吾妻が
「そうなんだ」
ん、でも。
「そしたら今日持ってこなきゃ良かったんじゃないの?」
「いや、昼休みに練習したかったから」
真剣なまなざし。
「おお……」
やっぱり、ぱっと見の見た目に反して真面目で熱心なんだよなあ。
感心しながら話しているうちに、レクチャールームにたどり着いた。
「じゃ、ちょっと待ってて」
「お、おう……」
こういう、アウェイな場所に一人にされると冷や汗が出てくる。
まあ、大抵の場所はアウェイだし、大抵の時間は一人なんだけどな……。
少し待っていたら、レクチャールームからスティックを持ったメガネの男子が出て来た。
こちらを見るなり、にこやかに
いや、なんすか? と思いながらも、吾妻ねえさんから
するとちょうどその時、吾妻が戻ってきた。ああ、azuma様……!
「お待たせ小沼、……ってあれ何してんの? ふたり、知り合いなんだっけ?」
吾妻がほけーっと首をかしげる。
「ううん、今初対面だよ」
吾妻の問いかけにメガネくんが答えた。
「へえ、そうなんだ。ドラマー同士引かれあった的な?」
「あれ、この人もドラマーなの?」
それは、興味深いみたいな表情でおれに水を向けてくる。
「ああ、まあ、そうだ」
「そうなんだ、すごい偶然」
「そう、だな」
まああんまりドラマーっていないしな。
と、再びなんだか不思議な時間が流れそうになったところを、
「んじゃ、行こっか、小沼。じゃね、
と吾妻がさえぎってくれた。
「うん、それじゃあね。
由莉ちゃんだあ? と内心でだけ毒づくおれをよそに、吾妻はにこやかに手を振ってメガネくんと別れる。
「なんか、不思議な人だな、あの人」
階段を降りながら、おれは吾妻に言う。
「そう? いいやつだよ、
「ほーん」
「あいづち」
「ああ、ごめん……」
そうだった、吾妻ねえさんはあいづちに厳しいんだ……。
「それで、小沼の相談っていうのは?」
吾妻が軽く首をかしげる。
「ああ、そうだ。あの……」
一応周りを見回し、関係者がいないことを確認する。
「英里奈さんのことなんだけどな」
「英里奈?」
首をかしげる吾妻に、おれは、英里奈さんと昨日話したことを説明した。
「要するに、ケンジが来ない予定だった勉強会で英里奈が小沼との仲良しアピールをしようとしてたのが変だってこと?」
おれの話を吾妻がまとめてくれる。さすが国語の偏差値80超え系女子。
「そうだ」
おれはうなずく。
「なるほどね。まあたしかに……」
そういうと吾妻は、目を閉じて少し考えてから、
「ああー、そういうことか……」
と天を
「ん? どういうことだ? 何が?」
疑問のオンパレードである。
「んんー……、確かに、英里奈にしては手の込んだこと考えるなあとは思ったんだけどね……」
「はい?」
まったくわけがわからない。
「ごめん、小沼」
吾妻はおれの肩に手をのせると、
「せっかく聞かせてもらったけど、これはあたしの口から言うことは出来なさそう」
と、うなだれてみせた。
「ええ?」
そんなあ……。
「ほんとごめんね……」
申し訳なさそうにしている吾妻にもう一言くらい追及してもよいものか、と考えたのも
「えっと、それじゃあ、せめて最後に一つだけ……」
「んー?」
吾妻が振り返る。
「何かおれが気をつけておくべきことはあるか?」
「んーと、気をつけるとしたら……」
吾妻は腕組みをして、店内の方を見ながら下唇を噛む。
「自分を
「んん……?」
いつもは分かりやすいはずのユリポエムが今回はよく理解出来ない。
頭の上にハテナマークを浮かべて吾妻を見ていると、
「例えば、あそこにいる
と店のドアのあたりを手で示される。
示された方に顔を向けると、黒髪の美少女がプンスカと擬音を立てながら店から出てきた。
「はあ、あたしがもっと念押しすればよかったね……」
吾妻が片手で頭を抱える。
「小沼くんのバカ!」
元天才美少女シンガーソングライター・市川天音の抜けの良い声で放たれた
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