第33小節目:ありあまる富

 市川いちかわと一緒に吉祥寺きちじょうじ駅へと降り立つ。


 改札を出て左側、北口を出た。


「よし、行こう!」


「おう!」


 意気いき込んで右腕をあげる市川と珍しく陽気に乗っかるおれ。


 なんせおれはCD屋が大好きなのだ。ノリノリである。調子が付いてしまい、掛け声めいたものもあげてしまう。


「「いざ、」」


 二人の声が重なった。


「タワーレコードさんへ!」「ディスクユニオンへ!」 


 …………あれ?


 ここは、綺麗にハモるところでは……?


「え、なんか違うこと言ってないか?」


「小沼くんこそ、何か違うこと言ってない?」


「吉祥寺のCD屋はユニオンだろ」


「いやいや、それどこにあるの? タワレコさんに行くんでしょ?」


 なるほどですね……。


 ディスクユニオンは中古CD、LPを中心としたお店だ。新品もある。アマチュアバンドのCDを委託販売いたくはんばいしていたりもする。店員が目利きの役目も請け負っており、中古本屋にある中古CDとは、品揃えの方向性が違う。


 安く中古のCDを沢山手に入れることが出来て、雑多な商品の並び方や来ている人たちの陰キャ感に安心しながら宝探しみたいにワクワクしながらCDを見つけることが出来る、天国みたいな場所だ。


 タワーレコードは新品のCDを中心としたお店だ。インストアライブやアーティストとのコラボ展示などもよく行われている。そういえばamaneのインストアライブもタワレコだったな……。


 おれみたいにお金が無い人間にとっては、タワレコなんていうのは、どうしても欲しい新譜がある時に貯めたお金を握りしめてドキドキしながら行く、まばゆく輝く天国みたいな場所だ。


 

 どっちも天国じゃねえか。やっほう! レコードショップ最高!


「おーい、小沼くん」


 目の前でひらひらと手のひらが揺れる。


「すまん、心だけ先に天国に行ってた」


「て、天国……?」


 天使が引いている。天国の話してるのに。


「で、どっち行こうか? タワーレコードさんかなと思ってたけど、そのディスク……ユニゾン……? 私行ったことないからそっち行ってみたいかも」


「ディスクユニオンな。ていうか、さっきから気になってたんだけど」


「ん?」


「なんでタワーレコードさんって呼んでんだ? うやまってんの?」


 おれも尊敬はしているけどな、タワレコさん。


「へ? あ、そっか……」


 市川はバツの悪そうな顔をしてから、ごまかすようにえへへと笑って、

 

「昔のマネージャーさんが、インストアライブの話する時『タワーレコードさんのインストアライブ』って言ってたから……」


 と言った。


 なるほど。タワーレコードさん取引先だったパターンか。


「まあまあ! いいじゃんそんなこと! ディスクユニゾンに行こう! 連れてって!」


 笑いながらそう言って、おれの背中を押す市川。


 しつこいようだけど、おれはこの程度のボディタッチにも耐性がありません。





 ということで!


 吉祥寺駅から徒歩4分! ディスクユニオン吉祥寺店にやって来ました!


「市川! 何かお目当てのCDはあるのか!?」


 入り口の狭い階段(おれ的通称:天国への階段)をあがりながら市川に尋ねる。


「え、いや、特にはないけど、aikoのちょっと前のとか……? あ、でも、洋楽しかないのかな」


「いや! あるぞ! 邦楽もいくらでもある! この間、aikoのシングルは1万円くらいするのを見た!」


「い、いちまん!? 新品より高くない?」


 階段をのぼりきる。

 お店のドアを前に振り返る。高いお店だと思われてはいけない。


 訂正しなければ。


「レア盤なんだ!」


「レ、レア盤……?」


「インディーズ時代のアルバムなんだ! 世の中に1000枚とかしか出回ってないものもあるんだよ!」


「ちょ、小沼くん、近い……」


 市川が何やら身をよじっている。


「よし、行こう!」


 おれはまた正面を向き、手動のドアを開ける。


 そして、市川の耳元でこう呟く。


「Welcome to Underground……」





 …………。


 無言ののち、このあと市川はいつもよりも少し多めに距離をとって店内を巡っていらっしゃいました。ちょっとやりすぎちゃいましたね。反省します。


「すごい、タワレコさんとは全然違う雰囲気だね。aikoはどこにあるのかな……」


「J-POPコーナーの『あ』のコーナーにある」


 おれはそう答えながらそちらへと誘導する。


 日本人は五十音順、海外アーティストはアルファベット順で並べられている。


『あ』と書かれた仕切り板があって、『あ』からはじまるアーティストがいくつか並んだ後に、aiko、ASIAN KUNG-FU GENERATIONなど、1アーティストだけで何枚も置いてあるようなアーティスト個別の仕切り板がある、という感じだ。


 狭い通路をくぐりぬけ、『あ』のコーナーに着く。


 そこで、おれらは二人で同時に、


「「あ……」」


 と声を漏らした。


 そこにあったのは、背表紙がこちらを向けて並んでいる棚の中、唯一オモテ面がこっちを向いてPOPが付いている一枚のCD。


 POPに書いてあったのは、


『絶版につき激レア! 幻の天才女子中学生シンガーソングライターの必聴の名盤! 感涙間違いナシ』


 との文言。


 そう、つまり、そこには、amaneのシングルがあったのである。


「激レア……」


 市川が呆然ぼうぜんとしている。


 それもそうだろう。


 そこに書いてあった値段は、20000円。


 そっか、確かに、言われてみれば絶版のCDだよな。


「でも」


 おれは呟く。


「……?」


「おれも、このCDにはそれだけの価値が余裕であると思う」


「小沼くん……」


「このCD屋にあるどのCDよりも。少なくとも、おれにとっては」


 あくまで、前を向いたまま。


 当たり前だ、市川の方なんか見られるわけがない。


「だって、おれはこのCDに人生を変えられたんだから」


 そちらを見られないからわからないけど、市川は多分うつむいて、多分顔を赤くして。


 照れくさそうに、


「このCD屋のCD全部聴いてないくせに」


 と、そう呟いた。


「でも……ありがと」

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